目を開いた時、一番最初に映ったのは真っ白な天井だった。何故白い天井なのだろうか。何故、先程まで眺めていたはずのシャンデリアは無いのか。
朦朧としているせいで、何も理解できなかった。
自分がいる場所は何処だろうか。そして自分はいつの間にこの場に辿り着いたのか。
働かない頭を唸らせながら考えて、自己解決するよりも先に、耳に声が落ちてきた。
「イギリスさん!よかった、目が覚めたんですね…」
「カナダ…?」
「ビックリしましたよ、本当に。イギリスさんったら、会議中いきなり倒れたんですよ?あ、今の体調はどうですか?気持ち悪いとか、あったら言ってくださいね」
少し心配そうな雰囲気をまといながらも、ほんわかとした笑みをこちらに向けながら放たれた言葉で、漸く頭が働き始めた。
カナダの言う通りだ。フランスと話していた時、いきなり視界が真っ暗になったのを境に記憶が無い。俺が眠っていた間だろう。
みんなに疑問に思われただろうか。何の変哲もない、何気ない、話し合うだけの場でいきなり倒れては、変に思われただろうか。
それとも、俺なんかが倒れたところで誰も、何も思わないだろうか。スペインや中国といった、俺に恨みがあるような奴は晴れ晴れとした気分にでもなっただろうか。
どう思われたにせよ、皆の前で無様に倒れ込んだと思うと、目が彷徨う。
しかし、今はそんな事を思っている暇は無い。目の前で純粋に俺の体調を気にしてくれている、この優しい子供に感謝と、安心させる言葉を送ることが先だ。
しかし、カナダはほんわかとしているくせに、妙に鋭い。俺が「もう大丈夫」と言ったところで、きっと信じて貰えないし、気づかれてしまう。
それならばいっそ、楽になるまでここで寝そべっている方が、良い選択肢かもしれない。
そう思いながら、チラリと、横目でカナダを見ると、何か言いたげな顔をしていた。
「…何か言いたい事でもあるのか?あ、説教とかか?それなら、上下関係とかなんてないんだし、気にするなよ」
また平然と嘘をついた。カナダに叱られては、きっと心は締め付けるだろうに、本心がバレたくない一心に、何も考えず嘘を吐いた。
「その…えっと、せ、説教とかじゃないんですけど…あの…その、イギリスさんを運ぶ時に、腕を、見てしまって…」
「…ぇ、?」
歯切れが悪く、そして申し訳なさそうに呟かれた言葉を聞いた瞬間、サッと血の気が引く音がした。
腕を見た、ということは、傷を見たということでもある。今日は不幸なことに、出血もなくなったからと思い包帯を巻いていなかった。袖をまくれば醜い痕が包み隠さず露になる。
それを、弟であり俺を敬愛してくれているカナダに見られた。いや、もしかしたらカナダ以外にも見られているかもしれない。俺の、何よりの弱点であり汚点部を。
その事が理解出来た瞬間、頬を伝う水が止まらなくなった。目の焦点は合わず、喉に何かつっかえてでもいるかのように声が出なくなった。恐怖で自然と腕を握った。
バレた。何百年。否、フランスのような昔馴染み相手ならば約千年もの間隠してきたことが。醜く、弱く、みっともない自分がバレた。
冷や汗が止まらない。自分がきちんとした呼吸をしているのかも分からない。
醜い者の周りには、誰も集まらない。みな例外なく、美しく輝くものの方へ行ってしまう。俺は長い間、その醜い部分を隠して、なんとか光を、輝きを完全には無くすことなく存在してきたというのに、こんな一瞬のうちに、それも自分が知らない間にその苦労が絶えた。
きっと、フランスは兄上達に面白おかしく話す。笑い話のように話す。最近は、多少なりとも近い場にこれ始めたところだと言うのに、それが叶わなくなるというのか。
今まで俺に優しかったカナダも、ポルトガルも、誰一人として俺の傍には残らない。
やはり、俺の人生は碌なものでは無い。いいことなんて、片手で数えられる位しかない。だから、生まれたことを何度も後悔したのだ。生まれたくなかったと思ったのだ。
