テラーノベル
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熱のこもった、夜の空気。
屋台からする、食べ物の匂い。
どこかから聞こえる、花火のおと。
夏休みになると、毎年ここよりちょっと都会に住んでる、二つ年上の従兄弟が遊びにくる。
その習慣は僕が高校生になっても続いていて、今年も2日前からうちに泊まっていた。
勇斗とは、ほんとうに夏休みの間だけしか会えないけれど、なんだか妙に気があって、今だに一緒に遊びに行くほど。
今日だって、近くの神社で夏祭りがあるから、それに行くために浴衣へと着替えてる最中で。
「じんとー、用意できたー?」
声をかけられて振り返ったら、すでに浴衣に着替えた勇斗が襖を開けて顔を覗かせていた。
「うん、ちょうど今終わったとこ」
姿見から振り返り、ぴっと袖を持って腕を広げて見せると、勇斗は八重歯を覗かせて笑う。
「お〜、めっちゃ似合ってんじゃん!」
「あり、がと」
そう言って褒めてくれるけど、どう考えたって勇斗の方が似合ってる。
グレー生地に、襟と袖口の部分や前身頃に裏葉色のラインが入っているその浴衣は、うちのお母さんが、はやちゃんに着せるんだってうきうきしながら選んでたものだった。
「…やっぱ、勇斗ってかっこいいんだね」
「へっへ〜ん、今ごろ気づいた?」
腰に手を当て、ふんぞり返って得意げな顔をする勇斗に吹き出す。別に、今気付いた訳でもないけどね。
無事に着替え終わったから、家族に行って来ますをしてふたりでお祭りへ向かう。
それから、それから。
お祭りの屋台で、チョコバナナやたこ焼きや焼きそばを食べたり。
射的屋さんを見つけて、どっちの方がいいものを取れるか勝負したり。
いちご味とレモン味のかき氷を食べたり(勇斗から、実はいちごもレモンも味は一緒なんだって聞いてびっくりした)。
そんなことをして気付いたら、あっという間に太陽は山の向こうに沈んでいた。
薄暗い、お互いの顔もよく見えない中を、勇斗が叔母さんから教えてもらったっていう、花火を見る穴場スポットへと向かって歩く。
そうやって歩いていると、すれ違うひとたちのほとんどが、勇斗の顔をじーっと見ていくのを発見した。
そうだよね、勇斗かっこいいもんね。自分のことじゃないのに自分のことのように嬉しくて、にこにこしてしまう。勇斗は自慢の従兄弟で、高3で。
そう考えたところで、昨日の夜、お父さんとお母さんが話していたことをふと思い出した。
『勇斗はもう来年は大学生だから、こうやってついて来るのも最後かもなぁ』って。
『それは残念だけど、でもよく来てくれてる方よね。普通だったらこんな田舎、高校生は来たがらないわよ』って。
その話を聞いて、衝撃を受けた。夏休みに勇斗に会えなくなるかもなんて考えたこと、今まで一度も無かったから。
「どした 仁人?」
勇斗に声を掛けられて、はっとする。僕が下を向いていたから心配してくれたみたいだ。
「もしかして疲れちゃった?」
「ううん、そんなことないよ!」
「そか、ならよかった。もうすぐ着くから」
いこ。そう言うと、勇斗は僕の手を取って、すいすいと人混みを進んでいく。
繋がれた手を見つめながら、心の中で勇斗に聞いてみる。
ねぇ、来年になったらもう帰ってこないの?
僕らもう、こんなふうには会えなくなっちゃうのかな?
「ほら着いた」
やっと着いたそこは小高い丘の原っぱみたいなところで、地元に住んでるはずの僕さえ知らない場所だった。
「あ。ほら見て仁人、花火上がるよ!」
着いた途端に、どこかからひゅるるる、と音がして、少しの間の後、目の前いっぱいに花火が広がる。
「めッちゃくちゃ綺麗じゃん!」
次々と打ち上げられる花火を指差しながら、勇斗は満面の笑みを浮かべて大はしゃぎする。
「…そうだね、ほんとにきれい」
僕は花火じゃなく、花火の光にきらきらと照らされている、勇斗の横顔をそっと見上げながら。
夏の終わりを思って、少しだけ悲しくなった。
(…時間なんて、今すぐ止まっちゃえばいいのに)
..
コメント
1件
涙出る😭