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#ギャグ
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第七章 猫世話部へようこそ ~平穏は三日で終わる~
一、夢の三日間 ~落ちこぼれにとっての天国~
大会が終わってから、最初の三日間は、高木暸にとって文字通り「生まれて来て一番幸せな三日間」だった。
朝はゆっくりとFランク寮のボロベッドで目を覚まし、日差しを浴びながらあくびを一つ。校舎に行ってもFクラスには自分一人しかいないから、授業中は机に突っ伏して何時間でも眠れる。担任の白銀雫は必要最低限の指示以外は一切話しかけてこないし、時折彼がよだれを垂らして寝ていても、ただ冷ややかな視線を送るだけで起こしはしない。休み時間には校舎の裏手に生えている桜の木の下で、コンビニのミルクパンをかじりながら空を眺める。四天王や生徒会長の姿を遠目に見かけても、こちらには一切気づかれない。大会の盛り上がりも嘘のように引き、校内の噂はすっかり「校長が最強だった」「生徒会長たちも頑張った」という過去の話題になっていた。
もちろん、天城蒼校長が自分の正体に気づいていることや、雫が時折妙な熱い視線を送ってくることは、少しだけ胸のつかえになってはいた。だが校長はその後一切彼に話しかけて来ないし、雫も結局のところ「ただのFランクの落ちこぼれ」という認識から大きく踏み出すことはなかった。暸としては、この状況が永遠に続けばどんなにいいだろう、と心の底から願っていた。
大会三日目の夕暮れ時。
暸はいつもの桜の木の下に寝そべり、葉の間からこぼれる夕日をぼんやりと眺めながら、つぶやく。
「…最高だわ。これ以上の幸せはない。誰にも邪魔されず、誰にも疑われず、ただ静かに生きていける。このまま卒業までこの調子でいければ、文句なしだよな…」
彼はそう言いながら、自然と眠りに落ちていった。この時の彼はまだ知らなかったのだ。この上なく続くと思っていた平穏な日々が、担任の一言によって、唐突に、そして見事に打ち砕かれることを。
二、悪夢の報告 ~低ランクに厳しき掟~
翌朝のホームルーム。
暸は例によって机に突っ伏し、まだ半分寝ぼけていた。Fクラスの担任である白銀雫が、いつもの冷徹な面持ちで分厚い書類を教壇に叩きつけると、特に誰を見るでもなく、ぶっきらぼうに口を開いた。
「今日から一週間は新入生の部活加入期間だ。放課後には各部活が体験入部や勧誘を行うから、各自興味のある部活を見て回ること。――それと、一つだけ重要なルールを言っておく。」
雫が碧色の瞳を少しだけ、暸の方に向ける。
「天叢雲学園では、Eランク以下の生徒は、例外なく何らかの部活に加入しなければならない。もし期限までにどの部活にも入らなかった場合――その場で退学処分となる。覚えておきなさい。」
「…は?」
暸は半分閉じていた目を、パチリと見開く。
退学? ただ部活に入らなかっただけで? 何それひどすぎるルールだろ! 俺はただ誰にも邪魔されずに放課後を寮での昼寝に費やしたいだけなのに、なんでそれが退学に繋がるんだよ!
