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「ハッハッハ!!
そいつぁいい!!
カルベルクのヤツがこれから、お行儀良く
生きていくのかと思うと―――
笑いが止まらん!」
カルベルクさんとの『稽古』から5日ほどして―――
ドーン伯爵様の私兵訓練を終えて戻ってきた
ジャンさんに事の顛末を話すと、彼は大笑いで
それを受け入れた。
「それで?
アイツはいつ戻ったんだ?」
その問いに、同室にいたミリアさんが答える。
「一昨日ですね。
『稽古』から3日間ほど、カルベルク支部長が
連れて来たギルドメンバーに、料理を覚えさせて
いましたから」
本当は料理人や、施設建設の経験者を
同行させて、彼らの町なり村なりに
向かわせようと思ったのだが……
他領への移動はいろいろと手続きが必要らしい。
「冒険者ギルドに登録していれば、融通は
効くッスけど―――
さすがに一般人は面倒なんスよ」
補足するように、レイド君が説明する。
「まあ、うまく収めてくれたようで何よりだ。
ロック男爵の例もあるし、メンツを潰したまま
帰すと、後々面倒な事になったかも知れん。
何より金貨5千枚という『説得力』は
デカい―――」
私の両脇には妻2人が座っていたが、メルがそれに
異を唱える。
「でもでもぉ、それフトコロにポイとか
されちゃいません?」
言いたい事はわかるが、もう少し言い方を―――
と思っていると、
「それこそ恥の上塗りになるだろうよ。
何より、ヤツの取り巻きの前で『使い道』は
明かされているからな」
すると、今度は反対側に座っていたアルテリーゼが
口を開き、
「それに―――
実力で負けたという事は、ヤツ自身が一番
理解しているはずだしのう。
だがもし、我が夫との約束を違えれば……」
「か、彼もこれ以上話をこじらせる事は
無いと思いますから」
ニコニコしつつ殺気をにじませる彼女を、
何とかなだめる。
「それと話は変わるが―――
ドーン伯爵サマからシンに相談があるそうだ」
「?? 私にですか?」
唐突なジャンさんからの話に戸惑っていると、
「正確には、ドーン伯爵を通じて……
ほれ、ご子息のファム様、クロート様の婚約が
決まっただろ。
その相手―――王族と侯爵家だが、彼らの
相談に乗って欲しいとの事だ」
それを後ろで聞いていたレイド君とミリアさんは
驚きの声を上げ、
「スッゲぇ!
王族とですか!?」
「しかし、シンさんはあんまり驚きませんね。
さすがに器が違うといいますか……」
王族なら、前国王の実兄になし崩しに会わされて
いるし(28・はじめての おうと)―――
戦ってもいるからなー、とは言えず……
「それは私の旦那様ですからねえ♪」
「我が夫じゃ。
その程度で動じるはずはなかろう?」
2人が両腕を胸に押し付けるようにして
抱き着いてくる。
それを若い男女は少し顔を赤らめつつ
見つめているが、初老の男は、
「まあなんだ。
ついでだから、王都まで行って買い物でも
してきたらどうだ?
新婚生活で、いろいろと入り用な物も
あるだろ」
ジャンさんの提案に、メルとアルテリーゼは
目を輝かせ、
「おおー、いいですねえ!
今の家は仮住まいですから、新築に移った
時に備えておかなければ!」
「我も人間の姿の物はさほど用意して
おらぬでのう。
一度、人としての買い物をするのも
一興―――」
そこでおずおずと、ミリアさんが片手を上げる。
「あの~……
でも、メルさんはともかく、アルテリーゼさんは
どうしましょうか?」
何か問題があるのだろうか? と疑問に思って
いると、彼女の隣りのレイド君が、
「あー……
そういえばメルさんは冒険者登録してますから、
移動に問題は無いッスけど―――」
そうだった。
カルベルクさんと一緒に来た冒険者メンバーも
そうだったけど―――
他領への移動は一般人だと制限されているのだ。
ドラゴンが一般枠かどうかは置いておいて。
「私の配偶者として―――
ではダメなんでしょうか?」
「それとコレとは別だからな。
特に女性や子供は人身売買の標的に
なりやすいから、結構制限が厳しいんだよ」
なるほど。
その辺りは必要に迫られて、取り締まりが
厳格化されている感じか。
「今回は貴族サマの依頼でもあるから、
そうそう面倒な事にはならないだろうが」
そこで、問題となっている本人が口を開き、
「のう―――
我がその冒険者とやらに登録すれば、
解決するのではないか?」
その言葉に全員がざわめき、そしてここの
最高責任者に視線が集中する。
「ん? んんん? んー……
ドラゴンや亜人を登録してはいけない、
という規則は確かに無い、が……
むむむ……」
腕組みをして悩み始めたギルド長に、レイド君が
軽口で話しかける。
「ま、登録してから考えればいいんじゃないッスか?
