テラーノベル
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祭りの日程は四日間。
四日間とも出店が並び、三日目には美人コンテスト、四日目には武道大会が開催されると言う。
グラディスさんなら武道大会も良い線行くと思うのだけれど、本人は全く興味が無さそうだった。
そもそも、四日目まで滞在する予定は無い。今日一泊したら、明日にはすぐこの街を発つつもりだ。
祭りの期間にこの街を訪れたのも、ほんの偶然だった。
人が多くてグラディスさんは煩わしそうだけれど、私は少し楽しい。
前世でも、縁日を歩くのは好きだった。その頃を思い出す。
「何か食べたい物はあるか?」
「どんな物が売っているんですか?」
グラディスさんの問いに、問いで返してしまった。
だって、この世界の出店でどんな物が売られているか知らないんだもの。
「少し見て歩くか」
出店を回りながら、グラディスさんと一緒に串焼きを買って食べ歩いた。
お肉を切り分けて串に刺し、塩とほんの少しの胡椒をかけて焼いただけだけれど、シンプルで美味しい。
この世界では、胡椒は貴重品みたい。
胡椒以上に、砂糖はもっと高級品なようだった。
べっこう飴の屋台を見つけたが、他の屋台とは比べものにならない値段だった。
驚いて屋台を眺めていたら、私が食べたそうにしていると思ったのか、グラディスさんが買ってくれそうになった。
違うんです、食べたい訳じゃないんですと慌てて首を振る。
グリズリー討伐の依頼料も入って少しお金に余裕が出来たところとは言え、無駄遣いをする訳にはいかない。
ましてや私は一銭も持っていない上に、稼ぐ術も持たない身なのだ。
結局串焼きの他には野菜と腸詰めの入ったスープを買って、ベンチに座って二人で食べた。
出店の並んだ通りは人でごった返していて、空いたベンチを探すのにも一苦労。
二十一世紀の日本のように発泡スチロールやプラスチックの容器がある訳で無し、串焼きの串くらいならばともかく、スープの入った木皿は店に返す仕組みになっている。
「お皿、返してきますね!」
食べ終わったお皿を二つ持って、ぴょいとベンチから飛び降りる。
私の方が食べるのが遅いので、グラディスさんを待たせてしまった。
明日も朝早くから出発予定なのだ。ご飯を食べたら宿に戻って、グラディスさんにはゆっくり休んでもらわなければ。
そう思って、やれることはやろうとスープ料理の屋台まで小走りに駆けていく。
途中で、ガクンと膝が折れた。
転んだ訳では無い。
突然服を引っ張られて、バランスを崩したのだ。
え? 何?
訳が分からなくて、頭が混乱する。
狼狽する私の腕を誰かが掴んで、引っ張る。
誰? グラディスさんじゃない。
グラディスさんの手はこんなに乱暴じゃない。
知らない人に突然手を引かれ、人混みの中に連れて行かれそうになる恐怖。
私は手に持っていた皿を、その場に落としてしまった。
木皿が地面に落ちる音も、雑音に掻き消されてしまう。
怖い。怖い――。
恐怖にぎゅっと目を瞑れば、突然、引っ張る力が弱まった。
恐る恐る目を開ければ、腕を掴んだ手をさらに掴む大きな手――グラディスさんだ。
「あ……」
「大丈夫か?」
安心して、ボロボロと涙が零れてきた。
グラディスさんはすぐに私を引き離し、男の腕を後ろに捻って押さえつける。
「警吏を呼んでくれ」
「は、はい!」
近くの人に声をかければ、すぐに詰所へと走っていった。
「離せ、この……!」
私を攫おうとした男はグラディスさんに押さえつけられ、声を荒らげる。
振り払おうと力を籠めているのだろうが、彼が顔を真っ赤にして抗っても、グラディスさんは涼しい顔だ。
「助かりました。昨日も子供が行方不明になったと聞いて、もしやと思っていたんです」
駆けつけた警吏は私を連れて行こうとした男を縄で縛り上げた後、グラディスさんに頭を下げた。
「え、じゃ、迷子の子供って……」
「祭りに便乗して人攫いが活動することは多いんだ」
「人攫い……」
私は、攫われようとしていたのか。
思わず、グラディスさんの手を握りしめた。
温かな手がぎゅっと握り返してくれて、ようやく息をつく。
