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第七話 君だけには渡さない
晴明の呼吸が、ゆっくりと深くなる。
肩の力が抜け、瞼がわずかに震えて、それから完全に静止する。
夢へ落ちた合図だった。
晴明公は、その様子を確かめてから、そっと視線を外した。
『……』
縁側に座り直し、庭を見る。
ここには、誰もいない。
聞いている者も、見ている者もいない――はずの場所。
『寝たかな、?』
答えは、返らない。
晴明公は、小さく息を吐いた。
『君は、本当に素直だよね』
その声には、いつもの柔らかさがない。
感情を削ぎ落とした、乾いた音。
『疑いながらも、信じようとする』
指先が、膝の上でわずかに動く。
『だからこそ、危うい』
しばらく、沈黙。
やがて、晴明公は低く呟いた。
『……道満』
その名を口にするだけで、空気が重くなる。
『君はきっと晴明を起こしにくるだろうね』
嘲るでも、怒るでもなく、事実として。
『目覚めさせて、苦しませて、それでも前へ進ませる』
庭の石に、影が落ちる。
『それが正しいと、疑いもしない』
一瞬、目を閉じる。
『だが』
低く、断定する声。
『晴明を、渡すわけにはいかない』
拳が、静かに握られる。
『壊れると分かっていて、放り出すのは……守るとは言わない』
ふ、と微かな笑み。
『晴明も、きっと』
眠る方を、振り返る。
『僕と同じことを、思うはずだ』
それが、願いなのか、すり替えなのか
晴明公自身にも、もう区別はつかない。
『だから――絶対に道満に晴明を取られてたまるか』
独り言は、そこで途切れた。
晴明の眉が、微かに動いたからだ。
晴明公は、すぐに表情を戻し、何事もなかったように近づく。
『…でも…大丈夫』
眠る相手に、囁く。
『ここにいればいい』
――次に晴明が感じたのは、痛みだった。
胸の奥を、ぎゅっと掴まれるような感覚。
息が、詰まる。
「……っ」
眠ったはずなのに、体が重い。
「……苦し……」
言葉が、最後まで出ない。
『晴明』
すぐそばで、声がする。
『どうしたの?』
「……胸が……」
手で押さえようとするが、うまく動かない。
――冷たい。
――何かが、貼り付いている。
白い、天井。
はっきりと見えた。
「……あ」
喉が鳴る。
「……これ……」
晴明公の声が、少しだけ強くなる。
『見ないで』
優しいが、命令に近い。
『今は、まだ』
「……でも」
晴明の目から、涙が滲む。
「……苦しい……ご先祖様、僕……」
晴明公は、すぐに晴明の視界に入る位置へ移動し、額に手を置く。
『呼吸を、僕に合わせて』
低く、落ち着いた声。
『大丈夫だよ、これは、“外”の反射だから』
「……外……」
『君が、思い出しかけたから』
晴明の胸が、また痛む。
「……じゃあ……僕が、悪い……?」
その問いに、晴明公は一瞬だけ、言葉を失った。
『……違う』
だが、否定は少し遅れた。
『外が、君を離さないだけだ』
痛みは、徐々に引いていく。
白い天井も、音も、また遠ざかる。
「……ご先祖様」
弱々しく、晴明が呼ぶ。
「……さっき……
誰かの名前……」
晴明公の指が、ぴくりと止まる。
『聞き違いだよ』
即答。
『夢の中の言葉だ』
その瞬間、初めてはっきりとした嘘が、ここに落ちた。
晴明は、それに気づかない。
ただ、安心したように目を閉じる。
「……そう、ですか……」
再び、眠りへ。
晴明公は、その顔を見下ろしながら、心の中で繰り返す。
――渡さない。
――起こさせない。
――選ばせるのは、僕だ。
それが、守りなのか、
それとも――
考える前に、思考を閉じた。
まだ、時間はある。
そう信じることでしか、
彼自身も、ここに留まれなかったから。
コメント
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晴明公から始まった! 外で晴明君を呼んでいるのは道満なのか 晴明君は完全に思い出すのか、晴明公は晴明君を留めさせることが出来るのか… 続き楽しみにしてます!