「…ごめん、ごめん…カナダ、汚かった、よな…本当に、ごめん。あれは、その、誰のせいとかでもないんだ。俺が…俺が1人で、その…っ」
焦りと恐怖のせいで取り繕う事が出来ない。笑う事が出来ない。目尻から零れ落ちるものを止められない。喉から言葉が出てこない。何もかもが上手くいかない。
落ち着こうと思う程鼓動が早くなる。慣れたはずの行動なのに、いつもの様に出来ない。腕を掴む力が一段一段と強くなり、骨が軋む。塞がった傷が再度開いてしまいそうだ。
「―――無理に話さんでもええよ。イングラテラが話せる、そう思った時に話せばええ。誰も急かさんから、落ち着いて呼吸しい」
「…ぽ、る」
何時から居たのかは分からない。目が覚めてから、この瞬間まで、まともに頭が働いた時など無い。
だから、もしかしたら俺が起きるよりも前からそこに腰掛けていたかもしれないし、俺が焦っている時に、ソッと腰掛けたかもしれない。
何にせよ、何時もの何も変わらない、優しい声色で俺に言葉を向けてくれるポルトガルに、安心してしまう。もう何も、取り返せないと言うのに、ホッとしてしまう。呼吸がゆっくりと出来てしまう。腕を掴むチカラが一息で軽くなってしまう。
「誰も、イングの事拒絶なんてしとらんよ。みんな、イングが倒れてからずーっと心配しとる。会議も一時中断しとるくらいには。心配しとらん奴なんておらんよ」
「嘘、だ…」
「それがホンマなんよ。嘘なんかやないで」
「嘘だ…そんなこと、ある訳ない。アイツらが俺のことを心配なんて、する訳が無いだろ…会えば一言目に罵ってくる様な奴らだ。俺が倒れたなんて、喜ぶに決まってる。いいよ、気なんて遣わなくたって。俺みたいなやつ、誰からも好かれなくて当然だ」
「そない自虐的になったらアカンよ。もっと自分のこと大切にせんと、体が持たんで」
「もう、ほっといてくれよ…俺は、一人でだって、生きていける。昔から、一人なんて当たり前だったし、慣れてる」
「バレバレな嘘つかんといてや。ほんまは一人が辛いから、傷が出来たんとちゃうの?」
「っ…ち、がう、」
ポルトガルは賢い。これを喧嘩だと認識しているかは分からないが、このような口での喧嘩でポルトガルに勝てたやつを、俺はまだ見た事が無い。
ジワジワと、そして確実に相手の逃げ口を塞いでいくのだ。それも、その事に気付くのは追い詰められた時であるから、よりたちが悪い。
だから、胸が苦しい。何百年もの間、ポルトガルとは喧嘩をしてこなかった。だから、今のこの現状が、かけられる言葉が、優しく寄り添おうとしているのか、俺への軽蔑を遠回しに表しているのかも、今の俺には分からない。
分からないから、耳を塞いで逃げたくなる。
こうなってしまえば、例え何百年も自分に寄り添ってくれた様な親友や、自分を敬愛し常に味方であってくれる子すら、俺は信じることが出来ない。人を信じるには、少し、諦めをみにつけすぎた。
「大丈夫やで、イング」
その声は、春の日差しのように暖かくて優しかった。その声と共に差し出された手が、目尻に溜まるそれを拭ったと思えば、それが自然かのように親指で目元を撫でられた。
俺の目元は、きっと赤く、そして黒い。普段は簡単な化粧で隈を隠していたけれど、それも泣きじゃくったせいで落ちている筈だから。その痕を、優しく撫でる手に縋りたくなった。
まるで誰かに踏みつけられているかのように痛かった心臓が、その逆で包み込まれるように暖かくなった。
「イギリスさん」
目を瞑って、その暖かさに浸っていれば、又別方向からも優しい声がした。
見れば、カナダは何時ものようにふんわりと微笑んでいる。
「僕は、何があってもイギリスさんの味方です。絶対、貴方の傍を離れません。離れるつもりなんてありません」
その声は、優しいと同時に、力強かった。芯がはっきりとしていて、曲げない意思が見えた。
