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「本日の会議を始めたい……と思うのだが……」
今は昼過ぎ。エルトフェリアの近所の建物でひっそりと行われる会議。本日の会議は各国の密偵の中から代表2人ずつが集まる、国際密偵会議とも呼べる集まりだった。
ファナリア以外の3カ国の密偵が情報を共有した事から始まったその会議は、いまでは5カ国の計10名が集う会議に発展していた。それだけエルトフェリアの話題が世界中に広まっているという事である。
「あの……いいのでしょうか?」
「ううむ……」
顔を仮面で隠した女性の密偵が、開始前におずおずとくぐもった声で質問をし、他の密偵達が困ったように唸る。
全員同じ仮面で顔を隠しているのは、これが他国の密偵との密談だからである。今はエルトフェリアを見守り護衛する同志だが、いつ国として対立するか分からない者同士なので、どの国の者か確信出来ないようにお互いを見えなくしているのだ。座る場所もシャッフルし、同じ国の密偵同士しか正しく個人を認識する事は出来ないだろう。
そんな密偵達の視線の先には、11人目と12人目の人物がいた。
「まぁ気にするな」
「気になりますが? ものすごく……」
スラリとした足を組み、金髪を揺らしながら11人目の人物は偉そうな態度で言い放った。大きくなったピアーニャである。
一時的でも成長し、伸びた手足で大人のしぐさが出来る事が嬉しいのか、その態度と表情は各国の王よりも尊大になっている。
「何故ここに?」
「わちらのコトを話しているんだ。きになるだろ」
「それはそうかもしれないですけど、本当に堂々と潜入する人って普通いませんよ?」
「はっ、なんだお前、他のリージョンからきて、大きくなったり小さくなったりマホウ以外のノウリョクをつかうヤツが、フツウだとでも思っているのか?」
「そりゃそーなんですけど自分で言っちゃいます!?」
相変わらず時々舌っ足らずな感じを所々に混ぜながら、密偵をバカにしたような感じで話す。すると、横から手が伸びてきた。
「ピアーニャ、めっ」
「はーい……」
12人目に頭をポンポンと叩かれ、ピアーニャはすぐに大人しくなった。それを見た密偵達の数名が胸に手を当て小さくうめき声をあげる。
「尊い……」
「じゃなくて、なんで!?」
なんでここにこの子がいるのか。そう叫んでしまいたい密偵が指す先にいるのは、大きくなったアリエッタ。
リージョンシーカーの総長であるピアーニャなら分からなくもないが、会話を半分以上理解出来ないアリエッタが何故会議にいるのか。そもそもピアーニャはアリエッタの事が苦手ではなかったのかという疑問もあるが、直接聞いていいのか迷ってしまい、口を開く事が出来なかった。
「ちゃんとミューゼオラ達のキョカはとったからな」
「そーゆー意味じゃなくて!」
「アリエッタは頼りになるからな……ヘンな意味で」
「最後に不穏な事呟かないでもらえませんかね!」
「他国の密偵の前に連れてきていい子じゃないでしょ……」
アリエッタを連れてきたのは、完全なる面白半分である。いざとなったらピアーニャが守る事も出来るし、最悪アリエッタが自衛するだろう。どうなるかは分かったものではないが。
さらに、ここにいるのはエルトフェリアの味方であり、ファッションショーにも時々出ている関係者のアリエッタやミューゼ達を守る事も仕事になっている。つまり全員がアリエッタ達の味方なので、ここはとても安全な場所ではあるのだ。
密偵達はアリエッタの事を、時々エルトフェリアに手伝いに来る美少女、ピアーニャにとっての弱点程度にしか認識しておらず、現在もデザイン提供の事はバレていない。ただ、全員が本気で可愛がっているので、ある意味手を出していけない超重要人物として扱われていた。
「えっと、何かお菓子……」
「買ってきます。飲み物も」
「出来るだけ急いでくれ」
密偵の女性1人が慌てて出ていった。子供2人がいるのに、何も出さないのは心苦しいという母性が働いたのかもしれない。
「えー、では、共有するとしよう」
アリエッタとピアーニャにお菓子を与え、結局普段通り共有会議を行う事にした。エインデル王国に属しているわけではないリージョンシーカーには、隠す意味は無いと判断したのである。
進行役は1人の男だが、この男が毎回進行役をしているわけではない。5カ国もいるので上下関係が発生してしまわないよう、進行役をくじ引きで決めているのだ。
情報の共有は、進行役から順番に行われる。エルトフェリアで得た情報の発表を各国が2人に分け、順番が回ってくると出来るだけ淡々と読み上げるのだ。
「クリムちゃんが新しいメニューを考えているので、呼ばれた3人で味見をした」
部屋の中がざわりとする。それでも読むのはあくまで淡々と。良い事も悪い事も事務的に読み上げ、個人に向けた嫉妬や詮索をしにくくしているのだ。
