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星咲がアイドル活動を休止してから十日が経った。
つまり俺にとって地獄のダンス特訓が始まって三日が経過していた。
「ホッシーの復活ライブまで四日だな! 今回はさすがに鈴木も見に行くだろ?」
教室内の浮かれ騒ぎに乗じて優一が俺に話しかけてくるも、俺はそれに言い返す余力が残っていない。
「あ、あぁ……」
「どうした? 最近やつれてないか?」
【魔法力】のおかげで、俺の身体能力は常人の何十倍にもなっている。いわゆるスーパーマン状態で、日常生活を送るにあたってそれなりに力の制御には気をつかっている。
そんな俺でも、連日続く超絶レッスンでくたくただ。
「すこし、運動のしすぎで……」
「お前が!?」
あと四日。
俺にとっては【アイドル研修生】の第二昇格テストの期日でもある。
正直、ラスト三日間は学校を休んでダンスの見直しと特訓、十分な休息を取るつもりだ。
トップアイドル星咲のバックダンサーを一曲分務める。そのたった一曲ですら、難易度が高い。おそらく一緒に踊るであろう魔法少女アイドルたちのレベルはかなり高いだろう。なにせ、付け焼き刃の俺と違って、1000位から2000位台にいる正真正銘のアイドルなのだ。
俺とはアイドル歴の長さが違う。
だからといって、一人だけ無様な姿を見せていいというものでもない。
俺を推薦してくれた星咲の面子が懸っているし、何より……。
何より、自分が嫌悪していたアイドル共なんかに負けたくないという気持ちが強い。そう、俺に今できるのはやる気で技量を少しでもカバーするしか残されていないのだ。
ちなみに第一テストが筆記でこちらは合格済み。第三は【殺処分】で、第二昇格テストが合格できれば、試験を受ける資格がもらえるのだ。
「まぁー何にせよ、しっかり授業中に寝ておけよ」
優一に言われなくても、俺はすでに机の上に突っ伏している。
「今日はホッシーの復活祝いで、放課後はクラスの連中とみんなでクレープを食いに行くからな。もちろんホッシーも一緒だし、お前もついてこいよー」
呪詛みたいな文言を聞きながら、俺の意識はまどろみの中へと溶けていった。
◇
放課後。
本気かよ、と星咲に視線だけで問えば。
だって……、と俺には申し訳なさそうに、しかしその罪悪感の裏には隠しきれない歓喜の表情が垣間見えた。
そんな顔をされたら黙ってついていく他ない、と俺は大きな溜息をつく。
「星咲ちゃん! いよいよ四日後だね!」
「うちら、すーっごく楽しみにしてる!」
「俺達だってめちゃくそ楽しみだぞ!」
星咲はクラスの連中に復活ライブを祝われるのが、心底嬉しいようだ。はち切れんばかりの笑顔を咲かせ、時々顔を真っ赤にしては照れている。
ぶっちゃけると、本番まで時間が限られている今、俺はすぐさまダンスレッスンをしたい気持ちでいっぱいだ。
しかし、あいつは……星咲は高校に通ったことがない。
クラスメイトと一緒になって放課後の帰り道、普通に買い食いするなんて日常がなかったのだ。そんな過去を知っていれば、俺だって多少の融通は効かせるしかない。
そもそも【シード機関】のレッスンが始まるまでの時間、自主練にしても星咲に見てもらっている立場であるわけだし。
「鈴木くんも、こっちきて。心の中で、無駄な言い訳してないでさ」
アイドル嫌いの俺が、星咲復帰祝いに参加している。この状況を楽しむように星咲が目を細めては、俺の腕を強引に取った。
「やめろ。俺はクレープとか興味ないんだ」
「じゃあ、なんで来てくれたの?」
「そ、それはっ」
俺一人だけ不参加とか、空気が読めな過ぎだろう。なんて言葉は口にできない。星咲の質問のせいで、クラスメイト達の好奇の目が俺に集中し始める。ちょっと離れたところでは、黙ってこちらを眺める切継がいて、その視線が痛い。そう、なんとあの多忙極まりない切継愛も仕事を切り上げて、このクレープ会に参加しているのだ。
となると、俺が参加を拒否すれば、クラス内で参加しないのは俺ただ一人。
さすがの俺も、クラス全員から無視される苦痛をもう一度味わうのは勘弁願いたい。白雪による陰謀が招いた中学時代だけで十分だ。
「まぁ、がんばれ、と……」
「うわ! ホッシー、すごいね! アイドル嫌いの鈴木をここまで言わせるなんて、さすが【不死姫】!」
「全国トップの魅力やべー」
「星咲さん、俺の腕も握って!」
「ねぇ男子、そういうのキモいから!」
「セクハラ」
なんてクラスメイトが騒ぎたてる中、星咲がそっと耳打ちをしてくる。
