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#異世界転生
#婚約破棄
#ハッピーエンド
千椛
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目が覚めたら、グラディスさんの両腕にしっかりと抱き込まれていた。
動こうにも、しっかりと抱きしめられていて身動き一つ取れない状態。
私の顔はグラディスさんの胸にあって、きっと彼の胸に顔を埋めて寝ていたのだろう。
途中何度か寝苦しくて、身じろぎした覚えがある。
その度に優しくとんとんと叩かれて、再び深い眠りに落ちていった。
そうやって私を寝かしつける内に、この体勢になってしまったのだろうか。
全身がすっぽりと包まれている。
私の頭の下には、グラディスさんの太く逞しい二の腕。これって、腕枕されている……ってことだよね。
腕から抜けだそうとすればグラディスさんを起こしてしまいそうで、そのままじっと彼の寝姿を観察する。
男性らしい太い首に広い肩幅、逞しい胸板。
でありながら、睫毛は長い。目を閉じていると、頬に影を落としそうなくらいに。
整った顔立ちは、きっと女性にモテるのだろう。
そう思ったら、少しだけチクリと胸が痛んだ。
いつか、グラディスさんも相手を選んで結婚する日が来るのかな。
私は、その女性をお母さんと呼ぶことになるのだろうか。
……ダメだ。上手くやっていける自信が無い。
グラディスさんと同じくらいに私を可愛がってくれる女性なんて、想像が付かないもの。
それに、私よりも他の女性を大事にするグラディスさんなんて、見たくない。
デインズ家以上に自分の居場所を見失ってしまいそう。
そんなことを考えていたら、ぽろりと涙が零れた。
馬鹿みたい。
今からそんなことを考えて、不安になるなんて。
抱きしめられた状態から、腕だけ出して目元を擦る。
こんな顔、グラディスさんに見られる訳にはいかない。
起こすのも忍びないし、目が覚めるまで待っていようかな~なんて目元を拭った手を退けた瞬間、こちらを見つめる深い翠色の瞳と目が合った。
「あ……」
「…………」
お互い無言のまま、じっと見つめ合う。
やばい。とても気まずい。
同じ布団の中に居るだけでも気まずいのに、こんなにくっついて、しかもなんで泣いているのって話で……うわあぁ、聞かれたら何て説明したらいいんだ。
内心で慌てふためく私を他所に、グラディスさんの太く大きな指がそっと目元を拭ってくれた。
彼が心配そうにこちらを覗き込む。
「すまない。やはり、怖がらせてしまったか」
「……え?」
「なるべく起こさないようにしたつもりだったんだが……」
「え? え?」
怖がった覚えなんて全く無いのだけれど、グラディスさんは大丈夫だと言わんばかりに私の身体をぎゅっと抱きしめた。
逞しい胸に包まれて、頬が紅潮するのが分かる。
え、ちょっと。これどういう状況?
「大丈夫だ。もう怖い思いはさせない」
「~~~~~!?」
私の混乱は、朝食を食べに食堂に降りてお店の人から話を聞くまで続いたのでした。
「え。昨日の夜、そんなことがあったんですか?」
「そうなんだよ。お父さんのおかげで、皆助かったってわけさ」
朝食の場は、グラディスさんの活躍話で持ちきりだった。
昨夜、この宿に賊が忍び込んだらしい。
足音を忍ばせて二階に上がろうとする賊を、グラディスさんが一人で撃退したと言う。
忍び込んできた男達は全部で四人。その内一人は逃走したが、残る三人は全員グラディスさんに打ち倒されて捕らえられた。
なんと、この宿の中で大捕物が繰り広げられていた訳だ。
「全然気が付きませんでした……」
「あははは、それだけ寝心地が良かったってことなんだろう」
私の言葉に、宿の主人は上機嫌で言った。
彼が言うには、警吏を呼んで賊を引き渡す間にも、グラディスさんは度々部屋に入っては私の様子を見ていたらしい。
昨夜やけに寝苦しく感じたのも、その度に誰かにあやされてぐっすり眠りに落ちたのも、そのせいだったのだろう。
最終的に警吏に賊を引き渡した後、グラディスさんも一緒に朝までぐっすりと眠っていたのだ。
じっと、グラディスさんの顔を見つめる。
彼はスプーンを口元に運ぶ手を止めて、こちらを見つめ返した。
「……どうした?」
「な、なんでもないです」
同じベッドに寝ることに一人緊張した上、何も気付かず朝までぐっすり眠っていた自分が恥ずかしい。
グラディスさんは私が馬鹿なことを考えている間も、爆睡している間も、しっかりと守ってくれていたのだ。
恥ずかしいやら、情けないやら……。
こんな時まで心配そうなグラディスさんの視線に、なんともいたたまれない気持ちになるのだった。
祭りはまだまだ盛り上がっている真っ最中だが、私達はアレイゴの街を出ることにした。
祭りが終わってから出たのでは、関所も街道も混雑する。
街の中心部へと向かう人の波に逆行して、街を覆う防壁へと歩を進める。
混雑地帯を抜ければ、ようやく馬を普通に走らせることが出来るようになった。
ふと、前方に奇妙な一団が居ることに気が付いた。
鎧姿に囲まれるようにして、縄で繋がれた人々が歩いている。
何だろうと首を傾げれば、その一行から距離を取るようにグラディスさんが馬の進路を迂回させた。
「あんだぁ、見世物じゃねぇぞ!!」
縄で繋がれた男の一人が、通りがかった人に声を荒らげた。
かなり柄の悪い男のようだ。
繋がれているのは皆荒くれ者で、それを取り囲んでいるのは屈強な兵士といった様子。
「あ、貴方は……」
縄で繋がれた男達を連行している兵士の一人が、馬上のグラディスさんに気付いて姿勢を正した。
距離を取ろうとしていたのに向こうから声をかけられて、グラディスさんが小さく舌打ちをする。
どうやら彼等と関わらずにこのまま街を出ようと思っていたのに、向こうに気付かれてしまったみたいだ。
「ああ? あいつは……」
「ああ、奴だ! 昨日の冒険者だ!!」
グラディスさんに気付いて、縄に繋がれた男達が騒ぎ出す。
どうやら、昨夜宿に忍び込んだ賊というのは彼等らしい。
兵士曰く、これから領主の元まで罪人を連行するのだと言う。
「あの名高い炎風のアストリーに協力いただけるとは、光栄ですな。こやつ等を引っ捕らえた賞金は、冒険者ギルドを通して振り込ませていただきます」
「わかった」
兵士の言葉に頷き、馬を進めるグラディスさん。
馬上の私達を、縄に繋がれた男達は射殺すような目つきで睨み付けた。
「てめぇ、今に覚えてろよ」
「うちの首領が黙っちゃいねぇからな!!」
声を荒らげる罪人を、兵士達が引き立てていく。
彼等に怯えてグラディスさんに縋り付けば、ぎゅっと腕の中に抱きしめられる。
その温かさと鼓動に安堵の息を漏らしつつも、耳には男達の怒号がいつまでもこびりついていた。