テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
この作品はsxxnでnmmnですご本人様は一切関係ございません。
赤緑♀︎
春は嫌いじゃない。空気は柔らかいし、日差しも優しい。だけど――
「……くしゅ」
隣で小さくくしゃみをしたすちを見て、暇なつは一瞬で考えを改めた。
「大丈夫か?」
「うん。たぶん、花粉」
そう言って、すちはいつも通りのんびり笑う。……いや、笑ってはいるけど。暇なつは、そこでようやく気づいた。
(目、赤くね……?)
春の日差しを反射して、すちの目が妙に潤んでいる。
瞬きをするたびに溜まった涙が零れそうで、なんとも言えない表情をしていた。
「すち、ちょっと止まれ」
「ん?」
立ち止まらせて、顔を覗き込む。
途端に、暇なつの心臓が変な音を立てた。
「……なにその顔」
「え?」
すちは自覚ゼロで首を傾げる。その拍子に涙が一筋、頬を伝った。
「――っ」
声にならない息が、暇なつの喉から漏れた。
(……反則だろ)
泣いてるわけじゃない。苦しそうでもない。ただ、花粉症で涙が出てるだけ。それなのに…
「ひまちゃん?」
心配そうに見上げてくる、その目。濡れた睫毛。少し鼻にかかった声。
全部が全部、胸を締め付けてくる。
「……花粉症、こんなひどかったか?」
「今年は、ちょっと」
すちは目をこすろうとして、暇なつに手首を掴まれた。
「こすんな」
「え」
「赤くなる」
言い切ってポケットからハンカチを取り出し、目元にそっと当てるとすちは抵抗もせず、されるがままになった。
「暇ちゃん、なんか……距離近い」
「近い」
否定しない。むしろ一歩、詰める。
「だって放っとけない」
「ただの花粉だよ?」
「それが問題」
すちはきょとんとして、理解していない顔をする。それがまた、暇なつの理性を削る。
(この様子じゃわかってねぇな…)
自分がどれだけ無防備で、どれだけ可愛いか。
「帰ろう」
「え、まだ――」
「今日は終わり」
有無を言わせない声だった。
すちは一瞬迷ってから、素直に頷く。
「わかった」
その返事すら、可愛い。暇なつはすちの手を取る。少し冷たい指先。それを包み込むように、強く握った。
「暇ちゃんの手、あったかい」
「離さないからな」
「……うん」
拒否しない。疑いもしない。
(信頼されてるの、嬉しいけどさ)
同時に独占欲がじわじわと湧いてくる。帰宅すると暇なつはすぐにすちをソファに座らせた。
「動くな」
「え、命令?」
「心配」
即答。すちは少し笑って、素直に腰を下ろす。
暇なつは空気清浄機をつけ、薬とティッシュを用意して戻ってきた。
「目、見せて」
「……はい」
言われるがまま顔を上げるすち。近距離で見ると、やっぱり涙目で、赤くて。
「つらい?」
「んー……ちょっと」
その「ちょっと」が信用できない。
暇なつは眉を寄せて、すちの頬に手を伸ばす。
親指で、涙の跡をそっと拭った。
「……暇ちゃん」
「なに」
「見すぎ」
「見たい」
正直すぎる言葉に、すちは黙る。
耳が、じわっと赤くなる。
「……変」
「可愛いから」
すちが何か言い返そうとする前に、暇なつは額に軽く口付けた。
「……っ」
「今日は特別」
「なにが」
「花粉症のすちが可愛すぎる日」
冗談めかして言ったつもりだったけど、半分以上は本音だった。
すちは困ったように笑って、暇なつの服の裾を掴む。
「そんなに?」
「そんなに」
即答。
「泣きそうな顔で、俺の前にいるの反則」
「泣いてないよ」
「それでも」
暇なつはすちを引き寄せて、抱きしめる。
優しく。
逃げ場を塞がないように。
でも確実に、守る腕で。
「今日は俺が全部やる」
「……なにを?」
「看病。甘やかし。」
最後の一言で、すちが少し固まった。
「最後、聞き間違い?」
「してない」
すちの頭を撫でる。
涙で湿った睫毛に、そっと息をかける。
「花粉の季節、俺のそばにいろ」
「……離れる理由、ないけど」
「ならいい」
暇なつは満足そうに微笑んだ。
(ああ、だめだ)
花粉症で涙目なだけ。
それだけで、こんなにも愛しさが溢れるなんて。すちが何も知らないまま、安心しきった顔で腕の中にいる。それがもう、何より幸せだった。春は嫌いじゃない。
すちがこんな顔を見せてくれるなら。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!