問題があれば本部から何か来るでしょうし―――
シンさんの時みたいに♪」
「そして説得(魔法含む物理)するんですね、
わかります♪」
猫の目のようになったミリアさんの視線の下で、
ジャンさんはため息をつき、
「―――わかった!
レイド、ミリア。
アルテリーゼの冒険者登録を頼む。
メルも『先輩』として手伝ってやれ」
「了解ッス!」
「では下までお願いします、
アルテリーゼさん」
2人の妻が立ち上がり、続けて私も立とうとすると、
「シンは残れ。
すでに東西の川向こうの開拓が始まって
いるが―――
お前さんたちが王都へ行っている間の事とか
話したい」
彼の言葉にいったん浮きかけた腰を下ろし、
そして4人は扉へ向かう。
「一応、下についてから詳しく説明しますけど、
それぞれの権限と義務については気を付けて
くださいね」
「冒険者、か。
これでメル殿、夫と同じになるのだな。
そうじゃ、ラッチも登録してくれんかのう?
すぐ孤児院から連れてくるので」
ミリアさんとアルテリーゼの会話に、レイド君が
割って入り、
「あのドラゴンの子供ッスか?
一応成人してからじゃないと、登録出来ないッス
けど……」
「そういえばアルちゃん、あのコって何才なの?」
メルの質問に彼女は―――
「言った事は無かったかのう。
生まれてちょうど30年じゃ」
「はえぇええええっ!?
私より年上ー!?」
「そ、それなら大丈夫、かな?
ウンもう考えない考えない」
女性陣の会話の中、青年がボソッと口を開き、
「……あの、アルテリーゼさんって
何才なんスか?」
「坊や。世の中には知らなくてもいい事が
あるのだぞ?」
そんなやり取りを残して4人は退室し―――
後にはアラフォー・アラフィフの男が残された。
「さて、東西の開拓についてだが―――
もう土台は出来上がったらしいな?」
「アルテリーゼさんとシャンタルさん―――
さすがにドラゴンが2人いますからね」
この町と同じように、今、開拓中の場所は
石壁で囲まれている。
普通は外壁は後回しにするそうだが、
(中への物資運搬があるため)
以前ジャイアント・ボーアが出現した事もあり、
そちらを優先させた。
ドラゴンとなった2人の運搬・作業量は人間とは
比較にならず―――
おかげで職人たちが安心して内部の建設が進められて
いるという。
「その話は別にいいとして」
「え?」
ガシガシと頭をかいて、本題と言わんばかりに
ずいっとジャンさんが身を乗り出す。
「今回、お前さんの王都行きには―――
俺は同行しない」
私は目をぱちくりさせて、
「は……!?
