TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する






録音スタジオの片隅、音が漏れないよう重ねられた吸音材の壁に囲まれて、

僕たちは最後のトラックを作り上げていた。


深夜零時。機材のライトだけが灯る静かな空間。

PCのディスプレイには、波形が並び、重なり、ひとつの呼吸になろうとしていた。


「……このAメロ、さ、もうちょっと息抜いたほうがいい気がする。感情込めすぎると、輪郭が崩れそう」


僕がそう言うと、若井はギターの弦を軽く鳴らしながらうなずいた。


「じゃあ、コードはそのままで、リズムをちょい遅らせてみる?」


「うん。若井の指が決めたグルーヴに、僕の声、委ねてみる」


それは、信頼だった。

支配でも服従でもなく、ただ“音”に体を預けるという、純粋な協働だった。





「なあ、元貴」


「うん?」


「この曲がさ、誰かの再生リストにそっと残って、

夜中、イヤホンでひとりで聴いてる、そんな風景があったらいいなって思う」


「……きっとあるよ。それに、僕がまずそうする」


若井は笑う。その表情が、少し照れて見えた。


「じゃあ、元貴が誰かの“最初のリスナー”ってわけだね」


「僕だけじゃなくていい。……でも、最初が僕なのは、ちょっとだけ嬉しい」





数分後、テイクが始まった。


若井のギターが鳴り出す。

抑制された響き、少しだけ余白を残したアルペジオ。

その上を、声が滑り出す。


──さよならを繰り返すように、君のコードが、僕を呼んだ。


レコーディングルームの外、無人のビルに夜が降りていく。

だがこの場所だけは、何かが生まれていた。


重なった音。交わった余韻。

それは、ふたりだけの“秘密の記録”になった。





「なあ、元貴」


「うん?」


「もしも、誰にも届かなくても……この曲は、俺にとって一番大事な曲になると思う」


「僕にとっても、そうだよ。若井とじゃなきゃ、この音は出せなかった」


目を逸らすことなく、まっすぐに言葉を交わす。

心の深い場所に、音楽じゃない何かが、ふと芽吹いていく。




アンサング・コード

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

231

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