彼は思わず立ち上がり、慌てて問いかける。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ先生! なんでEランク以下だけそんなルールがあるんですか? SランクやAランクの人たちは無所属でもいいんですか? 不公平すぎるでしょ!」
雫は冷ややかな視線で彼を見下ろし、事もなげに答える。
「上位ランクの生徒たちは、ただ学園に在籍しているだけで十分以上に価値があるからよ。彼らは自分たちの力で学園に貢献する術を知っている。だが低ランクのお前たちは、ただここにいるだけでは学園の役に立たない。だから部活という形で何らかの技能を身につけ、集団行動を学び、少しでも人間的な価値を高めろ、ということよ。それがこの学園の掟なの。」
理不尽極まりない理屈だ。だがこの学園のルールが実力主義に基づいている以上、この決まりが覆ることは絶対にないのだと、暸にもはっきりと分かった。
雫は更に続ける。
「Fランクの生徒は今年度はお前一人だけだから、私が特別に一覧表を用意しておいた。ここに現在活動中の全ての部活が書かれている。今日中に目を通して、遅くとも一週間以内にはどこかに入部届を出しなさい。期限を過ぎた瞬間、退学処分の通知がお前の実家に届くから、覚悟しておくこと。」
そう言うと、彼女は数十ページにも及ぶ厚めの部活一覧の冊子を、暸の机の端にポンと置いた。それから再び授業を始めるように黒板にチョークを走らせ始め、暸のことなど完全に忘れたかのように無関心を装う。
暸は分厚い冊子を手に取り、大きく、そして心の底からため息をついた。
「…はあーあ。やっぱりどこかにめんどくさい落とし穴があったわ…平穏って、本当に長続きしないものだな…」
三、数十種類の部活 ~絶望の一覧表~
放課後。
暸は誰もいないFクラスの教室に一人残り、分厚い部活一覧をパラパラとめくり始めた。最初は少しだけ希望を持っていた。もしかしたら「昼寝部」とか「何もしない部」とか、そういう都合のいい部活があるんじゃないか、と。
だが現実は厳しかった。
一覧表には、実に何十種類もの部活がびっしりと書き込まれている。上位ランクの生徒たちが中心となる活発な部活ばかりだ。
まず目に入ったのは「戦闘研究部」。説明を読むと、日々能力をぶつけ合って戦闘技術を磨き、学園対抗の大会に出場するという、まさに血沸き肉躍るような部活だった。
(これは絶対に無理。入った瞬間に毎日誰かと戦わなきゃいけないし、万が一手加減をミスったら正体がバレる。真っ先に除外。)
次に「能力開発部」。各種能力の理論を研究し、実験を重ねて更なる高みを目指すという、学術寄りの部活。
(これもダメ。実験台にされたり、能力の数値を測られたりしたら一発でアウト。俺の能力が概念干渉なんてバレたら、生徒会が群がってくるのは目に見えてる。)
「生徒会補佐部」。生徒会の雑用を手伝いながら、学園の運営を裏側から支える部活。
(論外。神無月凛や御手洗叡智と毎日顔を合わせる羽目になったら、隠し事なんて一週間と持たない。絶対に入らない。)
「体育会系各部」。陸上、水泳、格闘技、球技などなど。どれも毎日厳しい練習があり、大会で結果を出すことを求められる。
(めんどくさすぎる。朝早くから練習だなんて、俺の人生に早起きは必要ない。それに運動能力を見られても困る。)
「文科系各部」。文学、数学、物理、歴史、美術、音楽など。静かに活動する部活も多いが、どれもそれなりに成果物を求められ、コンクールや発表会がある。
(まあ悪くはないんだけど…俺は別に本を書きたいわけでも絵を描きたいわけでもないんだよな。ただ静かにしてたいだけなのに、何かを作れとか発表しろとか言われると、それはそれでめんどくさい…)
ページをめくればめくるほど、暸のため息は大きくなっていく。どの部活も一長一短あり、「俺が求めているもの」とはどれも微妙に違う。静かだけど何かを要求される、何も要求されないけどうるさい、誰もいないけど変な研究をしている――。
「うーん…どれもこれもピンと来ないな…この中から一つ選ばなきゃ退学だなんて、酷すぎるだろ…どうせなら、一番部員が少なくて、活動もゆるくて、誰も俺に干渉してこないような、そんな都合のいい部活はないものか…」
暸はぼやきながら、更にページを進める。すると、冊子の一番最後の方、殆どの生徒が読み飛ばすようなマイナーな部活が並んでいるコーナーに、彼の目は突然、ある一行に吸い寄せられた。
【猫世話部】
活動内容:学園の敷地内に棲む野良猫たちの世話をする。餌やり、健康管理、毛づくろいの手伝い、時折獣医さんへの付き添いなど。動物との正しい関わり方、命の大切さを学ぶ。
活動日:基本的に毎日放課後。時間は各自の都合で調整可。
必要な能力:特になし。動物が好きな人であれば誰でも歓迎。
部員数:現在2名。
暸の目が、パッと輝く。
彼の脳内に、今までのどの部活の説明を読んだ時とも全く違う、鮮やかな電撃が走った。
――猫。猫だって!!
