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「うーん、やっぱりなぁ……」
白兎堂に向かいながら、私はどこか釈然としないものを感じていた。
「アイナさん、どうしたんですか?」
「いえ……。Sランク昇格は嬉しいんですけど、なんだか突然の展開だなって。
冒険者ギルドだと、自分から申請しなきゃ昇格できないじゃないですか」
「そうですね。でも、国の計らいで昇格してくれる場合もたまにはあるんですよ?」
「え? そうなんですか?」
「はい。例えば要人を救ったとか、平和を脅かす魔物を倒したりだとか……。
偉い人から功績が特に認められた場合、冒険者ギルドへの働きかけがあって、それで昇格することがあるんです」
「へぇ……。私もそれなんでしょうか。
でも特に誰を救ったわけでもないし、魔物を倒したわけでも無いし……」
「錬金術師ギルドは、また違うかもしれませんけどね……。
でもほら、アイナさんは誰も受けないS-ランク以上の依頼をたくさん終わらせましたし!」
「ダグラスさんも推測で、その理由を挙げていましたね。
でも、目覚ましい活躍ってほどでは無いような……」
「まぁまぁ。アイナさんの普段の頑張りが認められたっていうことですよ、きっと!」
「うーん、いつも頑張ってるかなぁ……」
「えぇっ!? そこを疑問視しちゃうんですか!?」
頑張ると言っても、私はバチッとやってアイテムを作ってるだけだからなぁ……。
他の錬金術師と比べるとずいぶん楽をしているわけだから、頑張っているかと言われれば、少し疑問を持ってしまうのだ。
だからといって、『工程省略<錬金術>』を封印するつもりは無いんだけど。
「そうですね……。
今回はタダで昇格させてもらえましたし、これはこれで良しとしますか」
「Sランクになって、それを疑問視する方も珍しいですね……」
「む、確かに……。それじゃ――
やったー、Sランクに昇格ダー!!」
「そうです、その調子です!」
「ワーイ!!」
……いや、それはそれで、何だかなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうこうしている間に、私たちは白兎堂に到着した。
いつも通りの店構えにどこか安心しながら入ると、迎えてくれたのはこれまたいつものお婆さんだった。
「いらっしゃいませ。あら? アイナさん、エミリアさん、こんにちは。
今日はエミリアさんの服ですか?」
「はい! バーバラさんをお願いしても良いですか?」
「分かりました、少々お待ちくださいね」
そう言って軽く頭を下げたあと、お婆さんは静かにお店の奥に引っ込んでいった。
「――ふぅ、緊張しますね!」
バーバラさんを待っている間、エミリアさんは緊張気味に目をキラキラとさせていた。
「そうですね。
私はエミリアさんの表情を見ているだけで、とても楽しいです」
「えっ!? そう言われると、何だか複雑な気分です!」
「ふふふーん♪」
そんなやり取りをしていると、お店の奥からバーバラさんが布の包みを持って現れた。
そして――
「いらっしゃいませ――
……って、アイナさん!!?」
「えっ!?」
何だかとても、驚かれた。
「あ……、失礼しました!
テレーゼさんから『アイナさんがいなくなっちゃったよぉ~……』って、ずいぶんと話をもらっていたもので……」
バーバラさんはにこやかに、テレーゼさんの物まねをするように教えてくれた。
「あはは、似てますね。えーっと、思ったよりも早く戻ってこれましたので。
ここに来る前は錬金術師ギルドに寄って、テレーゼさんとも会ってきたんですよ」
「そうでしたか。それでは私もようやく、夜の呼び出しが無くなりそうですね」
「夜の呼び出し?」
「はい。毎晩近くの食堂に呼ばれて、アイナさんの話ばかり聞かされていたんですよ。
オレンジジュースだけで毎晩2時間も粘るから、お店の人に申し訳なくて……」
「あはは……。
すいません、ご迷惑をお掛けしました……」
「いえいえ、こちらこそあの子がすいません。
さて、今日はエミリアさんの服の受け渡しですね!」
「やったー!