そ、それはどうして」
「つーか、いつまでも俺が付きっ切りって
ワケにもいかないだろ。
それに今回のカルベルクの件、俺がいなくても
乗り切れたんだし―――
俺がいなくてもごまかせるようになって
もらわねーと」
まあ、それは確かに……
と思う反面、不安が残るのも確かで―――
「そんな顔をするな。
一応、王都に着いたらギルド本部長の
ライオネルを頼れ。
手紙も書いてやるからよ」
そこでようやく、私は安堵のため息をついた。
「ところで―――
嫁になった2人に、お前さんの素性というか、
秘密は明かしたのか?」
急に話が変わり困惑するも、私は首を横に振る。
「いえ、これは一部の人間にしか」
「早く話した方がいい。
もう『他人』じゃなくなったんだからよ。
それに一緒に生活していれば―――
いずれボロが出るぞ」
言われてみればその通りだ。
今までは『異端』として狙われる、危険視される事を
避けるために隠してきたが……
夫婦になってしまった以上は運命共同体。
下手に隠し事をすれば、返って厄介な事に
なりかねない。
「あと、俺もお前さんの事はレイドとミリアに
近いうちに伝えるつもりだ。
特にレイドは次期ギルド長だからな。
だからその前にシンから嫁2人に伝えておけ」
そして、まずドーン伯爵家へ訪問する日程を
詰め―――
その後、冒険者ギルドを後にした。
そして、夜になり……
自宅(仮)の寝室で、私はメルとアルテリーゼ、
2人を前に正座していた。
「何ですか、旦那様?」
「妙に改まって、何かあったかの?」
「ピュイ?」
アルテリーゼに抱かれながら、ラッチが首を傾げる。
「結婚した事だし、いずれは話しておかなければ
ならないと思って」
どう切り出そうか迷っていると、妻同士で話しだし、
「……話すって何を……」
「まさか、真の正体とかかの?」
「まー確かに、明らかに旦那様って違いますもんね。
住んでいる世界というか何というか」
「言えておる♪」
それを聞いて私は頬を人差し指でポリポリとかいて、
「何だ、答えは出ているんですね」
その私の言葉に、妻たちは―――
「ん?」
「え?」
と、初めて2人が同じような表情になった。
そして私は改めて説明し始めた。
別の世界の人間である事―――
こちらの世界には強制的に連れて来られた事―――
神様とやらに、この世界に移動させられる際、
『能力』を授かった事―――
元いた世界には、魔法は無かった事など―――
それらを語ると、2人は多少は驚く反応を
見せたものの、
「普通は信じられませんけど……」
「確かに、そう言われればそうとしか思えない事を
山ほどしておるしのう。
料理やら戦いやら」
と、それまでの経緯から納得はしてくれたようだ。
ホッと一息つくと、メルが急に真剣な眼差しになって
こちらへ顔を突き出し、
「じゃあ今度はこっちから質問です」
「な、何ですか?」
彼女はいったん視線を落とすと、すぐに向き直り、
「……旦那様は、元の世界に帰る事が
出来るんですか?」
「……!」
アルテリーゼも質問の意図を察したのか、強張った
面持ちになる。
「んー、多分無理でしょうね。
この世界に来た事自体、偶然みたいなもので……
出来るのなら神様とやらがそうしているかと」
「そうですか―――」
「……あ……」
メルが胸をなでおろすような仕草をしたかと思うと、
気まずそうに2人とも同時に視線を反らす。
元の世界に帰れない―――
それは私が2人を捨てないという保証と同時に、
生まれ故郷に戻れない事が確定するからだ。
「まあ、元の世界でも家族はいませんし―――
恋人がいた事はありますが、
すでに別れてますので。
それに、2人と結婚した時点で……
この世界に骨をうずめる覚悟は出来ていますよ」
するとメルとアルテリーゼは涙目になって、
「旦那様ぁ~!!」
「絶対に我々が幸せにしてやるからな!!」
「ピュイッ!!」
と、なぜかラッチも混ざり―――
私に抱き着いて泣きまくった。
少し落ち着いたところで、全員で状況を整理、
把握する事にした。
「それで旦那様、今のところこの秘密を
知っている人は?」
「ジャンさんと、あと王都のギルド本部―――
そこの本部長さんは知っています。
ちなみにレイド君とミリアさんもこの事は
知りません。
折を見てギルド長が話すそうです」
「確かに、夫の能力はこの世界に取って
脅威だからのう。
魔法はおろか、魔力が前提の行為を否定出来るの
だから……
知る人間は少ない方が良かろう。
しかし―――」
そこでアルテリーゼが何やら考え込む。
抱いているラッチも彼女の顔を見上げ、
「ピュイ?」
「どうかしたんですか、アルテリーゼ」
我が子の方を見ていた彼女は、私の方へ
視線を上げて、
「いや、シャンタルの事だ。
あの知識欲の権化が我が夫の正体を知れば、
どうなる事やら」
「あ~……
何かパックさんと結婚した事で、お互いに
超強化されたような感じになってますよね」
そんな事になっていたのか。
となると、夫であるパックさんが歯止め……
は期待出来ないよなあ。
「まあ、同族ではあるし我の方からおいおい
説明しておく」
「その時はパックさんも一緒に、ですね」
妻2人の意見がまとまったところで―――
私は改まって彼女たちの目を見つめる。
「ところで―――
私の呼び方なんですけど……
『旦那様』とか『我が夫』では他人行儀だと
思うので、『シン』と呼んでくれませんか?
