テラーノベル
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今日は、花斗は壱月と風呂に入る日だ。
ふたりが入浴している間、私はまだそわそわとした気持ちを落ち着かせるように食器を洗っていた。
ジャー、という水の音に集中しようとするのだが、どうしても寝室のほうへ意識を引っ張られてしまう。
それに、洗い物は有限だ。すべて洗い終えてしまえば、手持無沙汰になってしまう。
無駄にキッチンをうろうろし、やることがないとため息をこぼしながらエプロンを外した。
ふとリビングに置きっぱなしにしていたスマホに目をやると、メッセージの着信を知らせる画面が光っている。
手持ち無沙汰にならずに済んだと胸をなで下ろし、私はリビングのソファに腰掛け、スマホを手に取った。
メッセージは、姉からだった。
【愛音と花斗と壱月くんに、一足お先にご報告】から始まったメッセージを読み進める。
「え!?」
ひとりきりにもかかわらず、大声を出してしまった。
【赤ちゃんできました!】の文字が目に入ったのだ。
姉夫妻にとっては、念願の赤ちゃん。
【やっと愛音たちにお世話になれる日が来るね】
そんなおどけた文面からも、姉の幸せを感じる。
けれど、その知らせは私の意識をさらに寝室へと引っ張った。
このタイミングでご懐妊って、お姉……っ!も~~~~~~っ!
嬉しいのに、自分のことと重ねてしまうと恥ずかしい。【おめでとう】と返信することも忘れ、私はスマホを握りしめる。
すると、パジャマ姿の花斗がリビングへやってきた。
「ママ―、なにしているの?」
なにをしているのだろう。
自分でもよくわからない。
「あのね、花斗……あ、壱月も」
少し遅れて部屋に入ってきた壱月と、視線を合わせる。
ふたりはその場でキョトンとして、こちらを見た。
「お姉……先生のお腹にね、赤ちゃんできたんだって」
そう言うと、壱月は目を見開いた。だが花斗はピンときていないようで、首を傾げる。
すると、壱月が嬉しそうな顔をして、花斗の頭を撫でた。
「めでたいな。花斗、先生はな、これからママになるってことだ」
「あかちゃん、うまれるの?」
花斗が不思議そうな顔のまま、壱月を見上げる。今度は私が口を開いた。
「そうだね。お腹の中で赤ちゃんが大きくなって、先生のお腹も大きくなったら、赤ちゃんが産まれるんだよ」
それで、花斗の顔はぱぁっと明るくなる。
「ぼくも、あかちゃんほしい!」
そう言ってなぜかピョンピョン飛び跳ねた。
だが急におとなしくなり、私をじーっと見る。
「ママのおなかには、あかちゃんいないの?」
そんな花斗の言葉に、私は思わず視線を泳がせた。
「おとうととか、いもうとがいるおともだちもいるよ。ぼくも、おとうととか、いもうととか、ほしい」
「えっと……」
目の前の花斗から感じるのは、純粋な期待だ。
「あかちゃんのおせわ、したい。ぼくも、せんせいみたいに、おむつかえたり、ごはんあげたい!」
言いながら、花斗は目を輝かせる。
その視線が眩しくて、私は困惑して壱月のほうを向いた。
壱月は「赤ちゃん、かわいいもんなあ」なんて、暢気にケラケラ笑っている。
「もう、あのねぇ……」
ため息をこぼすけれど、脳裏に浮かぶのは『本当は保育士さんにもなりたい』と打ち明けてくれた花斗の気持ちだ。
それから、保育園での花斗のお兄ちゃんぶりも。
「ぼく、もうねるね!」
花斗は歯磨きも、既に済ませてきたらしい。そう言って、花斗は寝室へと体の向きを変える。
もうすぐ小学生の息子は、ずいぶんとたくましくなったようだ。
「ひとりで平気?」
「おにいさんだから、ひとりでねれるもん!」
花斗はそう言って、壱月が作ってくれたばかりの〝自分の部屋〟へ入っていく。
「ママのおなかにあかちゃんきたら、ぼくにもちゃんとおしえるんだよ!」
と、強く言い残して。
パタン、と扉が閉まり、はぁとため息をこぼす。
ちらりと壱月を見ると、ふふっと笑われてしまった。
「とりあえず、お風呂。冷めないうちに、入ってきたら?」
「うん……」
頷いて、私はお風呂へと向かった。
風呂にのんびりと(脳内は忙しかったが)浸かり、リビングへ戻る。
そこでは壱月がタブレットを手に、のんびりとソファでくつろいでいた。
「花斗は?」
「もう、ねたんじゃないか?」
じっと寝室――もとい、花斗の部屋を見る。
「本当は眠れなくて布団の中で泣いてる、とかない?」
「それはわからない。けど、花斗のことを信頼して、意思尊重してあげるのも大事だと思う」
壱月はそう言ったが、それでも私は心配になって、扉にそっと耳を当てる。
けれど、物音は聞こえない。
「そんなに心配なら、見てくれば?」
「うう、でも……」
壱月の言うように、花斗を信頼してあげなきゃ、という気持ちが押し寄せる。
でも、初めてだし、今日だけは――。
そう自分に言い聞かせ、そっと部屋の扉を開ける。
ベッドの上では掛布団からはみ出した花斗が、すーすーと寝息をたてていた。
それで、ほっと一安心。だけど同時に、愛しさがあふれてきた。
いつの間にか、こんなに大きくなっちゃったんだね。
そんなことを思いながら、花斗に布団をかけ直した。
寂しさと嬉しさがまじって、変な顔をしてしまう。
不意に涙があふれそうになってしまい、パジャマの袖でそれを拭った。
「寝てたよ、花斗」
リビングに戻ると、壱月は「な?」と言いながら私をぎゅっと抱きしめてくれた。
寂しいと思うのは、私だけ。
ずっと隣にいた小さな温もりが、少しずつこうやって手を離れていくのだと、実感してしまっただけだ。
「寂しいのは、愛音のほうだったか」
「……そうみたい」
そう言うと、壱月の抱擁の力が強まる。
「でも、寂しいだけじゃなくて嬉しさもある。だから、複雑」
そう言うと、「俺はいつでもそばにいるけどな」と壱月は小さく笑った。
それで、つられて私も笑ってしまう。
涙を袖で拭い、壱月を見上げた。
そこにあったのは、思ったよりも真剣な壱月の顔だ。
「なあ、少し話さないか? これからのこと」
彼の腕の中で、私はこくりと頷いた。
コメント
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わあ…第96話、すごく温かい気持ちになりました🥀🤍 姉の妊娠報告から、花斗くんの「赤ちゃんほしい」発言、そして一人で寝るって言い張る姿…“お兄さん”としての自覚が芽生えてるの、愛おしすぎます。でも愛音さんがこっそり布団かけ直して泣きそうになるシーン、母としての寂しさと誇りが入り混じってて、胸がぎゅっとしました。 壱月が「寂しいのは愛音のほうだったか」って抱きしめてくれるのも、もう…二人の距離感、すごく好きです。この家族、本当に素敵。続きが気になります🌙
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