四、隠された趣味 ~最強の猫好き~
実は高木暸には、今まで誰にも言ったことのない、生まれつきの大きな秘密がもう一つあった。
彼は、この世で一番猫が好きなのだ。
小さい頃、自分の圧倒的すぎる力で周りの人間を傷つけてしまい、人間不信になっていた時期に、路地裏で一匹の子猫に出会ったことがある。その子猫は暸の能力など知る由もなく、ただ無邪気に彼の足元にすり寄り、ゴロゴロと喉を鳴らして甘えてきたのだ。人間が誰も近づかなくなった暸にとって、その子猫は初めて心を開いてくれた、唯一無二の友達だった。
それからというもの、彼は猫が大好きになった。猫は何も要求してこない。ただそこにいて、ゴロゴロ喉を鳴らし、たまに甘えてくれるだけ。うるさくもないし、干渉してもこないし、めんどくさい人間関係もない。柔らかくて、暖かくて、可愛くて――彼の価値観の中で、猫は「平和」そのものの象徴だったのだ。
今までも、町を歩けば路地裏の猫に餌をやりにわざわざ遠回りしたり、本屋で猫の写真集を立ち読みして一時間が経っていたり、スマホのギャラリーは知らない猫の写真でいっぱいだったり――だがそんな趣味は、最強の能力者としてのプライド(?)から、今まで誰にも見せたことはなかった。
「猫世話部…猫の世話をするだけ…? 活動時間は自由…? 部員もたった二人…?」
暸は一覧表の文字を、何度も何度も読み返す。信じられなかった。この学園に、こんなにも自分の理想にぴったりの部活が存在していたなんて。
「これだ! これ以外に選択肢はない!!」
彼は思わず小さくガッツポーズを決める。
考えてみれば、これ以上都合のいい部活は他にない。まず活動内容が猫の世話だけ――戦いもなければ能力測定もなければ、学園の運営に関わることもない。何より猫と一緒にいられる。活動時間が自由なのも最高だ。他の部活のように朝早くから集合だの、休日も練習だのという強制がない。部員が二人しかいないということは、余計な人間関係も最小限で済む。
それに――何より、誰も俺の正体なんて疑わないだろう。「猫世話部に入りたいFランクの落ちこぼれ」。ただそれだけの話だ。誰がこんなマイナーで平和な部活に、世界最強の能力者が紛れ込んでいるなんて、想像だにしないに決まっている。
「よっしゃ! 即決だ! 今すぐ猫世話部の部室に行って、入部届を出してくる! 退学の心配もなくなるし、これでまた平穏な日々が戻ってくるぜ! しかも毎日猫に会えるなんて、むしろ部活ルールのおかげで得したくらいだわ!!」
暸は今までで一番明るい笑みを浮かべ、分厚い一覧表を放り出すと、制服の上着を羽織って一目散に教室を飛び出した。彼の足取りは、今までのどんな時よりも軽やかで、速かった。
五、古びた部室 ~二人の先輩~
部活一覧の地図を頼りに、暸は学園の敷地の一番奥、森に近い、殆ど誰も来ないような場所にたどり着いた。そこには、他の部活の新しくて立派な部室棟とは打って変わって、まるでFランク寮のように古びた小さな平屋が建っていた。壁はペンキがはげ、窓ガラスには猫の足跡がいくつもついている。玄関のドアには、手書きで下手くそな文字で「猫世話部」と書かれた木の札が、チェーンでぶら下がっている。
「…うん。この古臭さ、いい感じだ。きっとゆるーい部活なんだろうな。期待できるぞ。」
暸は少しだけ緊張しながら、ドアをノックする。
「すみませーん。新入生の高木暸って言うんですけど、入部したくて来ましたー。」
中から、ガサガサと物音がした後、若い女性の明るい声が響いた。
「はーい! 今開けるねー!」
カチャリと鍵が開き、ドアがゆっくりと内側に開いた。
そこに現れたのは、まるで太陽のように明るい笑顔をした、二年生の女の子だった。明るい茶色のショートカットに、ぱっちりとしたオレンジ色の瞳。両手には猫の形をした可愛い手袋をはめ、エプロンには猫の毛が無数についている。彼女は暸を見るなり、目をキラキラと輝かせて飛び跳ねるように喜んだ。
「わー! 新入部員! 来てくれたんだね! 本当に嬉しいなー! ここ三年間、部員が減る一方だったから、もし誰も入ってくれなかったら廃部になるところだったんだよ! よく来てくれたね、よく来てくれた!」
彼女は暸の両手を取って、ぶんぶんと振り回す。勢いがありすぎて、暸は思わずよろめく。
「あ、あっ…はい、よろしくお願いします…高木暸です、Fランクの一年生です。」
「Fランク? へえ、別に気にしないよー! この部活にランクなんて関係ないからね! 猫が好きかどうか、それだけが全てだもん! 私は二年生の森下ひまわり! この猫世話部の副部長をやってるよ! 能力は『動物と少しだけお喋りできる』くらいの、大したことないやつだよ! よろしくねー!」
ひまわりはニコニコ笑いながら、暸を部屋の中に引きずり込む。
部屋の中は、外見からは想像もつかないほど猫の楽園だった。床一面に柔らかいマットが敷き詰められ、至る所に猫用のベッドや爪とぎ、おもちゃが転がっている。棚にはキャットフードの袋が何十種類も積まれ、獣医の教科書や猫の飼い方の本が並んでいる。そして何より――部屋のあちこちに、実に様々な種類の猫たちが、気持ちよさそうに寝そべったり毛づくろいをしたりしているのだ!