というかそっちの方が気楽です」
それを聞くとメルとアルテリーゼは互いに
向き合った後、
「え、や、でも―――
それはちょっと恥ずかしいとゆーか」
「シン殿、でもやはり他人行儀であるよな。
面と向かうと、まだ気恥ずかしいのだ」
顔を赤らめて困惑する2人を可愛いと思う一方で、
ふと疑問が口に出る。
「そういえば、メルもアルテリーゼも……
私のどこを好きになったんですか?」
メルはんー、と口を一文字にしたが、
先にアルテリーゼが口を開き、
「我と我が子の命の恩人、という事もあるが―――
それだけ強力な能力を持ちながら、町では普通に
暮らしていた事かのう。
力を力とも思わず、まるで普段は何の能力も
無いかのように振る舞い―――
この雄なれば、共に生きていても安心というか、
心安らぐと思ったのだ」
するとメルもそれに同調するように、
「あー、それわかりますわかります。
だって旦那様……じゃなくってシン、
ジャイアント・ボーアを倒そうが、
グランツを撃退しようが、
ワイバーンを撃墜しようが……
全っ然変わらないんですもん。
それで一緒にいて落ち着く感じ?」
そんなふうに見られていたのか。
どうにもならなくなったら、さすがに慌てふためくと
思うけど。
「……しかし、夜のアレは―――
異界のやり方であったのか。
アレはすごかったぞ。
まるで我の体が自分の物でなくなったかと
思うほど……」
「や、やっぱり、あの指だけでっていうのは
そうだったんですか!?
スゲー大人の世界スゲーって思ってましたけど、
アレは文字通り別世界の……!」
「ピュ?」
「ごめんなさいそのくらいで止めて
ください子供の前ですこのままだと
ゴートゥー家族会議ですから!!」
こうして夜トークから彼女たちをいったん
引き離すと―――
ドーン伯爵家行きの日程や王都行きについて
話し合った。
「甘ーいっ!!」
「ぷるぷるしてます……!
前にも食べた事がありますが、コレが一番
美味しいですっ」
3日後―――
王都へ行く前に、まず話のあったドーン伯爵の
屋敷を訪問し―――
例のメレンゲで作ったデザートを、ご子息2名に
味わってもらった。
作り方や実物は先に御用商人のカーマンさんを
通じて、すでに送っていたのだが……
やはり実演して見せるのが一番らしく、
伯爵邸の料理人たちも気合を入れて覚えていた。
「ふむ……
確かにシン殿が作ってくれたものは、
一味違うな」
「でもこれが卵から出来ているなんて……
本当に不思議な食感です」
ドーン伯爵夫妻も堪能してくれたようで―――
そこで改めて伯爵が話に入る。
「それで、話は聞いていると思うが……
ファムの婚約者としてウィンベル王家、
クロートの婚約者としてレオニード侯爵家―――
この2つの家が、シン殿に相談したい事がある、
との事でな」
王家に侯爵家―――
この世界では平民の自分に、元から選択肢があろう
はずもない。
問題なのはその内容だが……
「我が夫に用というのは?
そこまではわからぬのか?」
アルテリーゼが隣りで遠慮なく疑問をぶつける。
ちなみに、もちろん結婚したという報告はした。
だがメルはともかく、ドラゴンのアルテリーゼと
結婚した、という事を伯爵家に説明して理解して
もらおうと思ったのだが―――
『はははそうですかどらごんと。
さすがはしんどのですな』
という、スルーなのか現実逃避なのかわからない
答えが返ってきただけだった。
まあいい、とにかく説明はした私は頑張った。
それと―――
「はいラッチ、あ~ん」
「ピュ~♪」
「あ! ずるい姉さま!
