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ここはサンクエット帝国。エインデル王国の友好国で、先日エルトフェリアで笑わされ『お尻が終わりかけた』と兵士達に愚痴をこぼしながら帰った王妃と王子が属する国である。
国の中央にある城、その主である帝王の自室にて、数名の人物が真剣な顔で一点を見つめていた。
「おい……誰か」
「申し訳ございません」
「我々には荷が勝ち過ぎておりまして」
「開けて読むだけですよ。難しい事ではないでしょう?」
帝王、王妃、宰相、侍女長、軍の元帥が、震える手で紅茶を飲みながら見ているのは、1つの厚く大きな封筒だった。その内容とは、
「いいから読むのだ宰相! エルトフェリアの報告書ではないか!」
「退室願いはどうやったら聞き届けられますか!?」
「軍は全く関係ないですよね! なぜ私がここにいるのでしょう!」
エルトフェリアの報告書。最初こそ楽しんだり羨ましいと思いながら、可愛いと評判の店員達の情報を得ていたが、最近では不可思議な報告と意味不明な文章が多く、真面目な者ほど頭を悩ませる自体にまで発展しているのだ。
特に、現地に行っていない帝王、侍女長、元帥は、読んだ後に寝込んだ実績もある。
王妃と宰相も、かつての厳しい視察を思い出したり、王子の無謀な恋愛事情に頭を悩ませたりしていた。
『無視していいかな……』
国のトップとして情けない言葉が、5人分見事に揃った。
そういう訳にもいかない事はよく分かっているので、勇気を振り絞って封筒を開けるという考えにシフトする。
「ふぅ……」
帝王が意を決して手を伸ばそうとした。しかし、それより早く元帥が封筒に手を置いた。
「ここは私が開けるべきでしょう。諜報員は軍の所属ですからな」
そこへ宰相から待ったがかかる。
「いえ、エインデル王国に関する重要書類です。私が責任を持つべきでしょう」
「お待ちなさい」
王妃が2人を止めようと、手を伸ばした。
「これは我が息子個人にも関わる可能性があります。たとえ貴方達にですら見せて良い物かどうか、わたくしが判断せねば」
3名が静かに睨み合った。
覚悟を決めていた帝王は困り果て、侍女長は事態を重く見たのか、少し下がる。
無言になった3人を見て、ようやく帝王が声を上げるタイミングを掴んだ。
「待てお前達! ここは最高責任者として吾輩が読むべきだろう!」
少し声を大きくし、手をかざして自らの威厳を見せるようにふるまった次の瞬間、
『よろしくお願いいたします』
「おいこらぁっ! なんなんだここまでの無駄なやり取りは!」
3人ともノータイムで封筒を帝王に差し出した。
「少しはエインデル王国を見習おうかと思いまして」
「コントは見習わんでいいわ!」
ともあれ、自分達で緊張を霧散させた帝王達は、報告書を開く事に成功した。
そのタイミングで侍女長が瓶とグラスを持って戻ってきた。
「お酒を用意しました」
「助かる。正直素面で正気を保てるか分からぬ……」
報告書を読み始めて間もなく……
「なんでヴェレスアンツにあの子達が!?」
王妃が立ち上がった。
ヴェレスアンツには息子である王子も向かっているのだ。
慌てて王妃が報告書を奪い取り、ものすごい速さで読み進める。
(まずいまずいマズイマズイ! あの子とニオちゃんが出会って、何かの間違いで連れかえったりしたらっ)
王妃は恐れているのだ。誰よりも大人しい乙女な元魔王が、王子という存在に憧れたりしないか、王子が口説いたりしないかを。
魔力も見た目も理想を超えているが、極秘で聞いたその出自が絶対に手に余るものだからだ。
王妃が焦っている横で、帝王も悩んでいた。
(ふむ、ニオ嬢か。誰もが可愛いと言う。しかも理想の少女像。どうにかして口説いてもらわねばな。というか見てみたいな)
王子によってニオの愛らしさを力説されたりもしているので、帝王はニオに興味津々。
一応王妃から極秘情報として魔王という事は聞いているが、実際に神に会っていないのと、エルトフェリアという魔境すら見ていないので、完全に信じて良いものかどうか迷っている。
「え、ええーっと、エルトフェリアで何があったのかしら!」
王妃は強引に報告書を読み進める事にした。すると、次々にあり得ない文章を目にする事になる。
──ネフテリア王女の一行が、ヴェレスアンツ12層に到達。
──ラスィーテのような層をパフィ殿が次々に料理し、荒らしまくる。
──最終的にヴェレスアンツの創造神を泣かし、エテナ=ネプトに似た13層へ進行。
「……ふぅ、報告書に冗談を書くなとあれほど」
「随分詳細な冗談ですね」
「………………」(あの時のままの事を、他のリージョンでもやってるの?)
