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どうして舞台が隣国に!?

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どうして舞台が隣国に!?

60 - 第60話 赤い王女の助言(ジャネット視点)

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2023年07月10日

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「申し訳ありません」


ジャネットの執務室に入ってくるなり、アルバートは頭を下げて謝罪した。


応接室ではないのは、より人目を気にしなくてはならない話をするからだ。

前回と違い、執務室も人を招くほどの余裕が出来たこと。そして、魔法で盗聴が出来たように、神聖力でも出来る可能性があったため、それを考慮して、ジャネットの執務室にアルバートを呼んだのだ。


「それは何に対しての謝罪かしら」

「身内の行動の早さに対してと、ご迷惑をおかけしたことへの謝罪です」

「ではまだ、向こうには連絡していないのね」


てっきり、カラリッド侯爵との駆け引き、もしくは教会から何かしら圧力でもかけられた末、失敗したと表現してきたのかと思った。そうではなかったことに、ジャネットは胸を撫で下ろした。


「はい。向こうがこんなに早く動いたということは、縁談が破談になると分かっていたのでしょう」

「というよりも縁談は、保険ではないかしら」

「保険、ですか?」


言葉の真意が分からず、アルバートは鸚鵡返しして聞いた。


「最初から、アンリエッタを攫う気でいたってことよ。実はこの話が来る前に、彼女を狙っている者たちがいる、という情報を掴んでいたの。その一つが、教会関係の者。確実ではなかったのだけれど、神聖力の多さで狙う、としたら教会が濃厚ではなくて」

「そうですね。もしくは、ゾドの貴族が濃厚でしょう。カラリッドだけでなくとも、他の貴族たちも、我先にと聖女を輩出したい、と考えていますから」


そうすれば、ゾド内の勢力図が変わる。近年聖女が現れていないのだから、是が非でも欲しいと思うだろう。

養女にして、王族に嫁がせるもよし、教会に君臨させて支配するもよし。利用のし甲斐がある存在である。


「なら、保険ではなくて、牽制だったのかもしれないわね。他の貴族よりも先に、私に接触すること自体が」

「だから、縁談が旨くいこうがいくまいが関係なく、動いていたってことですか」

「これでも、誘拐犯たちを足止めしていたのよ。そうじゃなかったら、もっと早く動いていたはずだわ」


ジャネットの言葉に、アルバートは俯いた。余程、期待されていなかったのが、堪えたのだろうか。だが、それは今更のような気がした。ジャネットに縁談を持ち掛けたのがまさに、捨て駒の扱いだったからである。


「落ち込んでいる暇を与えられなくて、ごめんなさい。誘拐犯である聖職者と聖騎士を、魔塔で捕まえている以上、あまり向こうに時間を与えたくないのよ」

「大丈夫です。問題ありません。それについては、無論、私も承知しています。実は、彼らが魔塔に連行された当日に、連絡がありました」

「誘拐犯を始末しろと?」


アルバートは驚かず、頷いた。


「いつまでも私からの連絡がなければ、次の手を打ってくるかもしれないので、こちらも早めに動くべきだと思います」

「良かったわ。覚悟を決めてくれて。この誘拐未遂事件は、私もその場にいたため、魔塔の立場として、処理したいと考えているわ。だから貴方は、その場を設けて欲しいの」

「父を、魔塔に呼び寄せるのですか?」


父とは、アルバートにとって、カラリッド侯爵を意味する。いくら貴族でも、ゾドの筆頭貴族ともいえる家門の当主を、魔塔に呼び寄せるのは難しい。それはジャネットも分かっていた。


