かつて、人々は神に祈った。飢餓に苦しむ事がないことを。人々は神に問いた。何故人は空を飛べぬのかと。人々は神に懺悔した。未来を見れたなら過ちは犯しはしなかったと。
ならば、と神は言った。自らで解決出来る術を、力を授けようと。それからというもの、世界中で不思議な力を操る者達が現れた。天候を操る者、風を操る者、未来を予知する者。力を授かった彼らは神人―かみびと―と呼ばれた。
ある日、1つの貴族の家庭に双子が産まれた。腕の中でおぎゃあと産声を上げる赤子を見て両親は驚いた。目から零れ落ちた涙はやがて頬を伝い落ち、雫の形の宝石を生成した。ボトリと音を立てて床に落ちた宝石をひとつ拾い上げると、間違いない、と父親は言った。この子達は天から力を授けられた神人であると歓喜の声を上げた。
時が進む事にすくすく成長した双子の姉妹は宝石と同じくらいとても美しかった。青い瞳と髪を持つ姉は悲しさに泣き、反対に赤い瞳と髪を持つ双子の妹は嬉しさに泣いた。その美しい涙に、宝石に誰もが魅入った。届きもしない手を伸ばし、この手に収めたいと空気を握った。
文字通り雲の上の存在である彼女らを籠に閉じ込めて自分のモノにしたいと、その醜く汚れきった欲望を抑えきれず男は動いた。欲望は時に人を強くさせ、同時に人を醜くさせるのだ。
男は考えた。どうすれば彼女らを手に入れられるのかと。その答えはすぐに出た。手に入らないなら、奪ってしまえばいいと。思い立ったが吉日と言うように男はすぐに行動に移した。まず、彼女らを捕えることから始めた。自分1人では到底叶わないので、何人か金で雇う事にした。
数週間後、彼女らは家族と出掛けに出ているようで、両親と護衛の奴らを引連れて街中を歩いていた。男は気付かれないように少し離れた所から後を追って、親と離れたタイミングを見計らっていた。すると、チャンスはすぐに現れた。キョロキョロと辺りを見回す様子から見るにこの人混みではぐれたようだ。これ幸いとばかりに男は彼女らの前に出て、親切な人を演じてみせた。姉は警戒しているようだが、妹の方は警戒心等微塵もなく、こちらを信用しているようだ。男はニヤリと薄気味悪い笑を浮かべた。
そのまま人通りの少ない裏路地に連れ込み、雇った奴らに彼女らの口を布で塞がせた。抵抗されないように力で押さえつけ、自身の家へ運び込ませる。男は怯える彼女らを悦に浸る表情で見た。
「やっと、手に入れた______」
___あの男に監禁されてから何週間か経った頃の事だ。脱出口がようやく分かり、妹に助けを呼んでもらう……と言うのはただ口実だ。この子だけでも逃げれます様に、と我ながら自分勝手な願いを込めて、妹の手を両手で包んだ。
「いい?ここから出て、すぐに人通りの多い場所に逃げて」
「いや、いやよ。それならお姉様も一緒じゃないと」
妹はその大きな瞳に涙を浮かべて、いやだと首を横に振った。けれども、このままでは2人ともずっと監禁されたままになってしまう。
「それではすぐに捕まってしまうわ。私は大丈夫だから。でも、早く助けを呼んで私を助けてね。約束よ?」
「うん……うん、わかったわ、お姉様……絶対、助けに来るから!約束よ!」
「ええ、待ってるわ。さあ、私が時間を稼ぐから、早く!」
必ず助けると約束した妹は、脱出口へと走る。その事に私はホッと胸を撫で下ろす。
「大丈夫、大丈夫。私なら耐えられるわ」
震える体を無理矢理抑え込む。それでも震える体に鞭打って、あの男の気を引く為に私は妹とは別方向に走り出す。そうしていると少しもしない内に屋敷にいる使用人に私が逃走した事がバレた。1人の使用人が男に知らせに行った。その間に暴れないように抑えられるが、それでも私は止まらない。力を振り絞って抵抗を続ける。しばらくもしないうちに、コツ、という足音と共に私に人型の影を落とす。