「ねぇ、鈴木くんからはボクの腕を取ってくれないの?」
「お前と腕を絡めあうとか、ありえん」
「ふーん」
そんなこんなでクレープ屋につけば、クラスメイトと星咲は楽しそうに注文をし出す。大人数でクレープ屋に押しかけているわけで、道行く人達の注目を浴びやすい。かといってアイドルの星咲目当てで群がる一般人はいない。なぜなら星咲はクラスメイトの中心部にいて、みんなに囲まれている状態であるからこれ以上の人だかりはできないのだ。
これは優一があみだした布陣らしい。
そんな完璧な布陣であっても、綻びを突かれることがある。
「あれ!? あれってホッシーじゃね!?」
「ガチもん!?」
「うっわー! 俺大ファンなんだけど!」
大声で自らの存在を主張するのは、ちょっと柄の悪そうなお兄さんたちだ。
頭にはいかつい剃り込みが入っていて、オシャレかつ威嚇できそうな髪型をしている。その風貌に似合う体格で、身長も180センチは超えているであろう大柄な三人組だ。
彼らは唐突に現れたと思えば、クラスメイトの輪をかき分け始めた。
「オラッ、どけよ」
「邪魔だから、お前ら」
「やばいな、生で見ると顔ちっちぇー!」
みんなの空気が怯えで凍りついてゆく。
俺は嫌な予感がして、星咲の傍に行こうとみんなを押し退ける。
そうこうしているうちに、クラスメイトの壁を突破した三人組は星咲に話しかけ始めた。
「俺らファンなんだよ」
「サインください」
「あと握手とハグも」
「お前、それはさすがによぉ。あっ、でも俺もしてもらっちゃうかなぁ」
不穏な発言に対し、星咲は毅然とした態度でニコリと笑う。
「ハグはごめんなさい。あとサインもすみません、事務所にNGを出されてしまいまして」
実はここ最近、星咲が通行人にサインをしてあげたというのが話題になってしまい、今まで有料物販を買って星咲にサインをもらっていたファンから残念だという声が上がっていたのだ。事務所的に星咲の付加価値が下がってしまうことを懸念し、サインをするのはストップがかかってしまっている。
「んだよ、ケチくせーな。サインは有料ってやつかよ」
「そのすまし顔、たまんねーなぁ。ちょっとムカつくけどよ」
「あ、そうだ。写真も撮りまくろーぜ」
「ちょっとぐらい、いいよな?」
「写真もできれば控えてください。今はプライベートですので……」
この返答に、三人組の表情は徐々に曇っていく。
「またNGかよ」
「ホッシーこの辺に住んでるの?」
「今から俺らと遊びません?」
「こいつらといるより、楽しい所に連れてってやるよ」
「今は…………クラスメイトと一緒ですので……」
チラリと星咲がクラスの奴らを見る。なぜ彼女がこんな失礼すぎる三人組に言い淀んだのか……俺にはその理由がわかった。
あいつはおそらく、この事態がみんなにとって迷惑になっていると心配しているのだ。確かに星咲は大物アイドルだけど、その前に一人の女の子で人間だ。
クラスメイトの奴らと普通にクレープの一つや二つ、食べたくなる時だってある。
「なんだよ。ファンサービスわりいな」
「何でもかんでもダメって、ちょっとゲンナリですね」
「ホッシーがこの辺に出没するって、SNSで拡散してもいいんだぜ?」
「それは困ります……」
「ならちょっとぐらい俺らに付き合えよ」
「ダメなら腹いせに、こいつらをボコってもいいしな」
「警察、呼ぶ? 復活ライブ直前にホッシー警察沙汰! ビックニュースになりそうだな?」
ゲラゲラと笑う三人組に、ますますクラスメイト達は黙りこむ。この状態をどうすればいいのか、戸惑っている奴らが大半だ。
「……わかりました。ついて行きますので、騒ぎ立てないでください」
周囲の評価や視線はアイドルをやっている以上、重要だし気にするべきだ。だけど、こんな些細な自由すら奪われて、クラスメイトの気持ちを配慮し、自分を犠牲にする生活を強いられるなんてあまりにも不憫だ。
「ちょっと待てよ」
だから気付いた時には、星咲の前に立っていた。
星咲を隠す壁のように割り込んできた俺に対し、三人組はすごい形相で睨んでくる。
そんなのには構わず、尤もな意見を述べておく。
「お前ら失礼すぎるだろ。アイドルだって大変なんだから、少しは遠慮しろっての」
いくら相手が体格的に大きかろうが、今の俺には【魔法力】がある。
なので、どう相手を傷つけないでこの場を乗り切るかが課題だ。
「てめぇ! ぶっころされてぇのか!?」
案の定と言うべきか。マンガみたいな台詞を、唾と共に吐き出してくる三人組。
俺は1ミリも恐怖を感じなかった。