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第六章 最終日 頂上決戦! ~Zランク5人vs伝説の校長~
一、最終日の朝 まさかの特例ルール発表
大会最終日。
ドームアリーナは前日をはるかに超える熱気に包まれていた。優勝をかけた準決勝・決勝が行われるこの日、チケットは転売サイトで定価の10倍の値がつき、国内外のメディアまでが詰めかけている。天叢雲学園の真の最強が決まる瞬間を、誰もが見逃すまいとしていたのだ。
そんな中、高木暸は例によってアリーナの一番端の、柱の陰になって誰にも見つからない床に体育座りをし、早くもまぶたが重くなっていた。
「…はーあ。今日も一日、ここで寝て終わりだわ。誰が優勝したって俺には関係ないし、1000万円も誰かが持ってけばいい。早く寮に帰って、三日間溜まった昼寝を全部取り戻したいよ…」
彼はあくびを一つ、制服の襟元を立てて、さっさと眠りに落ちようとする。その瞬間だった。
スピーカーから天城蒼校長の、いつもの穏やかだがどこか悪戯っぽい声が流れた。
「――全校生徒、教職員の皆さん。おはようございます。最終日の開会にあたり、私から一つだけ、緊急のルール変更を発表させていただきます。」
会場がざわめく。暸も半分閉じていた目を少しだけ見開く。
「昨日の私の試合を見て、皆さんは思ったことでしょう。『このまま個人戦で進めば、校長が楽勝で優勝するのは目に見えている』と。実にその通りです。残念ながら、現在トーナメントに残っているどの生徒・教師も、私一人に勝つのはまず不可能でしょう。」
会場からどっと笑い声が上がる。昨日の九条との試合を見た者全員が、それが紛れもない事実だと知っていたからだ。
「そこで今日は、特例として最終戦のルールを変更します。――最終戦は、『天城蒼 一人』対『生徒会長 神無月凛 + 四天王 全員』の5対1のチーム戦とします! 頂点に立つ5人が力を合わせて、私に勝てるか挑んでいただきましょう!」
一瞬、会場の空気が凍る。
次の瞬間、アリーナ全体が地鳴りのような歓声とどよめきに包まれた。
「えええええ!? 5対1!?」「生徒会長と四天王が全員でかかるの!?」「今までの学園の歴史で一度もあったことないだろこれ!!」「マジで最強同士の戦いが見られるのか!!」
暸はぽかんと口を開け、しばらくしてから大きなため息をつく。
「…あーあ。やっぱりめんどくさいことになったわ。年寄りのくせに無駄に元気だよ、あのジジイ…まあ、俺には関係ない話だけど。とっとと終わらせてくれればいいんだけど。」
教師陣の席では、白銀雫が思わず身を乗り出していた。白金の髪をひるがえし、碧色の瞳が驚きと期待で輝く。
「5対1…校長先生は、あの5人を相手に一人で戦うおつもりなの? まさか、あの『還元』の能力を、ここまで表に出すおつもりだったなんて…」
彼女の心の中では、再びあの「最強の人」の影がちらつく。
(もし…もし本当にあの人がこの学園にいるのなら、この戦いを見れば、きっと何か反応するはず…。絶対に、見逃さないわ――。)
雫は無意識のうちに、アリーナの端の柱の陰にいる暸の方を、ちらりと見やっていた。
二、頂点集結 5人の最強たち
「――それでは、これより最終戦を開始いたします! まず青チーム、生徒会長 神無月凛! そして四天王、黒鉄剛、氷室雪菜、御手洗叡智、天宮詩織の5名!!」
割れんばかりの歓声の中、5人が順番にリングに上がってくる。
最初に黒鉄剛がガンガンと床を踏み鳴らして登場。巨体の筋肉は既にムキムキに隆起し、やる気に満ちた笑みを浮かべる。
「ハハハ! ついにこの時が来たぜ! 俺たち5人が力を合わせりゃ、どんな相手だって勝てる! 校長ジジイ、覚悟してろよ!」
次に氷室雪菜が銀髪をなびかせて静かに登場。周りの空気が彼女と共に一気に冷え込み、リングの床にはうっすらと霜が降り始める。
「…馬鹿ね。一人で5人も相手するなんて、分をわきまえないお年寄りは好きじゃないわ。さっさと氷の像にしてあげるから、諦めなさい。」
続いて御手洗叡智が眼鏡をキラリと光らせ、タブレットを指で弾きながら登場。画面には既に校長の能力の分析結果がびっしりと書き込まれている。
「昨日の試合のデータを全て解析しました。校長の能力『還元』――あらゆる変化を元の状態に戻す能力。攻撃を無に帰し、損傷を消し、能力の発動自体を打ち消す。対策は立てました。我々の勝率は…理論上、12.8%です。」