「祭りの期間中は人が多くて子供とはぐれてしまうことは珍しく無いし、人や荷馬車の出入りも多いから、子供を眠らせて荷物の奥に詰め込まれでもしたら気付きにくいんだ。こっちも気をつけてはいるんだけどね」
この世界には奴隷制度が有り、人身売買が成立する。
子供は商品となり得るのだ。
改めて、自分が如何に危険な状況であったかを思い知る。
「お嬢ちゃんみたいに可愛い子は、目を付けられやすいから。お父さんから絶対に離れないようにね」
「はい」
人攫いの一味を警吏に引き渡し、グラディスさんに抱っこされて宿へと戻る。
「迷子の子供も、攫われてしまったんでしょうか」
「おそらくな」
「その子は、見付かるの……?」
グラディスさんは不安げにしがみ付く私の身体をぽんぽんと叩いた。
安心させてくれているようだ。
口調は素っ気ないけれど、感じる体温が心を落ち着かせてくれる。
「さっき捕まえた男から、何か情報を聞き出せるかもしれない」
「……そっか」
さっきの人がアジトの場所を吐いたり、彼の足取りを辿ったりすることで、人攫い一味の所在が分かるかもしれないのだ。
知らない人に腕を捕まれて連れて行かれそうになるなんて、未遂で済んだ私でもとても怖かった。
そのまま攫われてしまった子供は、どれほど怯えていることだろう。
一味が無事に捕まって、子供が見付かりますように。
そう祈っている間に、私達は無事に本日の宿へと戻ってきた。
「あ……」
部屋に入って、思い出した。
そうだ、今日借りた部屋はベッドが一つなんだった。
つまりは、私とグラディスさんが同じベッドで寝るという……うわぁぁ、緊張してきた。
ちらりとグラディスさんの様子を盗み見る。
彼の表情は、いつも通り。
グラディスさんは、緊張なんてしないのかな……そりゃそうだよね。彼にとって、私はまだ八歳の子供だ。意識する必要なんて無い。
そもそも、私達は家族になったのだ。
変に意識しては失礼だと思う一方で、中身は八歳どころか二十歳を超えている私としては、男性と同じベッドで寝るなんて初めての経験で、今から心臓がうるさく鳴り響いている。
「ベッド、使っていいぞ」
「え?」
グラディスさんの言葉に、思わず顔を上げる。
「同じベッドは、気になるだろう」
「え、でもグラディスさんは……?」
「俺はここでいい」
椅子に座ったまま、グラディスさんが答える。
一人掛け用の、どこにでもある椅子。
寝そべるほどの大きさも無ければ、クッションもそれほど効いてはいない。
こんな椅子では、身体を横たえることも出来やしない。
「ダメです、それなら私が椅子で寝ます!」
私の主張に、グラディスさんはゆるりと首を振るのみ。
彼は私にとても優しいし、大事にしてくれているのが凄く伝わってくる。
だけに、子供の私が椅子で寝るなどと言っても、承知はしてくれないだろう。それは分かる。分かるのだが、だからと言って旅をするにもグラディスさんのお世話になってばかりなのに、彼を椅子で寝かせて私一人ベッドで寝るなんて、そんなことは出来るはずが無い。
「それなら……一緒に、ベッドで寝た方がいいです」
顔から火が出るかと思った。
まさか、私がこんな台詞を言う時が来るとは……。
決して、変な意味では無い。
ベッドは一つだが、ダブルベッドに近い大きさはある。
二人横に並んで寝るだけなら、十分な広さだろう。
そもそも、私の肉体年齢は八歳だ。まだまだ子供と呼べる年齢なのだ。
グラディスさんだって、こんな子供を相手に変な気は起こさないだろう。
……自分で言っていて、少し悲しくなってきた。なんでだろ。
「ダメ……ですか?」
じっとグラディスさんを見上げれば、彼は深くため息をついた。
しゅんと項垂れた私の頭を、優しい掌が撫でる。
「明日も早い。もう寝ようか」
「はい!」
一緒のベッドでなんて、緊張して眠れないのでは……そう考えていたのは、最初の数分だけ。
いざ布団を被ってみれば、いつもよりも温かな寝床にすぐに瞼が重くなってきた。
すぐ隣に、グラディスさんが居る。
そう思うだけで、不思議と心が落ち着く気がした。
温もりに身を寄せるようにして目を閉じれば、私の意識はあっという間に落ちていった。
#異世界転生
#婚約破棄
#ハッピーエンド
千椛
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