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光の国 ― 沈黙の断罪 ―
ティアは、ついに「行動」を止めた。
暴れることを止め、叫ぶことを止め、ただ静かにミリアと、かつての恩師である児童精神科医を見つめた。その瞳は、深海のように暗く、冷たい。
ミリアは、ティアが静かになったことを「治療の成果」だと信じ込もうとしていた。しかし、ティアが差し出した一冊のノートを開いた瞬間、ミリアの指先は凍りついた。
そこには、ティアが何年も、何十年も、頭の中で繰り返してきた**「黙読」**の記録が、血を吐くような言葉となって綴られていた。
「先生、あなたが『順調ですね』と微笑んでいた時、私の頭の中では千の悲鳴が渦巻いていた。
ミリア、あなたが『お薬を増やしましょう』と知性的に判断した時、私はただ、この得体の知れない恐怖を一緒に見つめてほしかっただけだった。
あなたたちは光の中にいて、暗闇にいる私に『こっちへおいで』と命令した。でも、誰も暗闇まで降りてきて、私の手を握ろうとはしなかった。」
ティアは声を捨て、文字で彼らを包囲した。
ミリアが誇りにしていた「医学」も、夫が大事にしていた「遊戯療法の写真」も、ティアの本当の孤独の前では、何の役にも立たないガラクタであることを突きつけたのだ。
「あなたたちが救おうとしていたのは私じゃない。私を救っているという『自分たちの有能さ』に酔っていただけでしょう?」
その言葉は、鋭利な刃物よりも深く、知性的な二人の自尊心を切り裂いた。
ミリアは、自分がティアに施してきた「治療」が、実はティアの心を押し潰す「加害」でしかなかった事実に直面し、崩れ落ちた。彼女の知性は、自分自身の過ちを正当化できなくなり、音を立てて壊れていく。
児童精神科医もまた、自分が撮った箱庭の写真を直視できなくなった。
あそこに閉じ込められていたのは動物ではなく、助けを求めていたティアの魂そのものだった。それを「作品」として鑑賞していた自分の無神経さに、彼は耐えられなくなった。
ティアは、廃人同様になったミリアと、彼女を介護するしかなくなった夫を、冷ややかに見下ろした。
彼らが信じていた「光の国」の秩序は崩壊した。
自分を理解しようとしなかった報いを、彼らは一生、消えない罪悪感という名の檻の中で味わうことになる。
ティアは初めて、静寂の中で深呼吸をした。
彼らを地獄に突き落としたことで、ようやく「黙読」という孤独な闘いに、一つの終止符が打たれたのだ。