僕だって……」
と、子供たちが先に打ち解けた事で、その後は
家族同士の和やかな懇談みたいな形になった。
「こちらも詳しくはわからないが、恐らく―――
婚約に関係する事ではないかと。
いずれにしろ、祝い事なので……
無茶な要求などではないと思うが」
「それならいいんですけどねー。
まあ、旦那様だしたいていの事は大丈夫でしょ」
なぜかメルが胸を張って言い放ち、それを私が
落ち着かせる。
とにかく、詳しい事は王都に行ってみなければ
わからないという事か。
翌日、私たちはドーン伯爵の好意で急行用の
馬車を出してもらい―――
王都へ向かう事になった。
3日後―――
王都・フォルロワ、冒険者ギルド本部。
まずはジャンさんからの手紙を本部長である
ライオットさん(本名・ライオネル)に渡そうと
したのだが……
入るなり厨房から飛び出してきた料理人に
拉致され、料理の腕前を見て欲しいという
熱意に負けて、取り敢えず手紙は届けてもらい、
そのまま味見・監修へ。
そしてその後、メル・アルテリーゼと一緒に
新作料理―――
メレンゲのデザートを作りまくる事になった。
「またお前はこんなオイシイ物を……
しかしコレ、風呂上りや夏の暑い日に
冷やして食ったら最高だろうな」
1階まで降りて来たギルド本部長と、食堂で
食事をしながら話し合う。
「―――で、その両家に呼ばれてまして。
それとジャンさんからの手紙は読んで
頂けましたか?」
「ああ読んだ。それと―――
王家とレオニード侯爵家だな?
お前さんの取り込みとかではないと思うが、
一応俺も同行しよう」
そして、彼は私の両隣に座っている妻たちに、
「それはそうと、結婚おめでとう。
えーと……
シンについては『知っている』のか?」
その問いに対し、メルとアルテリーゼは、
「もちろんです!
夫婦ですから!」
「夫と我との間に、隠し事などないのう」
それを見ると、ライオットさんはフー、と
一息ついて、
「……そうか。
それで、あのドラゴンの子供の親は―――」
彼の視線を追うと、あちこちで食べ物を
もらっている、ラッチの姿があった。
マスコット的な存在として可愛がられて
いるようだ。
「我じゃ。それが何か?」
「あー……まず王家に行く事になると思うが、
あのコはここに置いていった方がいい」
「なぜじゃ? 危険など無いぞ。
まだまだ子供であるし―――」
それを聞くと彼は深くため息をつくように息を吐き、
「それじゃなおさらだ。
戦闘能力の無いドラゴンの子供なんて―――
どんな事をしてでもさらおうとする連中が
出てくるぞ」
「あ~、可愛いですもんね……ラッチ」
誘拐の可能性だけではなく―――
もし王家や侯爵家がラッチを『欲しい』とか
言い出した時の事も考えているのだろう。
そしてアルテリーゼは、私の判断を促すように
視線を向ける。
「多分、ここが一番安全だと思います。
預けておいた方がいいんじゃないかな、
アルテリーゼ。
私たちが用事の時だけですし」
「……シンがそう言うのなら」
やや不満そうにしながらも、私の意見に同意し、
「それじゃ、王家と侯爵家には俺の方から連絡
しておこう。
君たちはそれまで、そうだな……
ここの来客用の宿泊室を拠点にでもしてくれ」
「助かります」
こうしてまずは、旅の疲れを癒すため―――
ギルド本部に一泊する事になった。
そして翌朝……
食堂で朝食を済ませているところ、女性職員が
焦った表情で近付いてきて、
「あ、あのっ、シンさんですか?
