コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
帰り道。夜の街灯が、薄ぼんやりと歩道を照らしていた。私は獅子合と並んで歩いていた。はぁ……
隣で、獅子合が重いため息をつく。
「美紀さんから聞いた。やはり……二十五までしか生きられないんだな。」
「……まぁね。」
軽く笑ってみせたが、獅子合の顔は冴えない。
今はこんなに元気なのに、二十五で死ぬ——。そう考えると、納得できないのだろう。無理もない。
「今は、本当に何もないのか?」
獅子合が真剣な眼差しを向けてくる。
「星屑を吐くこと以外はね。」
「……それならいい。」
そう言うと、獅子合はふと手を伸ばし、私の頬にある星形のほくろにそっと触れた。
「このほくろが、うらめしいぜ……」
「そういうこと言うんだね、獅子合も。」
「……まぁな。」
彼は静かに笑う。——その笑顔が、少しだけ苦しそうに見えた。
そうして歩くうちに、ビルの前に到着した。
「明日夜、迎えに来る。支度して待っていろ。」
「わかった、待ってるね。」
私が階段を上がる間、獅子合はずっとこちらを見つめていた。まるで、この姿を目に焼き付けるように。
——彼は、何を考えているのだろう。私は一度も振り返らず、自分の部屋へ戻った。
獅子合は、速水が運転する車の助手席に乗り込んだ。後部座席には、佐山もいる。エンジンがかかり、車は静かに夜の街を走り出した。
「獅子合の兄貴、本当なんですか……玲子の姉貴が、星散病にかかってるって。」
速水がぼそりとつぶやく。
「本当だ。あいつは、来年死ぬ。」
「……あんなに元気そうなのに、不思議だよねぇ。」
佐山が、窓の外を眺めながら言った。
「まるで神様に連れ去られるみたいに、死んじゃうなんてさ。」
速水は、それを聞いて黙り込んでしまう。信号が赤に変わり、車がゆっくりと止まる。
「……神様って、いるんですかね。」
そう呟きながら、速水は空を見上げた。ビルの間に広がる、静かな夜空。まばらに輝く星々が、遠い世界を照らしていた。
「さぁ……どうだろうな。」
獅子合は、ただそれだけを返すしかなかった。
「美しい奇病」——世間では、そう呼ばれる奇病の数々。玲子の星散病だけではない。
今回、連れ戻しに行く三兄弟もまた、何かしらの「美しい奇病」にかかっている。
まるで、神様から授かったギフトのように。——美しく、希少で、儚い。だが、もし本当に神様がいるのなら。
獅子合は考えていた。
なんで俺たちを引き合わせたんだろう。
——二十五で死ぬ彼女と、極道に入った以上、いつ死ぬかわからない俺を。
一方、ビルの中では私と優香がくつろいでいた。
「へぇ、そっか。美紀に会ったんだね。」
「うん、きれいな赤髪の人だったよ。」
私はコーヒーを飲みながら、優香が見せてくれたロンドンでの写真を眺めていた。写真の中で、優香は大学のキャンパスで楽しそうに微笑んでいる。優香もロンドンの大学出身で、英語はペラペラだった。確か、美紀は医学部で、優香は考古学を学んでいたはずだ。私は大学は卒業しているが、優香や美紀のような海外の大学ではなく、普通の日本の短期大学だった。
「それで検査結果は?」
優香が私に尋ねると、私は少し沈んだ表情で答えた。
「やっぱり、二十五で死ぬんだって。体中に星屑があるみたい。」
その言葉に、優香は一瞬、心が重くなった。星散病のことはもう知っていたが、改めて言葉で聞くと、その重さを感じずにはいられなかった。優香が冷たい氷をグラスに落とし、静かな音を立てる。周囲の空気が一瞬、凍りついたような気がした。
「そうか……」
優香は何も言えずに、ただ頷くだけだった。優香は少し笑いながら、呟いた。
「もし君が二十五よりも長生きしてくれるのなら、雨宮家の財産をすべて継がせようと考えていたのだが…」
私は薄く笑いながら、優香の言葉を遮った。
「むしろ私が財産になるんだよ、優香。」
優香はその言葉を聞いて、ふと目を伏せ、涙を浮かべたように見えた。
「そうだな……」
優香は涙を流しそうにしながらそう言った。優香が私を引き取った時から、私が星散病だということは知っていた。それなのに、優香は私を大切に育ててくれたのだ。奇跡が起きることを信じて、私の未来に希望を持ち続けてくれた。しかし、現実はそんなに甘くはなかった。私はコーヒーを飲みながら、そんなことを考えていた。
星散病だと知る人は少なくない。この星形のほくろが私の体に刻まれているせいで、今まで会った人たちにはそれを見抜かれてしまっていた。だから、よく「死ぬのは怖くないのか」と尋ねられることがあった。最初は、怖さを感じることもあったが、次第にその質問に答えることに疲れてきた。今では、もう覚悟が決まっているのか、「怖くない」と返すことができるようになった。だが、それでも時には、恐ろしいことがあった。ヤクザに命を狙われたのだ。「死ねば金になる」「貴族様に売りつければ高値で買ってくれる」—そう思っていたのだろう。私の命を奪えば、それだけの価値があると信じていた。しかし、その陰謀は春川組の手によって阻止された。春川組は、私を引き取った優香の父、卓蔵がつながりを持っている組織で、卓蔵は有名な剣術の師範でもあった。彼は私を守るため、剣術を教えてくれた。おかげで、私は春川組に負けず劣らずの剣術を身につけることができた。それでも、卓蔵や優香が私を守ってくれたおかげで、私は今ここにいる。
私は何も答えられなかった。彼女がこれまで自分のためにしてくれたことに、感謝の気持ちが込み上げてくる。しかし、今、彼女にどんな言葉をかけても、それがどれほど大切なものだとしても、もう遅いのだと感じていた。優香が涙を流すのを見て、私は何も言えない自分が歯がゆかった。優香と一緒に過ごしてきた日々は、私にとってかけがえのないものだった。