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第23話 無意識の帰還と、朝の闖入者
紅薔薇宮を出た私の心には、怒りの炎が燻っていた。
死者に寄り添い、その尊厳を取り戻すための神聖な道具。
それが、あろうことか後宮の低俗な嫌がらせの飾りに使われた。
その事実が、じわじわと神経を削っていく。
夜の回廊を歩く足取りは重い。
思考は怒りに支配されていたが、同時に蓄積した疲労が全身にのしかかっていた。
自室へ向かう道中の記憶は、ひどく曖昧だ。
行水をして汗を流し、身を清めたい。
だが、今の状態では到底気力が持たなかった。
泥のような睡魔と気怠さが勝る。
見慣れた重厚な扉を開け、薄暗い室内へ足を踏み入れる。
服を着替える気力すらなく、私はそのまま柔らかい寝床へと沈み込んだ。
絹の冷たさが心地いい。
私の意識はたちまち暗闇へと落ちていった。
◯
翌朝。
妙な息苦しさと、背中に密着する熱のせいで目を覚ました。
重い腕が私の腰に絡みつき、背中からすっぽりと抱き込まれている。
背後にいるのは、言うまでもなく紫苑だ。
私は寝起きの不機嫌さを隠そうともせず、低い声で咎めた。
「……勝手に私を運んだのですか。いい加減になさってください」
疲れて眠りこけている隙に、夜這い紛れに自室から拉致されたのだと疑いもしなかった。
拘束を解こうと身じろぎするが、腕の力は緩まない。
すると背後から、くぐもった、少し呆れたような声が降ってくる。
「……寝惚けているのか。昨夜は、お前の方から入ってきて、勝手に俺の腕の中に潜り込んできたのだろう」
「……はい? そんなわけないでしょう」
私は眉をひそめ、ゆっくりと視線を巡らせた。
そこは見慣れた簡素な大部屋ではない。
明らかに広すぎる、皇帝の寝室。
そして、部屋の隅の卓の上に置かれたもの。
昨夜、私が持ち歩いていたはずの小箱。私の仕事道具。
「………………あ、」
記憶の断片が繋がる。
私は昨夜、怒りと疲労のあまり、無意識に紫苑の寝室へと足を向け、あまつさえ自らこの男の寝台に潜り込んだのだ。
(……どうして、間違えた……?)
開いた口が塞がらない。
私が絶句していると、紫苑が面白そうに笑う。
「随分と、俺の寝台が馴染んだようだな」
そうからかうように笑う彼の言葉を、否定できない。
無意識とはいえ、この腕の中にいることがすっかり日常になりつつある事実に、私は弁解の言葉すら失ってしまった。
気まずい沈黙。
どう弁明すべきか思考を巡らせているところへ、重厚な扉の向こうから声が響いた。
昨夜、回廊で網を張るよう指示を出した近衛の者だ。
「陛下、失礼いたします。……ああ、やはりお二人共こちらにおられましたか」
少しも驚いた様子のない、ひどく事務的な声。
私が同室にいることを微塵も疑わず、むしろ当然のこととして受け入れている。
「紅玉妃の件で、例の医官を捕らえました。至急のご報告がございます」
「分かった、話を――」
彼らの話は耳に入ってこなかった。
近衛の口から出た『やはり』という言葉。
つまり、私が紫苑の寝室にいることが、もはや側近たちの間では暗黙の了解として公認されているのだ。
今のこの状況に、完全にダメ押しをされた気がした。
疲労とは別の、ひどく重いため息。
私は小さく頭を振り、気持ちを切り替えるように紫苑の腕の中から抜け出した。
コメント
1件
第23話、めっちゃ良かった……! 紅薔薇宮での怒りと疲労で判断力が鈍って、無意識に紫苑のベッドに潜り込んじゃう主人公、すごく人間らしくて感情移入したわ。仕事道具の小箱が証拠になって記憶が繋がる瞬間の「あっ!」ってなるところ、めちゃくちゃ伝わった。 あと近衛の「やはりお二人共」って口調がもう完全に公認されてて、主人公がダメ押しされる感じがじわじわ面白かった。無意識の帰還、良いタイトルだな🔥