これより、ウィンベル王家が迎えを寄越すと
いう事で―――」
という事は、もう連絡が付いたのか。
さすがライオットさん、仕事が早い。
「お、おおお……
昨日の今日でもう、ですか」
さすがに王家相手だからか、メルは緊張を隠せない。
「じゃあ、アルテリーゼ」
「わかっておる」
そう言うと彼女は、抱いていたラッチをその
女性職員へ渡し―――
「えっ? えっ?」
「ここの本部長から、ギルドで預かってもらえると
聞いておりますので、お願い出来ますか?」
「ピュ~♪」
それを聞くと、職員の彼女はぎゅっ、と
ラッチを抱きしめて、
「わかりました!
全身全霊、命をかけて預からせて頂きますっ!!」
そう言うとダッシュで、職員は戻っていった。
「うおおおおスゲー……
何この馬車、乗り心地が全然違う」
「馬車など興味は無かったが―――
こうまで極上だと、移動手段としては悪くはない」
冒険者ギルド本部まで来た王族の馬車に乗り―――
私とメル、アルテリーゼ、そしてライオットさんは
同乗して目的地へと運ばれていた。
「もしかして、王様と会うなんて事は
無いでしょうね?」
私の質問に、ギルド本部長はイタズラっぽく
目じりを曲げると、
「覚悟しておけ、と言いたいところだが―――
今朝方来た返事によると、どうも用があるのは
宝物殿のようでな。
ちなみに今この馬車は、そこへ向かっている」
「?? どうしてそんなところへ?」
「ちょっと説明がなあ。
ま、行けばわかる」
厄介な相談事のようだが、それ以上は
わからず―――
馬車の窓から見える景色を、メルや
アルテリーゼ越しに眺める。
「そういえば、以前来た時は気にならなかったん
ですけど―――
アレって外灯ですよね?」
「ああ。つかたいして驚かねぇな。
アレ、かなり大きな町か、公都か、王都にしかない
シロモノなのによ」
日本だと、よほどの田舎でも無い限り標準装備の
インフラだからなあ。
「何ですか、そのガイトーって」
メルが私に寄りかかって聞いてくる。
「夜道を照らすための明かり、ですね」
「魔力を込めた魔導器を使っているんだ。
アレさえありゃ夜でも自由に往来が歩ける。
値段は少々するけどな」
対面に座っている男性同士でメルに答える。
するとアルテリーゼも会話に加わり、
「ほう。いくらくらいするのだ?」
「1個に付き金貨150枚くらい、だったと思う」
それに対するもう1人の妻の反応は―――
「へー、結構するんですね」
と、動じる様子はほとんどなく。
「さすがにお前の妻だな。
この程度じゃ驚かないか」
「旦那様と暮らしていたら、金貨5千枚だの
1万枚だの、フツーに話してますもん」
確かに金銭感覚が狂うよなあ、と思う。
漁や猟をし始めた頃は、金貨1枚1枚収支を
計算していたものだが……
そう考えていると、馬車が速度を落とした事に
気付いた。
「―――そろそろだな。
準備してくれ」
ライオットさんの言葉に、それぞれが到着を
想定して佇まいを直した。
「……お待ちしておりました。
わたくし、ウィンベル宝物殿の管理責任者である
マギウスと申します」
馬車の到着から、宮殿のような複数の
建物を経て―――
60代くらいの白髪の紳士が待ち受ける施設へと
たどり着いた。
彼の後ろにはシンプルだが、強固そうな、倉庫とも
防御施設とも思える建物がある。
「冒険者ギルド本部長、ライオットだ。
王家から話は聞いている」
「シンです。よろしくお願いします」
男性陣が頭を下げると、後方の女性陣もまた
一礼し、マギウスさんが言葉を続ける。
「本来であれば、ファム様と婚約なされた
ナイアータ殿下が来られるのが筋なので
しょうが……
何分にもご多忙であられまして。
どうかご容赦を。
くれぐれも粗相の無いようにと仰せつかって
おります。
まずは同行をお願いいたします」
どうやら、これから施設の奥に案内されるらしい。
それにしても、王家の関係者とはいえ礼儀・礼節が
行き届いている。
出会ったばかりの頃のドーン伯爵や、ロック男爵と
比べると雲泥の差だ。
「さすが旦那様……!
