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週が明けて三日目。
光希はようやく、教室の空気に馴染み始めていた。
初日は緊張で言葉もぎこちなかったが、少しずつ周りと笑い合えるようになっている。
藤宮里奈が机に寄ってきて、楽しそうに言う。
「光希ちゃんって、意外と天然だよね。男子も見てて癒されるって言ってたよ」
「えっ……そ、そうなの?」
「うん。翔真なんて、“癒し系アイドル枠”って言ってたもん」
「な、なんだそれ……!」
笑い合いながらも、光希の胸の奥は少しざわついていた。
“女の子として見られてる”――その現実を、改めて思い知らされる瞬間。
慣れないスカートの裾を無意識に指でつまみながら、光希は内心で小さく息をついた。
(……俺、女子の中に自然に混ざってる)
その事実が怖くもあり、どこか少しだけ、寂しくもあった。
昼休み。
里奈が「放課後寄り道しようよ!」と誘ってきた。
「文房具屋に可愛いペンがあるの! 光希ちゃんも一緒に!」
「え、えっと……」
困ったように視線を泳がせる光希を見て、莉月が笑った。
「行ってこいよ。たまには息抜きもしろって」
その言葉に背中を押され、光希は小さくうなずいた。
放課後の街は春風が気持ちいい。
女子たちと笑いながら並んで歩く自分が、少しだけ信じられなかった。
店先のガラスに映った自分の姿を見て、思わず立ち止まる。
そこに映るのは――柔らかい髪に、穏やかな笑みを浮かべる“女の子”。
(……俺、ほんとに戻れるのかな)
胸の奥に浮かぶ不安を押し込めて、光希は笑顔を作った。
その日の放課後、忘れ物を取りに教室へ戻ると、窓際に桐谷蒼がいた。
「光希、だっけ?」
「う、うん」
「白川の“いとこ”って聞いたけど……似てないな」
淡々とした口調。けれど、その視線はどこか探るようだった。
光希はうまく言葉を返せない。
「ま、別にいいけどさ。……白川、最近お前のことになると焦りすぎじゃね?」
蒼はそれだけ言って、無言で出ていった。
残された光希の胸には、妙なざわめきが残る。
“いとこ”という設定が、いつか壊れてしまいそうな気がして――。
夜。
家に帰ると、莉月がリビングで勉強していた。
「おかえり。どうだった、寄り道」
「……楽しかったよ。みんな優しくしてくれて」
そう言いつつも、優希の表情は曇っていた。
「でも……なんか、女子たちといると、“俺”がどんどん消えていく気がするんだ。
喋り方とか、仕草とか……知らないうちに女の子っぽくなってて」
莉月は優希の手をそっと包んだ。
「大丈夫。俺はお前のこと、ずっと“優希”として見てるから。
見た目がどう変わっても、中身は変わらない」
その言葉に優希は小さく笑う。
「……ありがとな、莉月。お前がいてくれてよかった」
同級生がいない静かな夜。
“光希”ではなく“優希”として名前を呼び合う、その時間が、二人にとって唯一の居場所だった。