「えー! 12.8%しかないのー!?」天宮詩織がぴょんぴょんと跳ねながら文句を言いつつ登場。ピンク髪をゆらゆらと揺らし、にっこりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。「まあいっか~! 1%でも勝てる可能性があるならやるだけやっちゃお~! 私の幻覚、絶対に校長先生もビックリするからね~!」
最後に、生徒会長の神無月凛が静かに壇上から歩み出る。黒髪を背中になびかせ、凛々しい美しい顔には一切の迷いがない。彼女がリングの中央に立つだけで、会場全体の空気が張り詰める。
「校長先生。私たち5人の力を、全身全霊で受けていただきます。――どうか、手加減などなさらないでください。」
5人がそれぞれの位置につき、五角形の陣形を組む。前線に黒鉄、左右に雪菜と詩織、後方に御手洗、そして中央最後尾に凛――御手洗が瞬時に立てた、最も効率の良い連携陣形だ。
「――対する赤コーナー! 天城蒼校長!!」
更なる大歓声の中、小柄な白髪の老人がゆっくりと杖をつきながらリングに上がってくる。相変わらず穏やかな笑みを浮かべ、5人の頂点たちをゆっくりと見回す。
「ふふっ。若い力は実に素晴らしい。さあ、好きなように攻撃してきてください。私はこの場から一歩も動きませんから。――さあ、始めましょうか。」
審判が緊張した面持ちで手を高く上げる。会場全体が、固唾を飲んでその手を見つめる。
「――よーい、スタート!!」
三、序盤戦 還元の理不尽さ
「くらえええええ!!」
合図と同時に、黒鉄剛が真っ先に襲いかかる。彼は能力を一気に解放し、身長3メートル近くまで筋肉を膨張させ、空気を引き裂くような渾身の右ストレートを校長の顔面に叩き込む。この一撃は戦車をも木っ端みじんに砕く威力だった。
だが――。
校長は杖の先を黒鉄の拳の前に、ゆっくりと突き出しただけだった。
ゴウン!
轟音と共に衝撃波が四方に吹き荒れる。――が、校長の体はピクリとも動かない。いや、それどころか、黒鉄の膨れ上がった筋肉が見る見るうちに元の大きさに戻り、彼の放った一撃のエネルギー自体が、まるで何もなかったかのように消え去っていたのだ。
「なっ…!? 俺の力が…元に戻された…!?」
黒鉄が驚いてよろめく。背後から御手洗の冷静な声が響く。
「予想通りだ! 『還元』は物質だけでなく、エネルギーの変化、能力の発動自体を『発動前の状態』に戻して無効化する! 直接攻撃は通じない! 雪菜、詩織、同時攻撃に移れ!!」
「了解。」
パチッ。
雪菜が指を鳴らすと、校長の周りの空間が一気に絶対零度まで冷え込み、厚さ10メートルの氷の塊が校長を完全に閉じ込める。分子の運動自体を停止させる、彼女の最大級の技だ。
「――幻夢創造・無限迷宮!」
続いて詩織が両手を広げる。氷の塊の内側に、校長だけに見える無限の迷路の幻覚を流し込む。五感を完全に支配し、現実と幻覚の区別を不可能にして、思考そのものを麻痺させる。
「どう? これで動けないはずよ!」雪菜が叫ぶ。
だが、次の瞬間。
カチャ、という小さな音と共に、氷の塊がひび割れ、次の瞬間には元の何もない空気に戻っていた。同時に詩織が「きゃっ!」と声を上げてよろめく。
「うそ…? 私の幻覚が…幻覚を見せる前の状態に戻された…!? 頭が痛い…」
「時間差攻撃だ! 黒鉄、今だ!」御手洗が指示する。
「おう!!」
氷が解けた瞬間、隙を突いて黒鉄が再び襲いかかる。今度は全身の筋肉を更に限界まで高め、ダメージを受けるほど強くなる「逆上昇効果」を最大限に発動させ、連続パンチを校長に叩き込む。ゴゴゴゴ! という轟音がリングを揺るがす。
煙が晴れる。
――校長は、相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま、元の位置に同じ姿で立っていた。服のシワ一つ、乱れていない。
「ふふっ。なかなかの連携ですね。だが、まだまだ私の『還元』の本質には気づいていらっしゃらないようですよ。」
校長がゆっくりと杖を床につく。
「私の能力は、ただ攻撃を無効にするだけではありません。この世界の『ありとあらゆる変化』を、元の状態に戻すのです。――例えば、こういうことです。」
パチン。
校長が指を鳴らすと、突然、黒鉄の体が見る見るうちに小さくなり、なんと小学生くらいの体に戻ってしまったのだ!
