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男の名は高橋 健吾。広告代理店勤務の26歳のサラリーマン。
少しだけ茶色い短髪に、切れ長の一重瞼とすっと通った鼻筋。営業マンらしい常に口角の上がった唇という、まあまあのルックスは、男女ともにモテるものだった。
ただ唯一、見た目の欠点をあげるとするなら、身長が低いことくらいだろう。本人もそのことを自覚しているので相手にする女は、自分よりも背の低いコばかりを選んでいた。
でも男を相手にするときは、できるだけ背の高いヤツを選ぶ。組み敷いたときの快感が堪らないからだ。何とも言えない征服感が、胸の中を支配していくのを感じながら、相手を責め立てるのがとても好きだった。
そんな高橋が今日も熱心に、パソコンの画面に釘付けになる。自分好みの、新しい玩具を手に入れるために――。
つい最近この掲示板で落とした、自分よりも年下のリーマンとの相性はバッチリだったものの、1ヶ月も経たないうちに飽きてしまった。
好きなヤツが忘れられないという、悩みを抱えた男を抱いても、ソイツと比べられるんじゃないかと思ったら、ここぞというときに、気持ちが一瞬で萎えた。
たとえ身体だけの関係であっても、それ相応の駆け引きを楽しみたい高橋にとっては、相手の身長と同じくらい、モチベーションの維持が大事だった。
そんな少し前のことを思い出し、ため息をつきながら画面をスクロールしていく。
誰の手垢もついていない綺麗なヤツはいないかと、掲示板を巡回してみたのだが――『勇気を出して告白したら恋が実った』だの、『週末はじめての一泊旅行でドキドキする』なんていう、リアルが充実しまくっている書き込みに、祝福するレスがたくさんなされていた。
いつもの高橋なら、同じように『おめでとう!』の言葉を打ち込んでいただろう。周りに合わせていい人を演じるために、進んでやっていたことだから。
だが今日にいたっては気合いを入れて、綺麗なヤツを捜していただけに、ひどく落胆してしまい、それをする気にはなれなかった。幸せにあやかろうとする輩の中に、積極的に混じろうなんて思えない。
(仕方ない。県内限定の掲示板をチェックしてみるか――)
ブックマークしていた掲示板にアクセスし、1ヶ月前ほど日付をさかのぼって、書き込みされている内容に目を走らせた。
以前ここを覗いたときは『我慢できないくらいシたいです。〇〇で待ってます』や『ヤらせてくれる人募集中』など、下半身の処理に困ったヤツばかり集まっている、ハッテン場状態だった。
自分と同じゲイが県内に大勢いるなと失笑し、どうしても困ったときに使おうと考え、高橋はそこをブックマークしていた。
読み進めても下半身に関する出会い系のコメントだと、冒頭を読んだ時点でわかるのに、いつもの癖で最後まで読んでしまう。そのせいで、無駄に時間がかかってしょうがない。
(まったく。何を期待して、最後まで読んでしまうんだか……)
「チッ、嫌になるな」
仕事でもないのに、妙なところにクソ真面目な自分に苛立った瞬間、おかしな文章が目が留まった。変なところに句読点があるせいで、すごく読みにくいものだったのだが――。
それは今から3日前のコメントで、告白するかどうか迷っている文面だった。
『高校生です。テニス部の、1つ上の、先輩の事が、すごくすごく好きなんです。きっかけは、新入部員として、入部した僕を指導してくれたことなんですけど、先輩が体に触れるたびに、ドキドキして、緊張します。他の新入部員に比べると、明らかに、自分に触っている感じがして。でも意識しているから、そう感じてしまっているところも、あるかもです。この気持ちを告げたら、避けられるかもしれないと思うと、すごく怖い。でも先輩を思う気持ちが、日ごとに大きくなってきて、どうしていいか分かりません』
そんなコメントに、たくさんの返事が書かれていた。出会い系のコメントの数を、簡単に上回るくらいに。告白を支援する意見と反対する意見が同じくらいになされている様子に、高橋は瞳を細め、じっと考え込む。
人を好きになったことがない彼にとって、この高校生のコメントは意味不明な点が多くて、まったく理解できなかった。恋愛なんて、脳の誤作動から起きているとすら思っている。
高橋が経験したことのない、恋愛するという感覚。それがわからない以上、このコメントに返信できなかった。しかし見る方向を変えることにより、すんなりと答えが出たりする。
心よりも躰――すなわち性的対象であるかどうか……。
相手がゲイなら問題ないことだがストレートの場合、同性にやたらと躰に触れられるのは嫌悪感に繋がる。自分の性癖を隠しながら、相手の反応を窺うことは結構至難の業(わざ)だ。
困難なのはそれだけじゃなく、恋は盲目あるいは麻薬と言ったもので、人は恋心を抱く相手を見ると、脳の一部の領域が活発になり、判断を含む多くの部分の機能を緩めるという実験結果が、海外の大学で出ている。その理由は脳がより生殖活動に集中するために、判断能力を鈍らせるらしいというんだから、結局人間は獣と一緒ということだろう。
それゆえに書き込みした高校生も、恋をしたことにより判断能力が鈍り、他の部員と同じように先輩が触れながら指導しているにもかかわらず、見誤っている可能性がある。
そう高橋は判断したのだが――。
恋に夢見る若者に現実を突きつけるなんて、そんな無慈悲なことをしないさと苦笑しながら、当たり障りのないコメントを残しておいた。
『まずはその先輩がゲイであるかどうか、確かめることが先決でしょう。先輩が君に触れた数だけ、同じように接触してみては? 嫌がる素振りを見せずに先輩が接してきたら、脈があるかもしれませんよ』
あわよくば、この高校生が個人的に高橋にアプローチをしてきて、直接逢いたいと申し出たなら、手取り足取りいろいろ教えてあげるのにという下心でコメントしたなんて、誰も知る由がない。