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カーテンから差し込む僅かな朝日が、ベッドに降り注ぐ。久しぶりに感じる仄かな光に、アンリエッタは身を縮めた。


ふかふかではないけれど、馴染み深いシーツの柔らかさと温もり。まだ寝ていたくて、身を寄せた。いつもならここで、温もりが返ってくるのだが、代わりに別のものが返ってきた。


「アンリエッタ」


望みものが欲しくて、マーカスに抱き着いた。


「っ!」


すると、ようやく抱き締め返してくれた。


「あまり煽らないでくれ」

「……もう少しだけ」


眠らせて、とマーカスの腕の中で懇願した。意図を察してくれたのか、優しく髪を撫でてくれた。が、裏切るように、眠りを妨げる声が聞こえてきた。


「アンリエッタ」


名前を呼ばれても、嫌だと首を振った。起きたくない、と今度は行動で念を押す。しかし、マーカスはアンリエッタの体を引き離して、再度声を掛ける。


「起きてくれ」


両手で顔を掴まれて言われても、アンリエッタは目を開けなかった。すると、額に口付けされた。額から瞼。鼻,頰。軽く唇にも触れられてから、顎にいき、首へとマーカスの唇が下へといく。


「や、やめて! 起きるから!」


耐えられなくなったアンリエッタが目を開けて、マーカスを押した。


「本当か?」

「もう起きるから! ……こういう起こし方はやめて」

「普通に起こしても起きないじゃないか」

「うっ」


それはマーカスが私に甘いから、とは口が裂けても言えなかった。特に昨日は、悪いことをしたと思っているからだ。


ようやく学術院から我が家に帰って来られたのが、昨日だった。マーカスの言葉通り、ぴったり二週間後。


それなのに、帰って来て早々やったことは、家の中からお店にかけての大掃除。薬草畑の手入れに、お店のキッチンで材料のチェックまでした。

家の冷蔵庫からお店の冷蔵庫まで、帰る日に合わせて、ロザリーが予め材料を入れてくれるよう、頼んでおいたからだ。今日からでも、すぐにお店が開けるようにしたかったのだ。