「え? え? 俺の体が…!? 力が入らない…!」
子供になった黒鉄がパニックになって叫ぶ。続いて雪菜の銀髪が突然ボサボサの寝癖に戻り、詩織の制服が昨日の汚れた状態に逆戻りし、御手洗のタブレットが工場出荷時の真っ新な状態になってデータが全て消え、最後に凛の髪型が崩れて三つ編みおさげの小学生時代に戻ってしまう!
「きゃあああ!? 何するのよこのジジイ!!」詩織が絶叫する。
「…失礼な。私の髪型を元に戻しなさい、今すぐ。」雪菜が顔を真っ赤にして怒る。
「まあまあ皆さん、落ち着いて。これも私の能力の一部です。時間の変化さえも、元に戻すことができるのですよ。」
校長はにっこりと笑い、再び指を鳴らす。すると5人の体は、あっという間に元の状態に戻った。ただの冗談だったのだ。
だが、5人の背筋には、冷たい汗が流れていた。
相手は、時間すらも自在に戻せるのだ。攻撃も、能力も、年齢も、記憶だって――戻そうと思えばいくらでも戻せる。これが、天城蒼という男の真の姿だった。
四、中盤戦 12.8%の勝機 全能力連携
「…全ての変化を元に戻す。つまり、『何も変わらない』状態を作り出す能力だ。」
凛が静かに前に進み出る。黒い瞳が、校長の全身を捉える。
「だが、絶対的な能力など存在しない。どんな能力にも、必ず限界と代償がある。御手洗、分析結果を。」
「はい!」御手洗がタブレットを叩きながら叫ぶ。データは消えたが、全て彼の頭の中に入っていた。「校長の『還元』には、一度に処理できる変化の量と速さに限界がある! 複数の異なる種類の変化を、同時多発的に、限界を超える速さで起こせば、処理が追いつかなくなって一瞬だけ隙が生まれる! その瞬間を狙え!!」
「よし! 作戦を変更する! 全員、最大級の能力を、種類を変えて同時にぶつけろ!!」
凛の号令に、5人が一斉に動き出す。
「黒鉄! 物理的エネルギーを限界まで!」
「おう!! 身体強化・無限 最大解放!!」
黒鉄が雄叫びを上げ、今やジェット戦闘機よりも速く、核弾頭よりも強い衝撃を生み出す拳を、校長に向かって連打する。ゴゴゴゴゴ! という、まるで地震のような轟音がリングを揺るがす。
「雪菜! 熱力学的変化を!」
「絶対零度・零域 全開!!」
雪菜が両手を広げ、校長の周りの温度をマイナス273度まで瞬時に下げ、更に毎秒1万回の温度変化を繰り返す。金属も脆く砕く極限の熱ストレスが、校長の体を襲う。
「詩織! 情報・認識の変化を!」
「了解~! 幻夢創造・万華鏡!!」
詩織が指を鳴らし、校長の五感に同時に1万通りの異なる幻覚を流し込む。空が割れ、地面が崩れ、無数の敵が現れ、時間が行ったり来たりする――脳が処理しきれないほどの膨大な偽情報を、一瞬で叩き込む。
「私が、空間・位置の変化を!」
御手洗がタブレットを叩きながら、自分の知識を総動員して校長の周りの空間座標を毎秒1000回、ランダムに書き換え続ける。前が後ろ、上が下、右が左になり、校長の立っている位置自体が不安定になる。
そして最後に、凛がゆっくりと両手を広げる。彼女の周りの空気が歪み、因果の糸が見えるように揺らめく。
「――私が、『事象そのものの変化』を。因果干渉・最大解放!!」
5つの、全く異なる次元の変化が、同時に校長一人に襲いかかる。
物理・熱・認識・空間・因果――人類が持つ能力の最高峰が、一点に集中して炸裂するのだ!
「――っ!」
今まで余裕の笑みを絶やさなかった校長の顔が、初めて引き締まる。杖を両手で握りしめ、低い声で呟く。
「…ほう。これは見事だ。5つの異なる変化を、完全に同期させて同時にぶつけるとは。さすがは私が育てた頂点たちですね。――ならば、私も本気を出しましょうか。」
バチン!