相手が王家の従者でも気後れする事なく
自然に対応するなんて」
「我が夫は器が大きいのう」
妻たちが称賛してくれるが、実は本部長が王族で……
と言えるわけもなく、ただ導かれるままに進む。
王家の宝物殿の名に恥じぬよう、その警備は厳重で、
両脇には一定間隔で衛兵が立っていて―――
そのセキュリティレベルを物語る。
そして奥へ進むにつれ、何度目かの身分確認を
済ませた後、とある場所で立ち止まり……
マギウスさんが振り返った。
そこには、奇妙な模様が描かれた扉があり―――
「魔法封印の扉―――
魔導具か」
説明されるよりも先に、ライオットさんが口を開く。
「ご明察の通りです。
実は、ナイアータ殿下とファム様の婚約が
決まった際―――
ドーン伯爵家からはワイバーンが献上されたの
ですが……
その返礼の品を、この宝物庫の中から選んで
送るつもりだったのです」
ここに来るまでの間もいくつか扉はあったが―――
ここは王家の宝物庫の集合体、というところか。
「でもそれで、どうして旦那様を呼んだのですか?」
メルの質問にマギウスさんは、
「実は、ここの扉は一つにつき一人、扉をロックする
担当者がいるのです。
ですが、先日ここの担当者が事故で……
扉を開ける事が出来なくなってしまったのです」
「となると、ここはずっと封印されたままか?」
というアルテリーゼの問いには、本部長が、
「魔力が尽きれば開くと思う。
ただ、このレベルの魔導具だと、500日後とか
それくらい時間はかかるだろう。
で、それじゃ間に合わないんだな?」
「は、はい。
さすがに返礼の品を1年以上待たせる、という
わけにはいかず―――
八方ふさがりだったところ、ドーン伯爵殿から
伺っていた、シン殿の名を思い出し……
こうしてワラにもすがる思いでお呼びしたのです」
ふーむ。しかし構造はどうなっているのだろうか。
「解除は、その担当者さんしか出来ないんですか?」
「はい。これはまず初期設定で担当者が魔力を
操作して、解除までの魔力の流れを決めるんです」
地球でも、PCのパスワードを秘密にしたまま
サーバ責任者が死んでしまって、それで混乱になる
という話は聞いた事があるが……
「『抵抗魔法』とかは?
ライオットさんは出来ませんか?」
すると彼は、片手で自分の頭をガシガシとかいて、
「こういう魔導具は防御のレベルが高くてなあ。
魔力も一定量以上は受け付けない仕組みに
なってんだ」
『抵抗魔法』も魔法である以上―――
魔力は生じる。
そしてその魔力を制限してしまう仕組みが施されて
いるという事か。
「安い魔法封印の扉ならともかく―――
ココにあるのはあいにく、全部最高級品だし」
続けて彼が話す言葉に、メルは周囲を見渡し、
「トップオブ上級国民の施設ですもんね、ココは」
そこへ、トントンとアルテリーゼが私の肩を叩き、
小声で―――
「(我がドラゴンの姿に戻って、ブレスで扉を
破壊してはダメかや?)」
「(それで中身が無事ならいいんですけど……)」
「(ていうか、ここでドラゴンが出現したら、
衛兵が大勢すっ飛んで来ますって!)」
メルのツッコミに2人とも反省する。
ちょっと心配するベクトルが違っていたか……
しかし、構造というか仕組みは理解した。
魔力がかなり残っているという事。
魔法で対抗しようにも、魔力は一定以上
受け付けない事。
つまり―――
完全に無効化してしまえばいい、はず、多分。
私は1人、魔法封印の扉の前に立った。
「ど、どうしたのですか」
戸惑うマギウスさんの前で、私は扉に手をつき、
小声で語る。
「(魔力で、扉にカギをかけるなど―――
・・・・・・
あり得ません)」
と同時に、扉が音を立てて、ゆっくりと観音開きの
両側が内側へと動き―――
「……は?」
マギウスさんは驚愕の目を―――
そして残りの3人は『まーこんなものですよね』と、
当然のような表情になっていた。
「何してるんだ、早く新規の担当者なり係なり
連れて来い。
ここで俺たちが見張りしているからよ」
ライオットさんの声にマギウスさんは―――
弾かれたかのように走り出した。