「6個ある丸い食べ物の中に、1つだけハズレがあると言われ、1人1個ずつ手に取り、同時に口に入れた。外はカリッとしていて、中は柔らかい、とてもおいしい食べ物だった。1回目は誰もハズレを食べなかった」
段々と密偵達の雰囲気が真剣になっていく。その隅で、アリエッタがピアーニャにお菓子を食べさせられている。それを視界の端でとらえた密偵の1人が密かに興奮していた。
「2回目、誰か1人が必ずハズレを引く状況で、真剣にどれを選ぶか迷ってしまったが、今回も同時に口にいれた。すると自分がハズレを引き悶絶。かなりマズく、涙が止まらなかった。クリムちゃんはやりすぎかと思ったのか、もう少し緩くしてメニューに追加するようだ」
という感じで、得た情報を各国に共有していく。
せっかくだから真相を教えてくれないかと、無言でその場にいるピアーニャの方を向いてみた。
「あそび用らしい」
『えぇ……』
こんな感じで、すっかり仲良くなったアリエッタとピアーニャがいる中で、情報共有は進んでいった。
「ネマーチェオン人のニンジンが、自分を料理するための包丁とエプロンが無いかやってきた。ノエラ氏はお洒落なエプロンを考えているらしい」
「ニオたんが裁縫の修行を始めた。最近やってきたご両親が、泣いて喜んでいるようだ」
「そのご家族だが、いまだにニオたんの出世の現実を受け止めきれず、今も時々突然放心するらしい。事故でも起きないよう、こちらにも注意を向けるべきかと思われる」
内容は主に世間話で語られそうな事ばかりだが、密偵達にとってはどれも超重要事項である。中でもフラウリージェ店員の超機密情報は、国に高く買い取ってもらえるのだ。
「シャンテちゃんがユオーラ国出身。しかも親しい男性がいる可能性が浮上」
ざわり
部屋の空気が大きく揺れた。密偵達は同様を隠しきれない。
これが本当なら、将来フラウリージェがユオーラに出店する可能性も出てくる。ユオーラの密偵が喜びの声を上げないよう、必死に耐えている。帰ったら全員で大騒ぎするだろう。
ここでピアーニャが、何故かアリエッタの髪を整えながら、爆弾発言をする。
「そういえばシャンテとアーシェがそんなコト言ってたな」
『は!?』
シャンテの事はともかく、アーシェの名まで出て、密偵全員から声が出た。
「ち、ちなみにアーシェちゃんの出身は?」
「サンクエットだぞ」
『ええええええ!!』
驚愕と歓喜の叫びが部屋に響いた。歓喜したのは当然サンクエットの密偵である。
こうして密偵の共有は終了した。
「じゃあサイゴは、わちから話をするか」
密偵達は一瞬固まったが、すぐに姿勢を正し、ピアーニャの方を見た。
ピアーニャはいつの間にか小さくなったアリエッタをだっこして、嬉しそうにアリエッタの頭を撫でている。アリエッタも嬉しそうに顔を蕩けさせている。
そんなものを直視してしまった密偵全員が、胸を押さえ机に突っ伏した。
しかしピアーニャはさらに仲の良さを見せつけるように、アリエッタの頭を自らの胸に抱き寄せ、かまわず話し始める。
「フラウリージェ店員ボシュウ中。ショウライの支店長も育成する。だから各国から3・4人ほど、サイホウが好きなヒトがいい……とのことだ」
こうして、目で見た光景と耳からの情報の2つともから致命傷を受けた密偵達は、ピアーニャとアリエッタが去った後に放心しながら情報を書き留め、フラフラとした足取りで各々の拠点へと戻っていった。途中記憶がちょっと抜けていたのか、どうやって帰ったのか本人は覚えていなかった。
あまりの情報量に一旦寝込んだ代表達は、夜に仲間に情報共有した。当然上へ下への大騒ぎである。
そして後日、伝えられた情報によってそれぞれの国の上層部が大震撼。国家ぐるみでフラウリージェへの就職を計画する事になった。なんならその国の王女まで立候補する始末。
そんな世界が大騒動になる原因となったエルトフェリア。その責任者であるネフテリアは、ニオと呑気に食事していた。
「ん~、これおいしいねー」
「おいしいですっ」
すっかりネフテリアに慣れたニオは、ネフテリアを姉のように慕っている。アリエッタに対しての恐怖は相変わらず悪化しているが。
「エプロン上手く作れそう?」
「ちゃんと作れますよぅ。今はフリルの練習中です」
「そっか、よかったよかった」
「お母さんにも褒められましたっ」
ニオは今、近所に引っ越してきた家族と一緒に暮らし、エルトフェリアに通って働いている。その幸せそうな顔を見て、ニオの前世を知るネフテリアはほっこりとした。
そしてふと考える。
(そういえば、新人募集の件は順調かしら。報告聞いたら予想通り相手国が大混乱しててメチャクチャ笑ったけど)
エルトフェリアの責任者は確信犯だった。
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