加賀美side
『…ん!ハ…さん!ハヤトさん!』
必死に名を呼ぶ声がして目を覚ます
手足に力を込めようとすると、やけに重たく感じる体に眉根を寄せた
仕方なく体に鞭打って起き上がり周りを見渡す
「え、と…そうか。ここは会社…」
「ハヤトさん良かった。大丈夫ですか?」
「あれ?伏見さん?」
支えてくれている手を辿ると、そこには買い物に出ているはずの伏見さんがいた。
「何故ここに…あ!剣持さんは!?」
勢いよく彼の腕を掴む
ずっと耳に残っている剣持さんの言葉が、どうしようもなく焦らせた
「しょうがないヤツっすよね。また逃げて。ハヤトさんにこんな顔させて。」
呆れを通り越して笑うしかないみたいな表情で伏見さんは、私を真っ直ぐ見る
「探そうと思えばハヤトさんの魂も刀也さんの魂も俺には、わかるんです」
「だから、ここがわかったんですね。でもどうやってこの部屋まで?」
「俺は、人間じゃないんすよ?気配を消す事くらい出来ます。ハヤトさん、刀也さんの言葉に騙されましたね?」
「うっ…まさか、そんな技があるなんて」
「普通そんなのわからないっすよねぇ……さて、ハヤトさん」
スッと伏見さんが立ち上がり私を見下ろす。金色の瞳が暗い輝きを増した
「そろそろ本気で鬼ごっこは、おしまいっす。…話した俺が言うのもなんだけど今ならまだ、ハヤトさんは家に帰るって選択肢も残ってるぜ?」
「私は、行きますよ」
「はは、そう言うと思った」
伏見さんが手を差し出して私を立ち上がらせる。術の後遺症か、軽く足元がふらついた。
人間の私に、どこまでやれるのかわからないし足手まといかもしれない
だけど
「剣持さんと話がしたいんです。」
伏見さんは、私の言葉に大きく頷いた
「…行こうハヤトさん」
付いてきてほしいと言われるままに伏見さんの背中を追う。
会社を出て人通りの多い道を進み、しばらく歩いてから暗い路地裏に入った。彼の足取りに迷いは、ない。それでも人の気配が遠ざかっていく事に心細さと不安を覚える。
先頭を歩く伏見さんの向こうに眩しい光が走り急に真っ白な空間に放り出されたかに見えた。
「…っ」
瞬きを数回して目を開けると、目の前には見上げる程大きな赤い鳥居。
「ここは…」
躊躇なく伏見さんは、そこを通り先を目指して歩みを進める。
置いて行かれないよう慌てて後を追うと季節外れの桜並木が目に飛び込んできた。
「桜?」
さらに桜並木の奥には大きな社。
あんなに妙妙たる建築物があるのに
人の気配が一切しない事に気付き
ここが異常な場所であるのを知る
「ここは、現世と常世の狭間。人の世界と異界を繋ぐ門。時間の概念が無いから年中桜は、満開なんだ」
そう指を差して説明してくれる伏見さんを見てギョッとする
軟派な大学生の彼は、どこへ行ったのか
赤と黑を基調とした和装のような洋装のような服。風に靡く小麦色の長髪。真っ直ぐに立つ狐の耳と立派な尻尾。
瞳孔が狭まる金色の瞳は一層深く輝き夜に見る猫を彷彿とさせる
なにより立ち上るオーラが無闇に近付いては、いけない存在だと思わせた。
「伏見…さんですか?」
「そうッスよ。これが本来の俺の姿。いや〜まさか刀也さん意外にも見せる事になろうとは…」
腕を組み感慨深げに目を伏せる伏見さん
感情に呼応するように尻尾がゆらゆらと左右に揺れた。
「あの…剣持さんがここにいるんですか?」
「ああ、刀也さんなら絶対ここにいるはすだ」
「それは何故です?」
「…刀也さんには、時間がない。どうして時間がないのか…それは刀也さんが人間だからだ」
「……?」
頭の中で今までの出来事や言葉がパズルのピースのように散らばり
カチリカチリと正しい位置に合わさる音がする。
『人間には探せない場所に行くので探したりしないで下さいね。』
人は来世のために記憶をなくす
剣持さんは、伏見さんを忘れたくない
人ではない伏見さんは、永遠に近い
長い時間、人形の器で過ごし人から離れかけている剣持さん
ここは、人の世と異界を繋ぐ門。
「まさか…」
「願っては、いけない願いだ。刀也さんは、『人』なんだから」
『それでも僕はガクくんと居たい。』
「っ…!」
私のすぐ隣で剣持さんの声が響く
だけど姿が見えずに戸惑った。
「はぁ…刀也さん、人から離れ過ぎてハヤトさんからも認識されなくなってるじゃねーか」