三毛猫、黒猫、白猫、キジトラ、サバトラ、長毛種に短毛種、仔猫から大人猫まで――数えてみると、軽く20匹はいるだろうか。暸はその光景を見た瞬間、思わず息を呑んだ。
「…すげえ…ここは天国か…?」
「でしょでしょ? みんな可愛いでしょ? みんな学園の敷地内に棲んでる野良猫ちゃんたちなんだけど、寒い時やお腹が空いた時にここに集まってくるの。みんなすごく人懐っこいから、すぐに慣れると思うよ!」
ひまわりが得意げに胸を張る。そして突然、部屋の奥の方を向いて大きな声で呼びかけた。
「――部長ー! 新入部員の高木くんが来たよー! ちょっとこっちに来て挨拶してよー!」
すると、本棚の陰から、ゆっくりと人影が現れた。
長い黒髪をゆるやかに三つ編みにした、静かで落ち着いた雰囲気の三年生の女の子だった。薄い緑色の瞳は、まるで森の奥の泉のように穏やかで、どこか神秘的な輝きを宿している。彼女の肩の上には真っ白な長毛の猫が一匹、気持ちよさそうに寝そべり、両腕にはそれぞれ違う猫が抱きかかえられている。
彼女はゆっくりと暸の方に近づき、静かに、それでいてはっきりと口を開いた。
「…はじめまして。猫世話部 部長の、緑川 翠(みどりかわ すい)。三年生だ。ようこそ、猫たちの楽園へ。」
穏やかな声だが、その声には、どこか人外のものを思わせるような、不思議な深みがあった。暸は思わず彼女の存在に、少しだけ緊張を覚える。
翠はひらりと肩の上の白猫を抱き上げ、柔らかく微笑みながら続ける。
「森下が言っていた通り、この部活にランクや能力の上下は関係ない。ただ猫が好きで、彼らと真摯に向き合ってくれるのなら、誰でも歓迎だ。――君は、本当に猫が好きかね?」
「はい! 生まれてからずっと、世界で一番好きです!」
暸は即答した。そのあまりに真剣な瞳に、翠は少しだけ目を見開き、それからくすりと小さく笑う。
「…そうか。それなら問題ない。これで部員は三人になったわ。まずは、ここにいる猫たち全員の名前と、それぞれの性格、好き嫌いを覚えるところから始めましょう。餌の種類や量、体調の見方、毛づくろいの仕方――一週間もすれば、きっと君もこの子たちの一番の友達になれるわ。」
ひまわりが隣でニコニコ笑いながら、暸の肩にぽんと手を置く。
「そうだそうだ! 早速みんなに紹介するね! この子がシロちゃんで、こっちの三毛がミケさんで、あそこで寝てるのがトラの助くんで…」
暸は次々と名前を呼ばれる猫たちを見つめながら、心の中でガッツポーズを決めていた。
(やったー! これで部活問題は完全解決! 退学の心配もなくなったし、毎日可愛い猫たちに囲まれて過ごせる! 部長の翠先輩も副部長のひまわりちゃんも、なんだかいい人たちだし、誰も俺の正体なんて疑うはずない! これで、本当の意味で平穏な高校生活が始まるんだ――!)
