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第24話 潰えた手がかりと、強要されたお通り
寝台から滑り降り、乱れた衣紋を素早く整える。
その間にも、紫苑は扉を開け、声をかけてきた近衛兵を室内へと招き入れた。
入室してきたのは、昨夜私が指示を出した近衛兵だった。
名を、燎牙と言うらしい。
男は油断なく周囲へ視線を走らせた後、紫苑の前で片膝をついた。
「結論から申し上げます。標的の医官は死亡。自室からは紙切れ一枚見つかりませんでした」
事務的な、だがどこか徒労感の滲む声だった。
「……死んだか」
「捕縛の際、激しく抵抗しまして。生け捕りを試みましたが、揉み合いの末に死亡いたしました」
さらに燎牙の報告によれば、死んだ医官の自室は直ちに改められたものの、
既に何者かによって徹底的に荒らされた後だったという。
淡々と語られる報告に、私は眉をひそめた。
手回しが良すぎる。
まるでこちらが動くことを予期し、あらかじめ準備していたかのような手際だ。
紫苑は面白くもなさそうに、手元にあった書状を卓へと放り投げた。
「身元は」
「提出されていた経歴は全て偽造です。本来の素性は全くの不明」
「素性の知れない輩が、おいそれと医官に紛れ込めるわけがない。採用の口利きをした馬鹿がいるはずだ」
「仰る通りです」
紫苑の冷ややかな指摘に、燎牙はわずかに口角を上げたように見えた。
「既に、太医院の丞と、戸籍をいじった文官を数名、地下へ連行いたしました。少し絞り上げたところ、多額の金銭を受け取り、便宜を図ったと吐き始めております」
燎牙の報告を聞きながら、私は内心で舌を巻いた。
末端の医官の不審死から、たった一晩で文官まで芋づる式に捕縛し、自白まで引き出している。
紫苑の側近の有能さは想像以上だ。
と同時に、事態の深刻さが浮き彫りになる。
(単独犯ではない。後宮の仕組みそのものを利用した、組織的な陰謀……)
後宮という閉ざされた空間には、私の見えないところで得体の知れない根が深く張られているらしかった。
報告を一区切りさせた燎牙が、ふと姿勢を崩し、少しだけ声の調子を変えた。
「……それはそれとして、別件ですが。陛下、折を見て紅玉妃への『お通り』をお願いいたします」
先ほどまでの張り詰めた空気から一転、少し呆れたような響きが混じる。
主君に対する言葉にしては幾分砕けているが、紫苑の不興を買う様子はない。
しかし了承するかどうかは別だった。
「断る。誰がそんな下らないことを言ってきた」
即座の却下に、燎牙はやれやれと首を振る。
「分かっているでしょう、澪幽様からです。現在の後宮の空気を和らげるためにも、必要不可欠である、と」
「……ちっ」
紫苑の口から、あからさまな舌打ちが漏れた。
(……澪幽、様?)
私はその聞き覚えのない名前に眉をひそめた。
皇帝である紫苑に対し、「お通り」を強く要望できる人間。
一体、どれほどの権力を持った人物なのだろうか。
「お通りは、後宮の勢力均衡を保つために必要な儀礼です」
燎牙は紫苑の怒気を柳に風と受け流し、さらに声を潜めた。
「……それに、ただ妃を抱きに行けと言っているわけではありません。陛下のお成りに合わせて、我々の息のかかった医官を連れ込みます」
なるほど。燎牙の狙いはそこか。
「表向きは『ご寵愛』を装い、妃の宮の内部や病状について、堂々と調べを進めることができます」
寵愛という隠れ蓑を使えば、周囲に警戒されることなく紅玉妃の懐に飛び込めるというわけだ。
紫苑は少しの間、忌々しげに沈黙していたが、やがて渋々といった様子で口を開いた。
「……仕方ない。手配しておけ。裏の取れる者を揃えろ」
「御意」
燎牙が一礼する。
結局、あの紫苑が、不承不承とはいえ他人の指示を受け入れた。
澪幽という謎の人物への疑問は深まるばかりだが、今はそれよりもその効果だ。
(あの傲岸不遜な紫苑に、『お通り』を指示して、受け入れさせた人物)
もし会うことがあれば、是非とも抗議しよう。
しっかり進言して、正当性を主張すれば、この忌まわしい抱き枕業務から解放してくれるかもしれない。
誰かも分からない人物に対して、私は静かに頭の中で算段をつけ始めた。
コメント
1件
あおいです🌷 今回は一気に霧が晴れたかと思いきや、また一段深いところへ引きずり込まれる展開でしたね。医官の死と偽の経歴——もう"単なる不審死"では済まない手際の良さに背筋が冷えました。そして何より、あの傲岸不遜な紫苑が「澪幽様」の一言で折れる場面が印象的です。陛下にすら物申せる存在……会ったら抗議しようと算段する主人公の健気なユーモアに、思わず苦笑が漏れました。抱き枕業務からの解放、切実に願ってしまいますよね🤭