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教室の窓際。昼休み、光希は静かに弁当をつついていた。 周りではクラスメイトたちがワイワイと盛り上がり、笑い声が飛び交っている。
昨日と同じように、女子たちは「光希ちゃん」「光希ちゃん」と嬉しそうに声をかけてくる。
「光希ちゃん、その髪留め可愛いね!」
「えっ……あ、ありがと……」
声は小さい。けれど笑顔を作って答える。
内気な雰囲気が「大人しい女の子らしさ」として受け取られているのを、光希自身も感じていた。
胸の奥に複雑な思いが渦巻く。
(俺……じゃなくて、“あたし”なのか……)
隣の席で黙々と弁当を食べる莉月が、ちらりと光希を横目で見た。
クラスの中心から少し距離を置いている姿が、昔の“優希”と重なる。
違うのは――今は男ではなく、女子の制服を着ているということだけ。
午後の授業が終わると、教室の後ろで佐伯翔真が声を上げた。
「おい白川! 今日部活寄ってかね? 光希ちゃんも見学しろよ!」
「は!? なんで俺が!」
「いやいや“いとこ”なんだから案内くらいしてやれって!」
翔真は悪気なく背中を押してくる。
その横で、桐谷蒼が冷静な視線を向けていた。
「……しかし、転校してきたばかりなのに白川と同じ名字って、偶然にしては珍しいよな」
その一言に、光希の肩がぴくりと震えた。
莉月が慌てて笑顔を作る。
「ま、まぁ親戚だからな! 珍しくもなんともないって!」
「……ふぅん」
蒼の目は鋭い。光希は思わず視線を伏せ、声を出せなかった。
放課後。
帰り道、二人きりになった瞬間、莉月はふぅっと大きく息をついた。
「なぁ……優希」
その名を呼ばれた瞬間、光希ははっとして顔を上げる。
教室ではずっと“光希”。でも今、同級生はいない。
幼馴染としての本当の名前を呼んでくれるのは、莉月だけだった。
「……やっぱ、落ち着く」
「だろ? 学校でずっと“光希”って呼ばれるの、疲れるだろ」
「……うん。なんか、俺じゃないみたいで」
優希はぽつりと呟く。
女の子として囲まれて笑顔を向けられる時間は、決して嫌ではない。けれど、心の奥がむず痒く、少し痛む。
「……ごめんな。俺まで合わせちゃって」
「違うんだ、莉月。お前だけは“優希”って呼んでくれ。……じゃないと、俺……消えちゃいそうで」
その声に、莉月の胸が締めつけられる。
昨日まで当たり前にそこにいた“優希”。
その存在を、守らなきゃいけないと思った。
家に着くと、制服を脱いで楽な服に着替えた優希がソファに座り込んだ。
ぐったりとした様子に、莉月は冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して差し出す。
「……ありがと」
「無理して笑ってたろ。女子たちに囲まれて」
「だって、変に思われたら困るし……。でもさ、やっぱり“女の子扱い”って……疲れる」
優希は胸元を押さえて俯いた。
莉月の視線が一瞬そこに向かってしまい、慌てて逸らす。
「わ、悪い!」
「……もう慣れろよ、莉月」
「いや、慣れられるか! 昨日まで普通に男子だったんだぞ!」
二人は顔を見合わせ、同時に吹き出した。
笑いながらも、胸の奥には小さな不安が残る。
その夜、ベッドに潜り込んだ莉月は天井を見つめながら考えていた。
(蒼……勘づいてるかもしれない。あいつ、鋭いし……)
秘密がバレるのは時間の問題かもしれない。
でも今は――目の前で不安そうに眠る“優希”を守ることが、何より大事だった