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職場で広坂を見かけるたび、胸がきゅんとした。しかし、流石に社会人歴が十年を超えるだけあって、山崎との経験もあるから、理性的な自身を彼女は自分のなかに構築した。慣れればなんとかなるものだ。
広坂と彼女の関係は広まっているに違いない。なにしろオフィスに姫抱きで突入したのだ。噂にならないはずがない。広坂は営業部部長に、彼女は総務部部長である金原に入籍予定の報告をした。あらあら、おめでとうと言われ、これまた拍手を送られた。
総務部所属である彼女は、引っ越しや結婚に伴い、なにをするのかを知っている。先ず会社での住所変更や定期券の清算、および申請を行った。改姓は、入籍してからすることに決めた。七夕に一緒になろうと誓ったあの男。いったいどれほどロマンティックな演出が待っているのだろうと、心待ちにする自分を発見する。
問題は、本日は水曜日。……生理が終わってしまった。一度快楽に泣き叫んでから、彼女は自分が楽になった。社会人としての仮面を脱ぎ捨て、彼女は、ありのままの自分を見せた。その変化を広坂は喜んでおり、『可愛い』『大好き』『いっぱい、わけわかんなくなっちゃって?』淫らに的確に彼女を追い込む。指と唇だけであんなにも女を狂わせる男を、彼女はほかに知らない。実をいうと帰宅するたび、疼いてしまい、あそこがとんでもないことになってしまう。彼女のその胸中見抜いてか、いつも彼女が玄関で広坂を出迎えるたび、彼は彼女をベッドへと運び、風呂よりも食事よりも彼女にありつくことを優先する。……言葉で伝えたわけではないのに、変化を悟り、彼女を最優先してくれる……仕事で疲れているだろうに。彼女にはそれが嬉しかった。あの山崎がいつ来るのかを待ち続けるあの悲しい日々がどこか遠い出来事のように感じられた。不思議だ。広坂と一緒になって一週間も経っていないのに。
この週末は、今度は彼女の実家に挨拶に行くことになっていた。両親には連絡をした。彼氏がいるということは匂わせてはいたが、山崎とのことは話していない。腐れ縁の男に捨てられて、素敵な上司に告白され、ぐらっといっちゃった……ある程度は、正直に話した。三十二歳にもなって、決まった相手のおらぬ彼女を家族は心配しているようだった。彼女の実家は宇都宮だ。折りを見て顔を出すようにしていたのだが、やはり、一生の相手を連れてくるとなると話は別物のようだ。家じゅう、彼女の結婚で持ち切りだと聞く。結婚式やその後については、それぞれの両親が、好きにしなさいと、彼らの意志を尊重してくれた。恵まれているなあ、と彼女は思った。結婚した途端、同居を求める親はすくなくはない。
さて今夜はカレーだ。鶏肉を昨日からヨーグルトに漬け込む、インド寄りのレシピ。広坂は、喜んでくれるだろうか……? 調理を終え、蓋をしたところで玄関から物音。「ただいまー」
反射的に彼女は玄関へと走る。もう、広坂の帰宅が待てないとすら思った。多忙な彼ではあるが、彼女のために、なんとか毎日八時には帰宅している――その誠意が伝わる。
「おかえり、なさい……」うるんだ目で広坂を見つめる。不思議と、会社では欲情しないのに――胸のときめきに悩まされることはあれど、このマンションで広坂を見た瞬間、彼女は、どっとあふれるくらいに――濡れる。
「手を洗ってくるね」宅にあがり、玄関にビジネスバッグを置く広坂。このあとの展開は、決まっている。姫抱きにしてベッドへと運ぶのだ。そして、入念に彼女を愛しこむ――。
がひとつ違ったのは、
「今夜は、きみのどろどろのあそこを舐めたいんだけど――だめ?」
ストッキング越しに、衣類越しに最初に愛撫をするのが広坂の流儀のようだ。パンスト越しに舐められ、撫でられるだけで――ぞくぞくする。広坂の目つきは、真摯で。大切な宝物に触れているという感動、喜びが伝わってくる。だから彼女は安心して自分を委ねられる。
いつもなら首筋、そして胸元を攻める彼であるが、今夜は、違った。すべすべの彼女の膝頭からうえにかけて、指を走らせ、――やがてその繊細なタッチが、男を欲してやまない部分へと――辿り着く。
「ああ、ぐっちょりだね……ね、匂い嗅がせて」
でも、という思考は丹念なる愛撫で既にねじ伏せられた。彼女の沈黙を、肯定と解釈した広坂が、彼女のスカートをまくりあげると、顔を――突っ込む。