……あ、試着室をお借りしても良いですか?」
「どうぞどうぞ。狭いので気を付けてください」
「はーい。それではアイナさん、着替えてきますので少々お待ちを!」
そう言うと、エミリアさんは包みを受け取って奥に消えていった。
バーバラさんは、一応……といった感じで、エミリアさんに付いていってしまった。
店員のお婆さんも戻ってきていないので、今このお店には私が一人。
こういうときは、何だか少し特別な時間に思えてしまう。
お店といえば、神器の材料も調べることができたし……錬金術のお店も、そろそろどうにかしないといけないかな?
自分でやるなり、人を雇うなり、どちらにしても考えることは多いんだよね。
でも本格的にお店をやるなら、王都にずっと暮らすことになっちゃいそうだなぁ……。
それはそれで良いのかな? お屋敷暮らしにも慣れてきたし、周りの人にも恵まれているし――
……そんなことを考えていると、明るい声と共に、エミリアさんが奥から現れた。
「じゃじゃーん! どうですか、アイナさん!!」
「おぉ、これは――」
可愛い!
可愛い!!
可愛い!!!
語彙が仕事をしてくれない!!
「――可愛いですね!!!!」
「えへへ♪ わたしの注文通りですよー♪
いや、むしろそれ以上♪」
音符をやたら飛ばすエミリアさんの服は、ワインレッドと白の色味が見事に調和したロリータ服。
ふりふり要素やレース部分も多く、見る人が見ればたまらない逸品だ。
着ている本人の可愛さと相まって、服との相乗効果が彼女をどこまでも可愛く見せた。
『可愛い』――どう捻っても、それ以外の言葉は出てこない。
うぅん、自分の語彙の無さが恨めしい。
エミリアさんが近くに寄ってきたので、ひとまず服を撫でるように触ってみる。
……うん、私のアリス服とはまた違う感じだけど、やっぱり良い仕事をしているなぁ。
布も質が良いものなのか、触り心地がとても良い。
「やっぱり、バーバラさんの服は良いですねぇ……」
「はい、これも渾身の一作です!
遠慮しないでどんどん可愛らしさを詰め込めるのは、やっぱり素敵ですよね!」
「ですね!!」
エミリアさんとバーバラさんは、その辺りが見事に通じ合っていた。
私はそもそも普通の服を希望していたわけで、彼女たちとは価値観を、そこまでは共有できていないのだろう。
少し寂しい気はしたものの、『どこで着るの?』という冷静な疑問が頭をよぎり、『まぁいっか』という結論に収まっていった。
でも、私の場合は夢の中でちゃんと着たからね!
……って、あれ? ここでアリス服を作ってなかったら、あの夢ってどうなっていたんだろう?
あの夢は私の記憶が元になっていたみたいだから、もしかすると元の世界がベースになっていたかもしれない……?
そうしたら『力の化身』なんて、私の元上司が出てきそうだよね……。うわぁ、それは冗談じゃないや……。
そんなことを考えている間にも、目の前の二人は可愛い服のことで盛り上がっていた。
私もぼんやりと聞きながら、『なるほど、そういう考えもあるのか……』と理解に努めていると、いつの間にか1時間ほどが経過してしまった。
「あの、そろそろ――」
「え? ……あ、もうこんな時間!?」
時計を見て驚いたのは、バーバラさんだった。
私とエミリアさんは良いとして、バーバラさんは仕事中だからね。
この1時間は接客というか、ただの雑談になっていたわけで……。
「すいません、エミリアさん。また今度お話しましょう!」
「はい、是非! それでは今日は失礼しますね」
「毎度ありがとうございました!
アイナさんもまた、よろしくお願いします!」
「はーい、それではまた!」
白兎堂を出ると、空には夕方の気配が漂い始めていた。
今から帰れば、お屋敷に着くのはちょうど良い時間になるだろう。
「……それにしても、エミリアさんとバーバラさんって話が合いますよね」
「そうですね、わたしも驚きました!
今度テレーゼさんも誘って、四人でどこかに行きませんか?」
「えっ? そうすると、私がテレーゼさん担当に……?」
「担当というか……、あはは……」
……いや、テレーゼさんは良い人なんだけど、ずっと一緒にいられる自信が無いんだよね……。
もう少しエネルギーを抑えてくれれば、とっつきやすい人だとは思うんだけど……。うーん……。