「いいえ。ソマイアの王城でお会いしたい、と伝えてくれるかしら」

「分かりました」

「ただ、それを伝えた時に、こう付け加えて。『何で呼び出されるのか、分かっていますか』と」


えっ、と驚くアルバートに、ジャネットはにんまりと笑った。


「前に、魔法陣を設置してもらったでしょう、カラリッド侯爵家に。それが良いものを拾ってくれたのよ」


ジャネットは、後ろに立っているユルーゲルに合図した。すると、懐から一枚の紙を取り出し、魔法陣を展開させた。


『そちらも、聖女が必要ではないか。アンリエッタとかいう娘を連れてくれば、そちらにも便宜を図ろう。悪くはない話だと思うが』

『分かりました。ただ何分、ソマイアは距離がありますので、綺麗な状態でお渡しできるか……』

『連れてきさえすればいい。どの道、教育せねばならんのだから』


一つは、カラリッド侯爵の声と思しきもの。もう一つは――……。


「教皇様の声……。教会といえども、まさかそのようなお方が関与していたとは!」

「まだ、あるのよ」


そうジャネットが言うと、ユルーゲルはもう一枚、紙を取り出した。


『父上。そのアンリエッタとかいう娘を養女にして、如何するおつもりですか』

『年齢的に、王子にもお前たちにも、釣り合わんから、まずは教会に預けて子を産ませる。その頃になれば、王子かお前たちの誰かにも、子が出来るだろう』

『なるほど。聖女の子であれば、男でも女でも、使い道があるということですね』


先ほどの音声同様、父上と呼ばれた男の声は、カラリッド侯爵と一致していた。そして――……。


「これは、兄上の声です。間違いありません」

「その兄というのは、跡取りの者?」


ジャネットはアルバートの兄弟を把握していない。カラリッド侯爵が『お前たち』と言っていることが、他に男兄弟いることを示唆していた。


「はい。恐らく、自分と結婚させられることを、危惧したのかもしれません」

「貴族にとって、年齢差は重要視されていないものね。だけど、アンリエッタを聖女としたいのであれば、外聞が悪いわ」

「だから、父は兄にそう言って、安心させたのでしょう」


アンリエッタからしてみれば、酷い話だが。


「でも、ちょうど良いわ。まとめて表舞台から退いてもらいましょう」

「……どのようにして」

「今聞いてもらったものと、これを見せるのよ。順番は、この足輪を先にした方が良いわね。『これが何か、分かりますか』って聞くの」


ユルーゲルがジャネットの声に合わせて、二人の間にあるテーブルに、足輪を二つ置いた。


「誘拐の時に使用された物よ。二つとも、教会が所有している足輪。こっちが神聖力を使えなくする方で、もう一つが神聖力を使用すると、電流が流れる物よ。ご丁寧に型番で管理されている物だったから、どこの教会の物か分かったの」


名前を教えると、もうさほど驚きはしていなかった。


「父が支援している教会ですね。では、牢に入っている犯人たちも、同じですか」

「いいえ。型番,聖職者,聖騎士。どれも別々の教会だったわ。でも、聖職者からは、カラリッド侯爵から命令を受けた、と証言は取れているの。だから、これも伝えた上で、畳みかけるように、さっきの音声を聞かせてあげて」


ユルーゲルから紙を二枚受け取り、ジャネットはテーブルに置いた。


「まぁ、これで折れるでしょう。折れなかったら、色々でっち上げても構わないわ」

「先ほどの音声を握り潰されたとしても、こちらに予備がありますので、ご心配なく」


そう言って、ユルーゲルは笑って見せた。つまり、カラリッド侯爵に通用しなかったら、使えと言っているのである。


貴族が平民を誘拐することは、よくあることだが、これは飽く迄、権力とお金で握り潰されている出来事だ。それが通用もせず、公にさらされれば、ちゃんと罪になる。社会的制裁を受け、名誉も傷つけられる。


相手は交流も少ない魔塔。後ろ盾にソマイアの王室を持っているジャネットであるからこそ、圧力もかけられない。逆にジャネットは、ゾド王に圧力をかけることが出来るのだ。

ゾドにはそのような貴族がいる、ということで信用を失い。裁かないことで、王の権威が下がる。故に、王はカラリッド侯爵を擁護しないだろう。


「最終的に『何が望みだ?』という言葉を聞き出してくれればいいのよ」

「分かりました。それで、聞き出した後は……」

「侯爵の座を退いて、アルバート、貴方がその地位に就くの」

「わ、私がですか⁉」


これまでの話の中で、一番驚いたのか、アルバートは椅子から立ち上がった。


「そうよ。跡取りであるあなたのお兄さんも、同罪なのだから、侯爵が退いた後、誰がいるというの? それに、他の兄弟に任せたとしても、裏で侯爵が糸を引いていたら、また同じことが起こるわ。だったらいっそのこと、貴方が継ぐべきよ。他の貴族への牽制にもなるのだから、はい以外の返答は受け付けないわ」

「……はい。承知しました。」

「安心して。一連の騒動が、貴方一人で仕組んだことではない、と示せば、風当たりも少ないでしょうから。だから、侯爵には最後にこう伝え欲しいの。『爵位を譲ったことが確認出来たら、牢にいる犯人を釈放する、と魔塔の主が言っている』と『確認出来なければ、教会もしくはゾド王との交渉を進める、とまで言っている』とね」


飽く迄、アルバートの裏で、ジャネットが糸を引いているように見せればいいのだ。そもそも、アルバートのことを気弱だと、向こうは思ったままなのだから。


そうでなければ、ゾドの貴族へ牽制することができない。カラリッド侯爵のように、アンリエッタに手を出せば、ジャネットがこのように処理するのだと、示すのが何よりも大事だった。