だが。
この時の暸はまだ知らなかったのだ。
この穏やかで物静かな部長・緑川翠が持つ能力が、実は彼の想像をはるかに超えた、極めて特殊で恐ろしいほどに便利な(そして時に厄介な)ものだったことを。
翠の能力は「森の言葉」。
ありとあらゆる動植物と、言葉を超えたレベルで完全に意思疎通をすることができるのだ。人間の言葉で話し合うこともできれば、彼らの感じている痛みや喜び、恐怖までもが、手に取るように分かる。更に上級な使い方として――彼女は、動植物たちが持つ様々な能力の一部を、一時的に自分のものにすることができたのだ。
チーターの速さ、クマの力、鷹の視力、蟻の力持ち、植物の再生能力――森に生きるありとあらゆる命の力を、必要な時だけ借り受けることができる。表向きは「ランクは非公開」とされているが、もし正確に測定すれば、少なくともSランクの上位、下手をすれば四天王に匹敵するほどの実力の持ち主だったのだ。
そして更に――。
翠は、暸が部屋に入った瞬間から、既にあることに気づいていた。
部屋中の猫たちが、新入りの人間に対して見せる反応が、今までのどんな人間に対しても見せたことのないような、特別なものだったからだ。
本来なら知らない人間が入ってくれば、警戒して隠れたり、唸ったり、威嚇したりする猫たちが多いはずなのに。
今日ばかりは、一匹残らず全員が、暸の方をキョトンと見上げ、ゆっくりと近づき、そして――まるで生まれた時から知っている一番の友達であるかのように、彼の足元にすり寄り、ゴロゴロと喉を鳴らし始めていたのだ。
一匹の黒猫が暸の靴の上に乗り、くるくると回り始める。仔猫の三毛が彼のズボンによじ登ろうとする。白い長毛猫がゆっくりと歩み寄り、暸の手に自分の頭をグイグイと押しつけてくる。
翠は静かにその光景を眺めながら、薄い緑色の瞳の奥に、小さな驚きと、そして深い興味を宿らせていた。
(…ふう。これは珍しい。この子たちが、これほどまでに心を開く人間は、私以外に初めて見たわ。――この高木暸という少年は、一体どういう人なのかしら…?)
ひまわりは全く気づかずに、猫たちが暸に懐いているのを見て大はしゃぎしている。
「わー! すごいすごい! みんな高木くんのことが大好きみたいだねー! 今までで一番早く打ち解けたかも! やっぱり猫好きな人って、猫にもすぐ分かるんだねー!」
暸自身も、周りに次々と集まってくる猫たちに少しだけ困惑しながらも、自然と笑みがこぼれていた。彼は無意識のうちに、自分の能力のごくごく一部、「存在そのものを和らげる」という概念の調整を行っていたのだ。生まれつき持つ圧倒的な力の威圧感を消し去り、ただ柔らかくて暖かい存在だけを残す――猫たちはそれに敏感に反応し、本能的に「この人は安心できる」と判断したのだった。
暸は一番最初に自分に寄ってきた黒猫をそっと抱き上げ、その柔らかい毛並みに指を這わせながら、心の底から幸せそうにつぶやいた。
「…あー、最高だわ。この部活に入って、本当によかった…。」
夕暮れの柔らかな日差しが、古びた部室の窓から差し込み、猫たちの毛並みを黄金色に染め上げる。
こうして、高木暸の新たな日常が始まった。毎日放課後になれば猫たちに囲まれ、平穏で、柔らかく、可愛らしい時間が流れていく。誰も彼の正体に疑いを抱くこともなく、めんどくさい事件も起こらない――そう、暸はそう信じて疑わなかった。
(次回に続く)
コメント
1件
第7話読み終わった!暸が猫好きってギャップ可愛すぎるだろww 部活探しで「猫世話部」見つけたときのテンション上がりっぷり、めっちゃ分かるわ。翠先輩の能力の伏線も気になるし、猫たちが暸にすぐ懐いたのも何かありそうで…。毎日猫に囲まれてゴロゴロできる平穏、続いてほしいな〜(願望)