「ひゃあ、あっ……」豊満なバストを揺らし、彼女はパンスト及びパンティ越しの彼の愛撫を受け止める。じゅう、じゅう、と鼓膜を刺激する、吸い上げるその音に、彼女はたまらない気持ちになった。「だめ、まだ今日、お風呂入ってないから……洗ってから」
「夏妃の匂いがおれは好きなの」動じる様子もなく、指で、どんどんあふれる蜜の源を探りながら、「ああ……すっごい、夏妃のえっちな香り、……たまんないよ」
「――ん。やぁっ……」彼女は淫らな声をあげた。そんな行為、されるのは初めてだ。「どうしよう、わたし、わたし……!」
広坂のまえでは驚くほど素直になってしまう。こんな自分をさらけ出す相手は、広坂だけだ。
短く叫んだ彼女。眼前に閃光が弾ける。涙をぼろぼろと流し、全身快楽に貫かれた彼女を、いつもは広坂は抱き締めてくれるのだが、今夜は、違った。「もっともっと、きみの新しい一面が見たい。――脱がすよ」
放心状態の彼女を丸裸にし、膝を割らせると思い切り、顔を、突っ込んだ。
涙を流して彼女は叫んだ。布越しもたまらないのだが――じれじれと欲求が加速されて。でも、じかに舐められるのとは段違いだ。信じられないくらいの、快楽を提供してくれる。
用意のいい彼は、そこらにあったタオルを彼女のからだの下に敷いた。これで存分に蜜を垂らせる―――彼なりの配慮だったのであろう。
広坂の指で舌で、恐ろしいほどに濡れてしまう。蜜の垂れる量といったら、肛門に辿り着くどころか、下のタオルをぐっしょりと濡らすほどだ。
「夏妃のここ、あまい……」愛撫のさなか、広坂が言う。「すごいね……どんどん、夏妃のなかからあふれてくるよ……ね。すごく濡れてるの――分かる?」
未知なる快楽に酔いしれる彼女は手を伸ばす。しっかりと手を繋ぎ合ったまま、広坂はどんどん彼女の新たな一面を、引き出していく。
「……指、入れてもいい? やさしくするから……」
広坂に心酔する彼女はただ頷いた。すると――何度も何度も、彼女のからだをこころを気持ちよく導いた広坂の繊細なる指が――入り込んでくる。驚いたことに、指を深く入れられるとまた彼女は、到達した。
「ああ、膣がしなってる……また、いったんだね、夏妃」広坂は彼女に覆いかぶさると、熱い息を耳に吹きかけ、「よぅし。おれは意地悪だから、もっともっと……夏妃のことを、気持ちよくしたげるよ……」
しっかりと濡れた状態で受け入れればこんなにも気持ちよくなるのか。自分のからだとこころの変化に、彼女は驚きを禁じ得ない。元彼氏とのセックスはなんだったのだろう、と問いただしたくなる。振り返ればあれは――セックスではなかった。気持ちを伴うものではなかった。大して濡れもしない状態の彼女のからだを使ったオナニーであったと……広坂の手で、狂わされるほどの絶頂に、幾度となく導かれたいまの彼女なら断言出来る。あれは、セックスではなかったと。
てらてらに広坂に舐められた乳房を揺らし、ありったけの享楽を、涙と嬌声で表現する彼女に、「もう一本、増やすね……大丈夫そうだから」
指が一本増えただけで、なにかが違う。届かない自分の奥底を、秘めた想いを、広坂の手でかきだされているような気分だ。胸の奥に秘めた想いを。
「夏妃の襞襞が、からみついてくるよ……」うっとりとした声音で広坂。「ああ、たまんないな……夏妃。気持ちいい……?」
涙を流しながらこくこくと夏妃は頷いた。――けれど。自分ばかり気持ちよくなっているので、これで――いいのだろうか。ところてんのように、どろんとした状態で、力が入らないまでも彼女は目を開いた。広坂はまだ――ワイシャツとパンツ、会社員の姿だ。自分だけはだかなのがなんだか、申し訳ない。
「無理しなくていいよ。夏妃」彼女の胸中を看破してか、広坂が言う。「ぼくは、したくて、夏妃をこうしているんだから……激しくしても、大丈夫? ちょっとでも痛かったら、言ってね……?」
言葉通り、広坂は指先を加速させる。甘やかなそのリズムに酔いしれながら彼女は、もう、これなしでは生きていけないことを彼女は、確信していた。
「夏妃。……夏妃」
「なぁに? 譲さん……」
「愛している」ぎゅっと広坂は彼女を抱き締め、「ぼくは、きみを、こんなに愛せるだけで幸せだ……女の子を気持ちよくさせることで、こんなにも、自分が幸せになれるだなんて、いまのいままで、ぼくは、知らなかったよ……」
彼女は、広坂の恋愛遍歴を知らない。聞いてもいない。聞けば嫉妬するに違いないから、怖かったのだ。