校長の体から、目に見えるような衝撃波が四方に吹き荒れる。
5人の攻撃が、校長の手前1メートルのところで次々と消えては現れ、消えては現れを繰り返す。還元の処理速度が限界に達し、攻撃がわずかずつだが校長に近づいていくのが見える!
「行ける! 今だ!!」凛が叫ぶ。
黒鉄の拳が、ついに校長の制服の裾にかすめる!
雪菜の氷が、校長の靴の先を一瞬だけ凍らせる!
詩織の幻覚が、校長の瞳をわずかに揺らがせる!
御手洗の空間操作が、校長の体を1センチだけ横にずらす!
そして凛が、全ての力を込めて叫ぶ!
「――『この攻撃が当たる』という結果、確定!!」
ゴウウウウウン!!
5人の力が一点に集まり、巨大な爆発がリング中央で起こる。特殊合金の床が大きく陥没し、分厚いバリアがひび割れ、アリーナ全体が揺れる。
煙が立ち込める。会場は、固唾を飲んでその煙を見つめていた。
5人も、息を切らしながら、煙の先を見つめる。
――当たった。絶対に当たった。あれだけの力をぶつけて、当たらないはずがない。
煙がゆっくりと晴れていく。
次の瞬間、会場全体が、再び完全なる沈黙に包まれた。
そこには、相変わらず穏やかな笑みを浮かべた校長が、元の位置に、元の姿で、元のまま立っていたのだ。
ただ一つ、違う点があった。
彼の持っていた杖の先が、わずかに、ほんの少しだけ、欠けていたのだ。
「…ふぅ。」
校長が静かに息をつき、欠けた杖を眺めながら、にっこりと笑う。
「見事でした。本当に見事です。私がこの学園の校長になってから、初めて私の持ち物に傷をつけてくださいましたよ。――12.8%の勝機、見事に現実のものにしましたね、御手洗くん。」
5人は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
あれだけの全力を尽くして、たった杖の先を少し欠けさせただけ。これが、伝説の校長の実力だったのだ。
五、終盤 因果vs還元 最後の一撃
「…まだ、終わっていないわ。」
凛が、ふらつきながらも一歩前に踏み出す。髪は乱れ、制服は汚れ、力はほとんど残っていない。だが彼女の瞳だけは、今でも鋭く校長を捉えていた。
「会長! もう無理だ! 俺たちの力じゃ…」黒鉄が叫ぶ。
「いいえ、まだ最後の一手が残っています。――私の因果干渉は、『原因』と『結果』を入れ替える能力です。校長先生の『還元』が『全ての変化を元に戻す』のなら…」
凛が両手を高く上げ、全身の最後の力を絞り出す。彼女の周りの空間が、今にも崩れそうなほど激しく歪み始める。
「――私は、『元に戻った後の状態』を『結果』として先に作り、その『原因』を『校長の攻撃』にすればいいのです! 因果逆転・最終解放!!」
バチバチ! 稲妻のような光が凛の体を走る。
これは、因果の法則そのものをねじ曲げる、彼女の人生で一度しか使えないかもしれない禁断の奥義だ。代償は大きいが、これができるのはこの学園で彼女ただ一人だけだった。
「ほう…! 因果そのものを逆転させるとは! 実に興味深い!」
校長の顔が、初めて心からの喜びに輝く。彼もまた、杖を高く上げ、全身から溢れるようなエネルギーを解放する。
「ならば私も、本気の『還元』で受けて立ちましょう! 全てを無に帰す、原初の還元!!」
二人の力が、リングの中央で激突する。
グググググ――――ッ!!