呆れた声を上げる伏見さんの視線は、私の隣の空間に向けられている
もちろん、そこには何もない。
『ガクくんこそ、社長をこんな所に連れてきて…まさか話しちゃったの?』
「刀也さんが逃げるからだぜ…話したのは俺だけど。ハヤトさんも刀也さんが大事だから今ここに居る」
『そんなの……ずるいですよ』
消え入りそうな声が悲しい
トントンと伏見さんに肩を叩かれ顔を上げる
「俺の目を貸してあげる。俺の真似して」
両手を使い手遊びの要領で二匹の狐を作り耳にあたる部分同士をくっつけて窓を完成させる
「ハヤトさん、覗いて隣見てみな」
「あ…」
バツが悪そうに眉をハの字にして、こちらを見上げる剣持さんがいた。
「狐の窓って言うんだ。会いたい人に会える術。ほんとは桔梗の花の汁を手に塗るんだが、こんな所だから無くても成功したな。一度覗けば後は無くても見えるはずだぜ」
言われた通り手を降ろしても剣持さんが消える事は無かった
そのまま、いつもの癖で隣の小さな存在を抱きかかえる
「見つけましたよ剣持さん」
「探さないでって言ったじゃないですか」
「わかったとは、言ってません」
「むぅ…」
頬を膨らませ精一杯の反抗をする彼に静かに問う
「剣持さんは、人間をやめるためにここに来たんですか?」
「……。」
「私には、そこまでの考えに至った貴方の気持ちをわかってあげる事は出来ません。でも…人ではなくなった貴方は私の知る貴方ですか?」
それは本当に、私の買ってきた甘いデザートを幸せそうに食べてくれる貴方でしょうか?
「社長…」
「剣持さんは、自分が思っている以上に不器用で素直な人です。人形の姿になってもあんな風に笑えるのは『人間』だからではないですか?…どうか考え直して下さい。」
「……」
苦しげに目を伏せる剣持さん
今にも泣き出しそうな表情が辛い
ゆっくりと彼は伏見さんに視線を向け見つめた
「僕は…」
「刀也さん。俺は正直、刀也さんが人間じゃなくなっても側にいると思う」
近付く伏見さんに目配せして剣持さんを伏見さんの腕に移す
大切に抱え直した彼は話を続けた
「でもな、刀也さんの魂をどうして俺は気に入ったのか思い出したんだ」
「え?」
「人間は弱くて脆い。すぐに死ぬ。だけどそれを受け止めて懸命に生きる姿は、どんな存在より美しい。刀也さんの魂は、そんな人間の中でも俺には特別綺麗に見えた」
桜吹雪によって花弁が紫色の髪に乗る
ひとひら摘んだ伏見さんは、微笑んだ
「ここの桜は綺麗だけど現世の桜には敵わない。それは限られた時間の中で何よりも輝こうと藻掻くからだ…人間も一緒。その刹那が愛しい。」
「でもっ!でも僕は、もうあんな顔をしてほしくない!」
小さな両手が伏見さんの頬を包み必死に訴える
ついに溢れ落ちた涙が抑えられない彼の気持ちを物語っていた
「ごめんな刀也さん…そんな風に思いつめさせてしまったのは、俺のせいでもある。確かにあの日、もう一度名前を呼んでくれた時すげぇ嬉しかったぜ」
「だったら…」
「それでも人間である事を諦めないでくれよ。刀也さんの自我を保ったまま不死の存在になれるなんて保証どこにもない。もし失敗したらどうする…俺を本当の一人にしないでくれ」
「…ガクくん」
震えながら必死に抱き締める伏見さんに、さすがの剣持さんも動揺して瞳を大きく揺らす
それでも、なかなか首を縦には振らない
きっと剣持さんだって相当な決意を固めてこの地を踏んだんだろう
自分の死すら厭わないほどだ
「はぁ…」
どのくらい、こうしていただろう
ふと根負けしたように剣持さんが体の力を抜いた
「確かにガクくんの言う通りだね。僕のままでいられる保証なんてない。」
「じゃあ…」
「わかった…もう一度人として生きてみるよ。…ただし条件がある」
「「条件?」」
私と伏見さんが同時に顔を見合わせた。
は〜最後になるにつれて長くなるぅ
改めてお話を書く難しさを感じます。
ところで、このシリーズを書く上でイメージしてる曲があるので良かったら聴いてみて下さい
松下優也さんで『see you』
大好きな曲です。
コメント
5件
もうすぐ終わってしまうかと思うと寂しくもありますが、最後まで見届けたいいい! 皆幸せになってくれええ! 今回も素敵なお話ありがとうございます!続きを楽しみにしてます!