流石に冗談としたいようだが、元帥と侍女長の手が震えている。王妃はエルトフェリアの滅茶苦茶な人材を目にしているので、あり得ない事ではないと思っている。
さらに読み進める。
──アリエッタ嬢が13歳程まで急成長し、1層の大地を抉り、山を消し飛ばした。
ガンッ
「ちょっとおおおおおお!!」
王妃がテーブルに頭を打ち付けながら叫んだ。
他の4人はその文章の意味が分からず、王妃にもどう反応したらいいのか迷っている。
「山を消し……?」
「次っ、次ぃっ!」
王妃はグラスの酒をグイッと飲み干し、ヴェレスアンツでの報告書を横に置いた。アリエッタ達が帰った後に調査した事も書かれていたが、ニオの魔法の事をチラ見して怖くなり、見なかったことにした。
次はファナリア(ニーニル)の報告書である。
──ニオ嬢が13歳程に急成長。あまりにも美人すぎます。自分があと20歳若ければっ。
「私情いれんなあああああ! え? なに? 成長!?」
「うわぁ、絶対美人になるわねあの子達……」
実際に見ている王妃と宰相は、アリエッタとニオを思い出し、納得した。
「いや成長って所はいいんですか? たしか7歳でしたよね?」
「あの子なら何があってもおかしくないですから」
「えぇ……」
宰相の証言に侍女長が困惑。
2人の少女の事を知らない3人が、『何があってもおかしくないって、何?』と言いたげな顔になっている。
実は、密偵は最初からアリエッタ達の一時的な成長の事を把握していた。ヴェレスアンツの情報共有と、ミューゼの家に入ったニオが、そのまま大きくなって出てきた事で、間違いないと確信したのだ。アリエッタが原因だという事も分かってはいるが、どういう能力なのかまでは把握出来ていない。
「あ、次は新作情報ですね」
侍女長がその場の空気を換えようと、次の報告書に目を通した。それはフラウリージェの新作をお披露目するファッションショーの報告。それは王妃だけでなく侍女長にとっても楽しみの1つだった。
──新作披露きた。もう無理、しんどい。
──全滅。
──ネルネちゃんとお付き合いしたいです。
──尊い。
「あの、新作の情報は……」
「どうでもいい感想しかないな」
「ちゃんと報告しろよ……」
「ぐっ、一番大事な情報がっ」
『へ?』
なぜか宰相が一番悔しがっている。なんだか妙に怖くて、他の4人はその真意を聞くことが出来なかった。
──ピアーニャ総長とその弟子の子も成長。どうやら13~14歳程度にまで成長する能力かと思われる。
「は!?」
「あのピアーニャ総長が成長……だと?」
「うそよ! わたくし達の永遠の赤ちゃんが!」
「皆様ド失礼過ぎませんか!?」
ピアーニャの容姿は、実は結構人気がある。ずっと幼児としての愛らしさを保っているので、各国の王族達からは娘や孫のように思われているのだ。子供達からも可愛がられたりする。まぁ、本人はそれが嫌で嫌で仕方ないのだが。
──成長しても美少女にしかなりませんでした! あのままさらに何百年といられたら、こちらの欲情が危険です!
──アリエッタちゃんをお姉ちゃんと認めた様子。尊いです! なんか出そうです!
「報告がなんか汚いな!」
「美少女になったって部分が台無しです……」
段々と密偵達の精神が心配になり、急いで読み進めるが、同じような興奮した文章ばかりで、これを有意義な情報かどうかは判断しづらいものとなった。
フラウリージェの新作やニオの事も気になるが、今一番気になるのはピアーニャの事である様子。
「ピアーニャ総長が成長ねぇ……」
「今日一番信じがたいな」
「いつか絶対抱っこしたいと思ってたのに。あのままが良いのに」
「幼いままやさぐれてるのに、成長したら美少女なんですね。生意気そうな想像しかできませんが、それが良いのでしょうか」
「うーん、想像できない」
リージョンシーカーの総長として顔が広いので、各国の要人にはしっかりと知られているピアーニャ。決して軽視されているわけではないが、その容姿によって浴びせられる温かい視線と扱いは避けようがないようだ。
全員がピアーニャの成長について否定気味な話をしていると、突然窓の外が明るくなった。何事かと全員が振り向いた瞬間、その光は部屋の中に満たされた。
バリバリバリバリ
『あばばばばばばばば!!』
その日、サンクエットの城がちょっと焦げた。
リージョンシーカー本部の執務室で、窓から顔を出していた元の姿のピアーニャに、ロンデルが話しかけた。
「なんで突然外に【狼狩の雷砲】を?」
「いやなんか、ミョーにムカムカきて、コッチにおもいっきり、うちたくなったというか……」
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