まるで世界が終わるかのような轟音が響き、リングの床が次々と崩れ落ち、バリアが大きく裂け、観客席にまで衝撃波が押し寄せる。誰もが目を覆い、このままアリーナごと崩壊するのではないかと思った瞬間――。
パタン、という小さな音がした。
全ての力が、あっという間に消え去った。
煙が晴れる。
凛はひざまずき、力尽きて前に倒れそうになっている。だが、校長がゆっくりと彼女の腕を取って、優しく支えていた。
校長は笑いながら、静かに言った。
「…勝負は、私の勝ちですね。だが――君たちの成長は、本当に素晴らしいものがありました。いつの日か、きっと私を超える日が来ることでしょう。私は、その日を楽しみに待っていますよ。」
審判が、震える声で宣言する。
「――勝者 赤コーナー 天城 蒼校長!! 以上をもちまして、第一回 天叢雲学園 全校最強決定大会は、閉会いたします!!」
割れんばかりの拍手と歓声が、アリーナ中に響き渡った。誰一人、敗れた5人を責める者はいなかった。伝説の校長相手に、あこがれの頂点たちが全身全霊で戦い抜いた姿は、全ての者の心に深く刻まれたのだ。
六、戦いの後 ただ一人、見抜いていた者
大会は無事に閉幕し、生徒たちが感動の面持ちでアリーナを後にする中、暸は誰よりも早く出口に向かって足を運んでいた。
「はーあ、やっと終わったわ。長かったよ…あのジジイ、チートすぎるだろ。杖の先欠けただけで大騒ぎしてさ…まあ、俺には関係ないし。これでやっと平穏な日々に戻れるぜ!」
彼はウキウキと足取り軽く、Fランク寮に向かって歩き出す。戦いの結末も、校長の強さも、彼にとってはただの遠い世界の出来事だった。
だが――彼がアリーナの裏口を出ようとしたその時、一人の老人が道の脇に立って、彼を待っていた。
天城蒼校長だ。
暸は思わず足を止める。
校長はにっこりと、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、欠けた杖をちょこんと肩に担いで、ゆっくりと暸に話しかけた。
「…高木暸くん。今日の戦い、どう思われましたか? 私の『還元』と、あの子たちの力。」
暸は一瞬だけ動揺したが、すぐにいつもの眠そうな顔に戻り、ぼそぼそと答える。
「…すごかったですよ。校長先生が一番強いんですね。俺にはあんなの全然無理ですし、関係ない話ですけど。」
「ふふっ。そうですか。――ところで君は、今日の私と凛ちゃんの最後の激突の時、バリアが裂けて観客席に飛んできた破片が、君の頭のすぐ上を通ったのを覚えていますかね?」
「…? ああ、そういえばそんなものが飛んできましたね。運良く当たらなかったですよ。」
「運良く? ですかねえ。」
校長は笑いながら、杖の先で暸の足元をコンと叩く。
「私には見えましたよ。あの破片は、君の前10センチのところで、突然『元の何もない状態』に戻って消えたのが。――私の『還元』と、全く同じようにね。」
暸の体が、一瞬だけ、ぴくりと硬直する。
だが校長はそれ以上追及することもなく、ゆっくりと背中を向けて歩き出した。
「まあ、いいでしょう。君には君のペースがあるのでしょうから。――だが、忘れないでくださいね。この学園にいる限り、いつか必ず、君は自分の力を出さざるを得ない時が来ます。私は、その時を一番楽しみに待っていますよ――世界最強の落ちこぼれくん。」
そう言い残すと、校長はゆっくりと夕暮れの中へと消えていった。
暸はしばらくその場に立ち尽くし、やがて大きなため息を一つつく。
「…しまったわ。あのジジイ、完全に見抜いてるじゃん…」
彼は肩を落とし、再び寮に向かって歩き出す。
「まあ、とりあえず今回は何とかなったか。明日からはまた、いつもの平穏な授業と昼寝だわ…そうだ、明日の授業は雫先生だっけ。あの先生、干渉してこないから本当に助かるわ…」
彼はそうつぶやきながら、夕暮れの道をゆっくりと歩いていく。
その背後の、校舎の窓際からは、白銀雫が彼の姿をじっと見つめ続けていた。
雫はゆっくりと窓を閉め、胸の奥に抱いた小さな布切れをそっと握りしめた。
(きっと、あなたはこの学園にいる。私は、絶対にあなたを見つけてみせるから――。)
最強の校長に見抜かれ、最愛の人に探され、それでもただ「平穏に寝ていたい」だけの最強の落ちこぼれ。
天叢雲学園のカオスな日々は、これからもまだまだ終わらない――。
(次回に続く)
#ギャグ
梨本和広
5,707
桜咲かな
142
ねこ飼いたい
78
346
コメント
1件
最後まで一気に読んじゃいました!「還元」の能力、単なる無効化じゃなくて時間さえ巻き戻せるって設定がめちゃくちゃ面白いです。5人の連携攻撃で杖の先を欠けさせた場面は熱かったですね…あの12.8%を現実にした御手洗の分析力、そして因果逆転に挑んだ凛の覚悟がかっこよかった。そして何より、暸が校長に完全に見抜かれてるところが最高です。「世界最強の落ちこぼれ」って呼び方、設定好きにはたまらないフレーズでした。次回が気になりすぎます!