「あ」
「こんなに暴れて……ああ、悪い子にはお仕置が必要だな」
私の記憶はここで途切れた。気が付くとお仕置部屋の中にいて、体のあちこちに傷口ができて痛い。視界が滲んで涙が出そうになるが、そんな事すればあの男の思う壷だと、私は乱暴に涙を拭った。
すると、何処からかにゃお、と猫の鳴き声が聞こえた。ここに猫なんて居なかったはずだと声の根源を探せば、それはすぐ目の前に居た。赤い瞳を持つ黒猫だ。その前には金の指輪が置かれており、黒猫はただこちらを見つめた。
「……つけろって、ことかしら…?」
「にゃあ」
黒猫は私の問いに頷くかのようにして鳴いた。意を決して指輪を手に取り、数秒間見つめる。右手の薬指に指輪をはめる途端、私の視界は反転した。
「おはようございます、主様」
「___だれ?」
目が覚めるととても綺麗な男性が優しく微笑んで私の事を主と言った。上手く状況が飲み込めず、思わず誰だと失礼な事を言ってしまった。ふと傷ついていた腕を見ると、包帯が巻かれていて傷の手当がされていた。もしかして、この人がしてくれたのだろうか。慌てて訂正し、ごめんなさいと頭を下げると、今度はその男性が慌てた様に頭をお上げくださいと言った。
「……まずは、助けていただいて有難う御座います。このご恩は忘れませんわ」
「私に敬語は不要です。それに、少々混乱されている様ですね……では、まず自己紹介から。私の名前はベリアン。主様に仕える執事でございます」
「…えっと、ベリアン様というのね。私はアクア・ルージュエ」
「主様、私に敬称など付けずに、是非ベリアンと呼び捨てでお呼びくださいませ」
「わかったわ、ベリアン」
「はい、主様。紅茶をご用意してありますので、ぜひストレートで香りをお楽しみ下さい」
「ありがとう。……あら、これダージリンね。私の好きな香りだわ」
「お気に召された様でなによりです__主様、突然ですが…こちらをご覧下さい」
ベリアンは壁に飾られている絵画を私に見せた。泣きながら祈る男性、そしてその背中から生えた黒い翼。何故こんなものが飾られているなのか、少し不気味に思う。ベリアンは私が絵画を見るのを確認すると、ここに描かれているのは悪魔だと補足を加えた。そして、何故悪魔の絵が飾られているのかという私の問に、この屋敷はDevil’s palace…丁寧に悪魔の屋敷だと訳してベリアンは答えた。
その屋敷に住んでいるベリアンは悪魔なのか、という疑問を言う前にドアが開かれ、ルカスと名乗る2人目の執事が現れた。その後、3人目、4人目の執事と増えていき__4人目に来た執事のロノに天使は突然やってきて人を襲う事、天使と戦うには魔道服の力を使わなければならない事、悪魔の力を解放できるのは主である私だけという事を教わった。
私に人通りの説明を終えると、ベリアンは真剣な表情で私に言った。
「主様、どうか私達に……力をお貸しください」
「いいわ」
「危険な……えっ?」
「いいわ。私は、ベリアン達の力になりたい」
「……宜しいのですか?」
「あら、ダメなの?」
「い、いえ!そういう訳ではありません」
「ふふ。私はね、ベリアン。貴方達にとても感謝しているの。だって、この傷の手当をしてくれたのは貴方達でしょう?傷が痛くて、苦しくて、寂しかった。けれど、今は全然痛くも苦しくも寂しくもないの」
「だから…恩返しをさせてちょうだい」
かくして私はベリアン達の主、悪魔執事の主となり、個性豊かな執事達との生活が始まった_____。
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