それが理解出来た瞬間、ジワ、と目尻が熱くなって、視界がぼやけた。鼻をすすれば水を帯びた音がした。
一度は止まったそれが、また零れ始めた。 別に嬉しいんじゃない。優しくされてるのに慣れていないから、こうなったんだ。そうでないと、泣き止んだ後、恥ずかしくて顔を向けられない。
「ごめん、ずっと、俺の傍にいてくれたのに、信じれなくて。その…怖かったんだ…裏切られるのが。裏切られるのは、もう十分だから、なら最初から、期待しないでおこうと思って…でも、どうしたって苦しかったんだ」
「謝らないで下さい。イギリスさんは悪くありません。寧ろ、今日まで気付かなくてすみません。これからは、今までよりもっと目を光らせます!」
「俺も堪忍な。イングの事大切や言うとったんに、イングが傷ついとるの知らんくて。これからは沢山甘やかしたるから、泣かんといて」
こんなに優しくされたのは何時ぶりか、そう考えるくらいには、優しくされてこなかった。求めることすらしてこなかった。求めた所で、何も無いと思っていた。終末を一人で決めて、求める事すら諦めていた。
だからこそ、この優しさが嬉しい。自分を取り繕う必要が無いと思うと、酷く胸が軽くなる。耳の中で渦巻いていた不快音が、どこか遠くに消えた気がした。
喉から、伝えたい気持ちがスルリと通って行く。安心する。もっと泣いてしまいそうなほど。
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「イギリスさん、本当に大丈夫なんですか?無理なさらず安静にしてていいんですよ?」
「いや、腕もちゃんと手当して貰ったし、俺が居ないせいで会議が止まってるなら、参加する」
「別に俺らがイング元気になったから再開してええよ位言うたるよ?」
「いい、大丈夫だ…その代わり、その…成る可く傍に居てくれ」
「「…勿論/です!」」
それから程なくして、俺達は会議室に向かった。最初はあのまま安静にしておこうとも考えた。でも、怖くても向き合わなくては、自分の性にはあわない。
加えて、ポルトガルとカナダが励ましてくれたお陰で、前よりもずっと心に余裕が出来た。
それでも、やはりいざ会議室の前に立つと、心做しか足が震えた。皆がどんな反応をするのか、そう考えると頬を汗が伝い始め、心臓がドクドクと鼓動を早くする。
どんな顔をすればいいのか、分からない。以前の様に何も気にしていない様な素振りをすればいいのか、ありのままの感情をさらけ出していいのか。
いつもなら、深呼吸一つすれば開けることの出来る扉が引けない。みっともなく手が震える。何度深呼吸しても、鼓動は分からない。
もたついていれば、そっと手が重なる。
「大丈夫、俺らがおるから、行こ?」
「…うん」
狡い奴だ。そんな優しい顔をされ、囁かれれば、俺みたいな奴はNOと言えない。
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長い。とても長い。
似たような言葉を繰り返し使ってばかりですね。はい。もっと文才付けなくてはと思う今日この頃。
いやーもう12月って早いですね。もう少し頑張れば冬休みが待っていると思うと…ワクワクが止まりません。頑張る気がおきますね。Let’s FIGHT !ってなります。
でも近ごろは寒くて、朝布団から出るのが嫌になってしまう…ただでさえ行きたくないと思う学校がより寒くなる。
今年は雪降りますかねー、降ったら雪遊びしたいものです。いい歳した人間ですけど、子供心があると思えば、可愛く思えますよね…??
♡やコメント頂けましたら、嬉しい処遇でごさいます。
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コメント
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どうしてあなたはそんなに文才があるんですか😭