「でも、わたしばっかりで、譲さんのこと、しなくていいのかって……」
「いいんだよ。わけわかんなくなるくらい追い込んでるのはおれのほうだよ。それにね。もし、そういう行為をするんだったらやはり、最低限、きみのご家族に挨拶をしてからだと考えている。
ぼくが見ているのはあくまで会社のなかにいるきみ。それから、ここで美味しそうにご飯を食べるきみ、やらしいときのきみ……なんだから。
人間にはいろんな側面がある。きみのことをもっと知りたい。知ったら、もっともっと好きになるだろうという、確信がぼくのなかにあるのさ」
ここで、ぐぅうと彼女のお腹が鳴った。そっかそっか、と広坂は彼女を起こし上げ、「お腹空いちゃうよね。さき、ごはんのほうがいいかな? いつもいつも熱っぽいうるんだ目で、きみはぼくのことを見てくるもんだから、ぼくは、我慢が出来ないんだ……。
ああそうだ。出血してたら教えて? 爪は短く切ったんだけど、そういうことって、あるらしいから」
「……分かりました」
「ぼくも空腹は感じる。でもなんか、胸がいっぱいだよ。きみのことを散々、貪ったからかなあ?」並んで手を繋ぎ、キッチンへと向かう。料理を運ぶのを広坂は手伝ってくれる。タフな業務で疲れているだろうに、疲れも見せず。そのとき、彼女は感じた。……宅で、無理ばかりさせて、広坂に、安らぎはあるのだろうか? と。
「広坂課長。あの……」
「きみときどき課長呼びになるよね。ま男の憧れの設定だから悪かないけど」ダイニングに向かい合って座る広坂は既に眼鏡を装着している。彼は身を乗り出し、「なにか、悩み事? それとも相談?」
「わたしが来てから広坂さん、疲れてませんか」
目が見開かれた。目の大きい広坂のこと、ケント・デリカットみたいだ。鼻の穴も膨らませた彼は下を向くと、くくくと笑った。笑いはすぐには収まらないらしい、腹を押さえて笑い続ける有り様だ。
「あの、広坂さん……」
「ああごめん」涙を拭うと広坂は、「心配かけてごめんね。笑ったのはその、……ぼく自身、満たされてるから。ひとりっきりでこんな部屋住んでるとそりゃ、荒むっていうか。まあそれなりに楽しいんだけど、きみが来てからは『それなり』が『とびきり』に……変わったんだ」
「でも、どうして」彼女は箸を置き、「課長って、わたしに、与えてばかりじゃないですか。辛くないですか? わたし、山崎に尽くしてばっかりだったから、分かるんです……」
「いや、全然違う」切り替えの早いひとだ。笑みを消した真顔で広坂が応じる。「きみから聞いた限りでは、山崎は、美味しいところどり、だったんだよね……男としての責任を取らず、妙齢の女性を自分の都合のいいように振り回しっぱなしで、で美味しいご飯が食べたかったり、浮気相手にポイされたときだけきみに頼る。きみという尊い存在に対する、冒涜だ。
きみの、場合は、違う」
途端、彼の声音がおだやかなものとなる。「きみは、ぼくがどう思っているのかを考えて行動してくれている……山崎の言動を思い返せば分かるだろう? 肩を並べて歩くパートナーとしてではなく、便利な母親役として、きみのことを、利用していたんだ。ぼくのこの推測はあながち、外れていないとは思う」
「でも、……失恋の痛手から立ち直るために、あなたを利用したって考えることも……」
「提案したのはぼくだ。きみがそんなに背負うことはないよ。それに、いいじゃない。新しい恋愛。男の傷は男でしか癒せないっていうだろう? 恥じることはないさ。それとも、きみは、ぼくと関係を持ったことを、恥ずかしいとでも――思っているのかい?」
「いや、とんでもない」彼女は両手を挙げた。「ただ、……きっかけがきっかけだっただけに、なんというか、もっと、フラットな状態で課長と出会いたかったなあと……これは単にわたしのわがままなんですけど……」
「うし。それならやってみよう」何故か顔を嬉々として輝かせる広坂。「場所は、どこがいいかなあ? 渋谷? それとも新宿? 或いは、駅前でおれと待ち合わせる……?」
なにを言っているのかが分からない。だが、広坂がなにか提案していることだけは分かった。直感的に彼女は、「新宿、かなあ……なんか好きな街ですし」
「よし来た」にっこり笑う広坂は、「じゃあ、明日、ベタだけどルミネエスト前で。聞いて夏妃。ぼくは明日きみと――
初対面の男を演じる。
もう一度、恋に落ちよう」
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