「綺麗になったよ」
最後までコロコロで任務を完遂した羽理に、乃子はちょっぴり不満そうだったが、大葉としては毛が取れれば何でも良かったし、そもそも羽理が自分のために何かをしてくれたというのが嬉しかった。
「サンキューな」
すっかり綺麗になったスーツを見下ろして、大葉は所在なく手にしたままだった手土産の持ち手をギュッと握り直す。そうして、「荒木さん」と呼び掛けてエチケットブラシを手にしたままの乃子へ向き直ったのだけれど。
それに被せるように、
「あ、わし、屋久蓑さんに名乗り忘れちょったわ」
羽理から受け取ったコロコロを棚に仕舞い終わったおばあさんが戻ってきて、大葉の出鼻をくじく。
「あー、まぁ散々話しまくっちょって今更じゃて思うかも知れんが……わし、羽理の祖母の〝荒木初〟と言います」
「あ……。や、屋久蓑大葉です」
初が名乗るのが今更ならば、自分が再度名を告げるのも同じだな……と思いながらも、つい流れで言わずにいられない。
「もうお母さん! 今いいところだったのにぃー!」
乃子がそんな母親にダメ出しをしたのだけれど、初は「いや、ええところなら尚更みんなが揃ぉてからじゃろ。わしを仲間外れにするとか有り得んけぇ」と一向に意に介した風がない。
まぁ、彼女の言うことも一理あると思った大葉は、ふぅっと小さく吐息を落とすと気を取り直して『あんころポーネ最中』の袋を乃子へ差し出した。
「これ……。遅くなりましたが、美味しいと評判の最中が入っています。皆さんで召し上がられてください」
「まぁまぁご丁寧に」
ソワソワと横長な紙袋を受け取った乃子に、初がすかさず「何個入りかの?」と問い掛けてくる。
「おばあちゃん!」
羽理がさすがに真っ赤になって自由人な祖母をたしなめたのだけれど。
「十個入りです」
大葉が答えたら、羽理が「えっ!?」と瞳を見開いた。
「何だ」
大葉がそんな羽理へ視線を移すと、「うちのは五個しか入ってなかったです!」とか。
(オイ待て! 何故今それを抗議する!?)
と思ってしまった大葉である。
そもそも家用のはここへの手土産のオマケみたいなものなのだ。本来ならなくても不思議ではなかったのに。
大葉が困り顔で「あー、気に入ったんならまた買ってやるから」と言ったら、羽理が「約束ですよ!?」と小指を差し出してきた。
大葉は思わずその指に小指を絡めて指切りげんまんをさせられたのだけれど。
そのやり取りに乃子がクスクス笑って、初が「りっちゃんもわしのこと言われんのぅ……」とニヤリとしたのも仕方ないだろう。
そんなやり取りを横目に、大葉は溜め息混じり。羽理は母親似というより祖母似だな……と思った。
***
結局何だかんだとグダグダながらも、乃子たちが用意してくれていた茶請け菓子『月から落ちてきた卵』とお茶を前に、大葉はやっと本題へ入れそうな流れになった。
「月たま、子供の頃から大好きなんですっ」
羽理がニコニコしながら手にしたまぁるい洋菓子は、ふわふわのカステラ生地の中にたっぷりのカスタードクリームと刻み和栗が入った地元の銘菓らしい。