「あの……では、ソマイアの王城に呼び出す、必要性はあるのでしょうか」


しどろもどろになりながら、アルバートは椅子に座り直した。


「勿論あるわ。ただ、本当に呼び出すわけではないだけ。これは飽く迄、貴方とカラリッド侯爵が話し合う口実として、用意したものよ」

「……そこまでお膳立てしてもらって、失敗しました、というわけにはいきませんね。誠心誠意、頑張らせていただきます」

「なら、もう一つ誠意を見せてもらえるかしら」


そう言って、ジャネットはアルバートに向けて、手を伸ばした。手のひらを上に向けて、頂戴と催促するように。しかし、アルバートはその意図に、気がつけずにいた。


「えっと、これは……」

「写真のことですよ」


ユルーゲルが咳払いをして、助け舟を出した。あっ、とここへ来た、もう一つの用事を思い出したアルバートは、懐から手紙を取り出し、ジャネットの手のひらに乗せた。


「良かったわ。これを入手できなかった、なんてなったらどうしようかしら、と思っていたから」

「大丈夫です。詳細に記したので、それでも何かありましたら、またご連絡ください」

「その頃になると、貴方も忙しくなると思うけど、構わなくて?」

「はい。ジャネット様の用事は、最優先としますから。逆に、助けていただくことになるかと、思いますが……」


お腹の辺りで両手を組んで、アルバートはジャネットを見つめた。


「そうね。貴方だけでは、対応し切れないこともあるでしょう。いいわよ」

「ありがとうございます」


その途端、勢いよくお辞儀をした。嚙み締めているのか、なかなかアルバートは顔を上げなかった。



***



バタン。


アルバートが出て行った扉を見つめながら、ユルーゲルは尋ねた。


「牢にいる誘拐犯を、本当に釈放するのですか?」

「えぇ、勿論よ」


ジャネットはすでに机に戻り、ペンを握っていた。


「何故ですか。釈放したら、カラリッド侯爵、もしくは教会の手の者によって、消されてしまいますよ」

「だから、釈放するのよ。用済みになったのだから」

「どういうことですか?」


ユルーゲルは机に詰め寄りたい気持ちを抑え、テーブルの上のカップを回収してワゴンに乗せた。


「わざわざ向こうが処分してくれるのだから、いいと言っているのよ。あの者たちのために、費用と時間を使いたくはないの」

「あぁ、なるほど」


相手が教会関係者なためか、ジャネットは無慈悲だった。いや、魔塔に属している者の感覚としては、正しいのかもしれない。


ワゴンを扉の外に出したユルーゲルが、戻ってくるのを待って、今度はジャネットが尋ねた。


「カラリッド侯爵家に設置した魔法陣は、いつ回収したの?」

「まだしていませんよ。一応、事が終わるまで、また変な動きをしていないか、会話は回収していますが」

「疑問に思っていたのだけれど、どうやって魔法陣を回収しないで、そんなことが出来るの?」


アルバートがユルーゲルに、小型尋問道具を依頼したくらいだから、知らないところで接触しているのだと、ジャネットは勝手にそう考えていた。その時に魔法陣を、設置回収をしている、とばかり思っていたが、真相は違うようだった。


「遠隔操作をしているのは分かるけど、距離があり過ぎるでしょう」

「実は、マーカス殿にお願いして、信頼できる中継地点に、魔法陣を貼って、行っているんです」


防犯用として、アンリエッタの家に設置した魔法陣を作る代わりに、マーカスに頼んでいたそうだ。ユルーゲルに借りを作りたくないから、と要求されたため、頼んだと言う。


アンリエッタに、仮の姿でもユルーゲルが近づくのを、好ましく思わないマーカスらしかった。


「知らなったわ。というか、それも報告する必要があるでしょう!」

「あっ、そうでした。申し訳ありません」


ユルーゲルが監視下に置かれていることを、自覚していないのが、そもそもの原因なのだと、ジャネットは頭を抱えた。


それは偏に、ジャネットの態度がよくなかった。監視しているのであれば、もっと警戒心を抱かなければならないのに、相談や世話をさせてしまっていた。


これでは、ユルーゲルに心が傾いている証拠だと、云わんばかりではないか。心を許しているから、甘くなるのだ。


「それよりも、すぐに仕事に向かわれるのは、よくありませんよ、ジャネット様」


ペンを取られても、嫌な気がしない。


「さっき、別のお茶を用意してもらうよう、頼みましたので、それまで休憩していて下さい」


手を取られて、ソファーに座らされても、怒る気力が湧かない。


「そうね。お茶が来るまで、少し横になるわ」

「掛ける物を持ってきます」


犬みたい、とクスリと笑いながら、扉を出ていくユルーゲルを見送った。


そうだ。ユルーゲルに気を許しているのではなくて、疲れているのよ、これは。そう自分に言い聞かせながら、ジャネットは目を閉じた。


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