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その日、事務所から車で移動する段取りだったため、朝起きて事務所へ向かった。いつも通り俺が一番乗りで、マネージャーに案内されて車内へと移動する。
「吉田くん、ちょっと」
「……はい?」
車内の一番奥の席、窓際に座った俺の隣にマネージャーも座る。
「この前、佐野くんの家行った?」
「あぁ……えっと、いつの話ですか?」
「三日前ぐらい。ほら、夜に吉田くんがあのカフェで先方と打ち合わせした日。二人でタクシーに乗った、その後かな」
マネージャーの言葉に記憶を辿りながら、あの日の話かと頷いた。珍しく勇斗が弱っていて、勇斗のマンションのエントランスで少し喋った日。直近で勇斗の家に向かったのはその日しかないので、すぐに結論が出た。
マネージャーが手元に持っていた携帯の画面を、俺に見せる。
映し出されたひとつの写真。それと、黒い文字の羅列。
「……えっ?」
そこにいるのは、確かに俺と勇斗の姿だ。間違いなくあの日、あの夜で、マンションの外から撮った写真だとすぐに気付いた。エントランスの扉が一部分だけガラス張りになっていて、多分そこから撮っている。
勇斗が、俺にキスしてる写真だった。
「たまたま知り合いの記者でね。本来なら二人の方に直接向かうところなんだけど……今回は先に事実確認させてほしいって、記事になるところを止めてもらった。いい人でね、向こうも了承してくれてる」
動揺して震える手で携帯を受け取る。何度も何度も、その画質の悪い一部分を拡大する。
口と口が触れ合う前の一瞬を捉えたスクープ。どうしたって、そんな風に見えてしまう。
「そうじゃないとは分かってるんだけど……吉田くんの言葉で、直接確認させてもらっていい?」
ちがう。だって、勇斗はあの夜、口にキスなんてしてない。お互い耐えて耐えて、その一線を越えると止められなくなるって分かってたから。勇斗の行動は、そのせめぎ合う気持ちを納得させようとした行動だったと、俺は頭の中で処理している。
メールの中の小さな文字の羅列は、どんどん俺の指先を冷たくさせる。
『大人気アイドル佐野勇斗のお相手は、まさかのグループリーダー!?』
『去り際を見送る笑顔は、アイドルや俳優としてではない素の表情なのか』
あくまで主軸は勇斗で、俺は相手役でしかない。
アイドルとして徹底して共演した女性とは距離を置き、互いが週刊誌に載らないようなラインを見極めて交流していることも知っている。どんなに小さな記事でも載ってしまえば悪影響が及ぶことを、誰よりも理解している彼だから。
こんなカタチで、今までの勇斗が積み上げてきた実績が崩れ落ちてしまうことが……苦しくてたまらない。
「……吉田くん。顔色悪いね。ごめん、ショックだったよね」
優しく労わってくれるマネージャーは、俺が同性愛者だと誤解される写真が撮られたことを気にかけている。
俺のことなんか、どうでもいい。それより、勇斗が、勇斗のことだけが。
「あいつ、には、なんて……?」
「いや、まだ伝えてない。今日入り時間が早かった吉田くんから先に伝えようって、こっちで決めさせてもらって」
「そ、ですか……まだ……」
手に持っていた携帯を返す。
まだ勇斗の耳には届いてないんだと、少しだけ安心した。
「……正直、今回の件は落とし所に迷ってる。グループ仲が良いことは悪いことじゃない。けど、それを行き過ぎた行動だって面白おかしく捉える人たちもいる。悲しいけど、その一部分だけ切り抜いて仕事になる世の中だから。あまり気を落とさないでほしい……けど、少しこれからの立ち回りを考えないといけないのかなって、正直思う」
マネージャー自身も、これを言い出すまでにどれだけ頭を悩ませたんだろう。俺たちが見えないところで、きっとこの記事を揉み消すために動いていたんだろう。
だから、これは二人にとっての警告なんだと……理解してしまう。
閉じられた真っ暗な画面にはもう何も映ってはいない。それでも、こびりついたあの内容と写真が……ずっとずっと、頭の中で流れてしまう。
「……勇斗には、言わないで、ください」
やっとの思いで絞り出した声は、自分でも信じられないぐらい震えていた。
「それは……」
「勝手だって分かってます。でも、あいつの大事な時期に……変な心配かけさせて、コンディション落とされる方が良くない、ですよね……?」
もうこれは賭けだった。俺が先に聞いた特権で、勇斗に迷惑がかからない唯一の方法だと思った。
マネージャーの視線が泳ぐ。この駆け引きに勝つまで、あと少し、もう少しだ。
「大丈夫です。勇斗にはそれとなく、俺から伝えます。記事の話はせず、みんなで注意していこうって流れにします。その方が勇斗だけじゃなくて、みんなの意識も上がるでしょ?」
車内に流れる沈黙。一歩も引かない俺に痺れを切らしたのは、マネージャーの方だった。
「……リーダーである吉田くんのことを信頼して、この件は一旦預けます。ただ、どういう話をしたか必ず報告はして」
「ありがとう、ございます」
「最後に確認ね」
真正面から強い瞳に射抜かれ、こくりと喉が鳴る。
「事実……じゃないよね?」
俺を、勇斗を、信じたいと。俺の口から言質を取っておきたいのだと、そう訴えかけられる。
俺が……守らないと。四人を。そして……勇斗という存在を。
「……そういうんじゃ、ないです。俺と勇斗は」
たとえ心に嘘をついてでも、俺がいくら傷付いても、守ることができるならなんだっていい。
言葉を吐き出し俯いたままの俺に、マネージャーは何も言わず車内を出て行った。握り締めていた拳をふっと解くと、微かに爪の跡が残っていた。背凭れに体重を預け、窓の外を眺める。
コンクリートの地面を照り返す太陽の熱が、ゆらゆらと不気味に揺らいでいる。一人残された車内で、ずっとそれを見つめていた。
コメント
1件
うわ……胸がぎゅっと締め付けられる話だった……。写真のシーン、めっちゃ怖かったよ。でもそれ以上に、勇斗を守ろうとして「嘘」を選んだ主人公の覚悟が痛いほど伝わってきて、切なくなった。チームのこと、勇斗の未来のこと、全部背負おうとしてるのが伝わるからこそ、その決断に涙が出そうになった。続きどうなるんだろう……本当に気になる。