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「王子がマリリアンヌ嬢を蔑ろにする事に愚息どもが関与していたため我らには独立に協力要請が来なかったわけですな」
「それに、皆さんの伴侶についてこちらの者たちはよくは思っておりませんでしたので」
イエット公爵は苦笑いした。
「その後、奥様は?」
「離縁をして実家へ返しました。実家にて幽閉されているようで、元妻の実家は早々に同盟に加入いたしました。
ボイド公爵の方は大変だったようです。義弟であった侯爵は平謝りでしたが、義父母であった前侯爵夫妻が公爵に怒り狂っておりましてな……。
同盟加入にも難色を示しておりました」
「今は?」
イエット公爵が首を横に振る。
「クーデターの一週間後に侯爵が王城を訪ねてまいりまして、家庭内の問題が解決したので領民のために加入したいと申し出てまいりました」
「ではすでに……」
「おそらくは三人共……」
「そうですか」
誰かを失うことなくクーデターを成す事は不可能に近いというのはわかっていたが、二人はため息を隠せなかった。わざわざ詳しくは調べないが、それぞれの家で意見が割れたであろうことは予想できる。その際、意見を纏めるために強行手段を取ったところもあるだろう。
未だに同盟に加入していない家ほどその傾向が強そうだと思うと複雑な気持ちは残る。
「それぞれの領主のやり方を強制するわけにはまいりませんからな」
イエット公爵の笑顔は悲しそうであった。
そこにノックの音が響く。サイモンが許可をすると一人の女性がワゴンを押して入ってきた。
「キオタス侯爵夫人……」
イエット公爵は驚いた。
「今は平民ですわ。ライシェルとお呼びくださいませ」
「そうでしたか。では、ライシェル殿。お元気そうで何よりです」
「ありがとうございます。イエット公爵は……少しおやつれになりましたわね」
三人は苦笑する。
サイモンが一人掛けソファーに移り、ライシェルに座るように促した。ライシェルは三人分のお茶を出すとそこへ座った。
「ライシェルさんには我が国の文部副大臣を務めていただいているのですよ」
「そうでしたかっ! それは素晴らしい!」
「女ですし、平民なので何度もお断りしたのですが、大公夫人――ケルバ――の押しに負けましたの。息子の教育に失敗したわたくしが教育に携わるなど烏滸がましいのですが、それを糧にせよと仰ってくださいましたの」
うふふと照れ笑いは領地を担っていた時よりも穏やかに見え、イエット公爵は安心した。
「ライシェル殿のご説得のお陰だったのですね。キオタス侯爵がすぐに賛同してくださったので追従する貴族も多く大変助かりました」
「義父は元夫と違って顔が広いですから。
義父はわたくしの意見にもよく耳を傾けてくださるのですわ。わたくしは早々にこちらへ参りましたのに、何度もお手紙をくださり国境付近で会合もいたしましたの」
卒業式の後、エリドの両親は早々に離婚をした。その際、前キオタス侯爵が復爵した。
平民になり公国へやってきたライシェルはシュケーナ大公家のメイドを望んだが、ケルバがそれでは才能が惜しいと文部局へ斡旋したのだ。
「元夫殿はどこかで村長をしていらっしゃると聞いております」
「ええ。義父が『村長もまともに出来ぬ』と嘆いておりました。
今では下位貴族文官を長にして本人は平であるそうです。お給金もそれなりでメイドも老いたご婦人一人だそうですわ」
初めこそ癇癪を起こしていたエリドの父親であったが一年半も経ちいろいろと諦めたようだ。今では服も下位貴族並で生活は少し金持ちの平民並で元侯爵だとは思えないほどの生活をしている。
「キオタス侯爵を義父とお呼びになっているのですね」
「はい。義父からそうするようにと。
実は養子縁組の話も出ておりまして。義父と養子縁組をすればエリドとティオル――エリドの弟――の母親にはなれますから」
「なるほど。それでしたら、我々からの提案が後押しになれば良いのですが……」
イエット公爵は書類の束をサイモンの前に出す。サイモンはそれにサッと目を通した。事前に打診されていた内容なので細かく読む必要はない。
「安定していない同盟共和国で申し訳ないが、そちらの属国にしていただきたい」
イエット公爵が深々と頭を下げた。
「お断りします」
サイモンの静かな声にイエット公爵は驚きで頭をあげた。
そこでイエット公爵が見たものは……
サイモンの極上の笑顔だった。
「我々は属国など望んでおりません」
「そ、そんな……」
イエット公爵は今にも泣きそうな表情になる。
「ですから、統一国ではいかがですか?」
「そ、それではそちらに何も利益がないではありませんかっ!?」
「たった二年ほど前までは同一国だったのです。我々貴族の判断で、家族を引き離されてしまった平民もおりましょう。貴族の中でも、ね」
サイモンの視線を感じたライシェルが困り笑顔をする。イエット公爵の頬に一筋の涙が流れた。イエット公爵はそれをガシッと拭う。
「これらの計画は貴族領地大編成の頃からお考えだったのですか?」
「そうですね。独立と国家再編の両計画進行でした」
「なるほど、それを踏まえた領地変更でしたか」
「はい。西部にヤカラたちが集まるような形になって申し訳なく思っております」
サイモンは素直に頭を下げる。イエット公爵は大公が頭を下げたことに驚嘆したが、ライシェルはそのイエット公爵を見てうふふと笑った。
「大公閣下は普段からこのスタイルなのです。上に立っているからと威張るだけのお方ではないのです」
「なるほど。共にいい国を作りたいと思いますね」
「いやぁ。そう言っていただけるとありがたいですが、イエット公爵とボイド公爵には嫌な役回りとなってしまいました」
「とんでもないことです! 国を作る方と膿を切る方とで役割分担をしたと思うと、あの金に関してもまた統一国とさせていただくことに関しても少し心が楽になりますよ」
「まあ! 素晴らしいお考えですわ! それなら気兼ねなくこれから手を取り合っていけますわね」
「イエット公爵のお考えはこちらとしてもありがたいです」
サイモンが優しい瞳で微笑した。
「外交で他国に出ていたボイド公爵と憲兵育成のために地方周りをしていた私がクーデターの適任だったのです。建前として外から戻ってきたら国が腐敗していたということにできましたから」
イエット公爵はその時を思い出したように眼力が強まった。