「10日も二人に会えないなんて……いつぶりかしら?」
マリアンヌが、ざらりとした気持ちを隠すように呟くと、愛猫のノノがニャーと気のない返事をして膝に飛び乗った。
ノノはとても気まぐれで、機嫌が悪いときは主人とて触れることを許してはくれない。けれど、甘えたいときは、主人の予定などお構いなしに膝に乗る。
マリアンヌはノノの背を優しく撫でながら、鏡台に写る自分を見つめる。
今日は、レイドリックから求婚された時に着ていたドレスを選んだ。もう一人の親友エリーゼに見てもらおうと思って。
そして求婚された日、レイドリックはこのドレスに気づいてくれなかったことを話そうと決めている。
レイドリックとエリーゼとは、長い付き合いだ。時には上手くいかない時だってあるし、些細なことでギクシャクしてしまうことだってあった。
でも、一緒にお茶を飲んで、お菓子を食べて、他愛もないことを喋って笑えばいつしか仲直りしている。
(だから……この、ざらつく気持ちは、すぐに消えてくれるはず)
マリアンヌは確信を持っていた。疑うことすらせず、ただただ2人の到着が待ち遠しかった。
「さあ、できましたよ、マリー様」
ドレスに合わせたシフォンのリボンを髪に編み込んだジルは、自信満々にブラシを鏡台に置いた。
「ありがとう、ジル。とっても素敵」
女性は髪型一つで、気持ちが変わるもの。
鏡に映るマリアンヌは、ついさっきまで浮かべていたぎこちない笑みは消えていた。
「ノノ、ごめんね。ちょっとだけ降りてちょうだい」
不満げにニャーと鳴く愛猫を床に下ろすと、マリアンヌは立ち上がり、窓辺に足を向ける。
見下ろした庭は、久方ぶりの日の光を浴びて、芝生が眩しいくらいに輝いていた。
目がチカチカして、マリアンヌが目を閉じたと同時に、来客を知らせに来たメイドが、部屋の扉をノックした。
*
「久しぶり、マリー。元気だった?」
「ええ。……でも、会えなくて寂しかったわ」
「私もよ。こんなに会えないなんて、どれくらいぶりかしら?今日はたくさんお喋りしましょうね」
「もちろん!」
「……っていうか、僕も久しぶりなんだけど。挨拶は?」
「はい、はい。元気そうね、レイ」
「……あー元気ですよ、エリーさん」
途中からレイドリックも交えた会話はいつも通りのテンポで、マリアンヌはほっと胸を撫でおろした。
人払いをしたテラスには、午後の穏やかな日差しが降り注ぎ、3人の為だけの優しい空間を作り上げている。
着席して早々会話を始めてしまったけれど、マリアンヌは一度離席して、少し離れたワゴンの前に移動した。
そしてジルが用意してくれたお茶のポットをティーカップに注ぎながら、二人の会話に耳を傾ける。
「それにしても雨が続くのは困りもんだよ。僕、くせっ毛だからさ、毎朝鏡を見て、ぼわぼわになった頭を直すのに溜息ばっかついてたよ」
「あら?じゃあ、今日の髪型は調子が良い方なの?」
「えーひどいなぁ、これでもいつもより、セットしてきたんだよ」
「あら、ごめんなさい。まったく気づかなかったわ」
「気付いてくれよぉ」
レイドリックは、男性にしては茶褐色の柔らかい髪質で、しかも癖が強い。幼少の頃は、女の子と間違えられることもしばしばあった。
成人して、顔つきや体型は男性らしくなったけれど、髪質だけは変わらない。それは本人にとっては、強いコンプレックスらしい。
それを知っているマリアンヌは、軽い口調であっても、からかうことができない。
一方エリーゼは、こちらがドキッとしてしまうことでも、遠慮なく口にする。
でも悪意がないからなのだろう、不思議と嫌な気持ちにならない。歯に衣着せぬ物言いは、エリーゼの魅力の一つでもある。
でも、彼女の最大の魅力は、その容姿だ。
波打つ艶やかなワインレッドの髪に、マルベリー色の瞳。肌は磨き上げた象牙のようで、儚い印象を持つマリアンヌにとっては、その全てに憧れている。
くせっ毛がコンプレックスのレイドリックは、22歳。
誰とでも物怖じせず会話ができるエリーゼは、18歳。
そして、家柄がずば抜けて上のマリアンヌは、16歳。
歳の差は少しあるけれど、それでも3人はマリアンヌが10歳に満たない頃からの付き合いだ。
3人の出会いは、とある大規模な茶会の席。エリーゼとレイドリックが、ぽつんと一人でいたマリアンヌに声を掛けたのが、きっかけだった。
二人が笑顔で手を差し伸べてくれた瞬間から、マリアンヌはまるで雛鳥のように二人を慕っている。実の兄には絶対に言えないことだけれど。
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