ひと段落がついた後は、ご近所への挨拶参り。前もって、学術院のキッチンで作っておいたパンを持参して行くと、喜んでもらえて一安心した。

ここは危ないと、風評被害で迷惑をかけていないか心配したが、それもないようだった。むしろ、こちらが心配をかけられて、恐縮してしまった。


出来ることなら、冒険者ギルドと自警団の詰所へ、挨拶に行きたかったのだが、そこまでの時間はなく断念した。


そういった経緯もあってか、お風呂から出ると、もう瞼が重くなっていた。この二週間、頑張ってくれたマーカスを労わってあげたかったのだが、体が眠いと訴えてくる。

すでに恥ずかしいとか考えられる状態ではなく、ただせめてこれくらいは、という思いで、マーカスの部屋に向かったのだ。


辿り着く前に、当の本人に見つかって、横抱きにされてしまったのだが。私の意識は、そこで途切れた。


「結局、質のいい学術院の寝台よりも、我が家の方がいいということか」

「質というよりも、場所かな。やっぱりウチの方が、居心地がいいもの」


そう言って、なかなか起きられなかった言い訳をした。


「だからといって、これ以上のお預けは、勘弁してほしいんだがな」

「それは……」

「うん?」


マーカスから顔を背けると、追いかけるように、覗き込まれた。


「しばらく……」

「しば――……」


らく、とマーカスの言葉をなぞるように言いそうになり、アンリエッタはその意図に気づいて、途中で口を閉じた。


「な、何を言わせようとしているの!」

「それは勿論、しばらくは毎――……」

「‼」


先ほどの誘導で、声に出さずに済んだ言葉を、敢えて言おうとしたマーカスの口を、アンリエッタは手で塞いだ。そして、わざとらしく、声を大きくして言った。


「もう準備をしないと、お店が開けられなくなっちゃう」


急げ急げと、マーカスから手を放し、ベッドから出た。


「だから、起こしたというのに。あのやり方じゃないと起きない、というのは、どうにも腑に落ちないんだが」


嫌がったのを、根に持っているの? そういう訳じゃないんだけど……。


「あれは、くすぐったい、というか、危ない、というか……」

「危ない、ねぇ」


アンリエッタはベッドに戻り、マーカスにキスをした。軽く唇に触れ、左右の頬にも口付けした後、抱き着いた。


「今はこれだけで許して。本当に時間がないから」

「分かっている。それにここ数日、近所から催促されていたんだ」


何のこと? と顔を見ようとしたが、マーカスに頭を押さえられて出来なかった。


「アンリエッタがいつ戻ってくるのか。いつ店を再開してくれるのか、とな。学術院で、アンリエッタがパンを売っているのを、小耳に挟んだらしい」


実は、誘拐未遂事件でお世話になった、冒険者と自警団の団員たちのために、学術院のキッチンでパンを焼いてから、ギラーテに残っている魔術師たちにも渡そうと、思いついたのが始まりだった。


学術院にいる間は、神聖力の修練以外やることがなかったのも、理由の一つでもあった。


暇を見つけては、あっちにもお世話になった、こっちにもお世話になった、とパンを渡していたら、食堂の人に、パンを卸してほしいと頼まれた。食堂もお世話になっていたので、快く引き受けたら、今度は購買部に置かせてほしいと言われたのだ。


何でも、食堂に出していたパンがお代わり出来ないことで、苦情が来たらしい。パン自体を食堂で作っていないためできない、と聞いた学生たちが、食堂と購買部に頼み込み、結果学術院で売ることになったのだ。


お陰で、注文を聞いてくれるロザリー、配達してくれるジェイクには、感謝しきれなかった。


始め、食堂にレシピを教えたのだが、同じ味、同じ出来でも、完全に一致とは言い辛いものが出来上がった。その原因はどうやら、私の神聖力にあった。


私が作ったパンには、必ず神聖力が込められていたため、材料やレシピが同じでも、食べる側は違うと判断してしまうようだ。私が食べる分には、どれも同じなので、周りにそう言われても、よく分からなかった。


そのため、学術院を離れる時は、食堂と購買部に卸してくれるよう懇願された。が、自分のお店もあるので、そこは丁重に辞退させてもらった。


「前はアンリエッタの体調が悪かったから、長期店を休んでいても大人しかったが、今回はそうもいかないらしい。学術院の購買部で売っていたら、買いに行けないと、随分文句を言われた」

「先に言ってくれれば良かったのに。ご近所さんの分を、取って置くことくらいできたんだよ」

「そんなことをしたら、アンリエッタの体力が持たないだろう」


あっ、と気づき、マーカスの肩に顔を埋めた。


「今回のことで、あちこちに世話になったのは分かるが、いい顔し過ぎるのも、善し悪しだぞ」

「でも、私平民だから。それくらいしかお礼が出来ないんだよ。マーカスみたいにあれこれ出来るわけじゃないから」


本来なら、一平民にあれだけの人を動かすことは出来ない。偏に、ポーラとマーカスのお陰である。だから余計、何かしないと気が済まなかった。


「悪かった。だけど、本当にほどほどにしてくれ。ただでさえ、狙われ易いのに、余計な虫たちが増えるのは困るんだ」

「虫って。私のパンが好きなだけでしょう。そんなに邪険にしなくても……」

「本気で言っているのか?」


顔は見えなかったが、呆れた声と共に、溜め息が聞こえた。アンリエッタは気のせいよ、と励ますように、背中を叩いてから、マーカスの体から離れた。


「さっ、いつまでもここにいたら、本当に遅くなっちゃう」


アンリエッタは、そう言いながらマーカスの腕を取り、部屋から出て行った。


どうして舞台が隣国に!?

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