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「もうそろそろ店閉めるから、今日もチョコレート食べてって」
僕の座っている席の、テーブルの上にショコラートを置いてそう言うのは
4つ年上で幼馴染の|太齋 敦《だざい しゅん》
このお店、ショコラトリーの店主でもある。
「うわあ!今日もおいしそう…というか本当にただの常連な僕が食べていいのか…..っ」
テーブルにならぶチョコレートたちを眺めて、恐れたように呟く僕の名前は、|平野 宏樹《ひらの ひろき》
どこにでもいる平凡な大学2年生で、恋愛対象が男のゲイ。
さらに、腐男子でもある。
僕は太齋さんの店に通うこと数年…
常連という枠組みに括られる客なのだろうが。
「いいのいいの、これ新作だから身近な客の素直な意見が聞きたいし、幼馴染のよしみってやつ!」
「太齋さんにも得があるなら、いいんですけど」
「ありまくりだよ。ってかそーだ、そんなに喜んでくれるなら今度ひろくんが好きなカプのチョコレート作ってあげる」
「え?!そ、それは…かなり気になりますけど…っ」
「対応が良すぎて逆に怖いんですけど?」
「ふふっ、決まりね~」
そんな会話を交わすと
つい手を止めて妄想に気を取られていた瞬間に、小皿に入ったココアマドレーヌを口に突っ込まれ
「んぐ…っ!急になにし…って、…やば、これも、甘さがちょうどよくて……」
思わず本音が溢れる。
それからというもの、暇さえあれば味見係?として店の閉店時間にチョコを一緒に食べる…
ハイティーのような時間を共に過ごすという日々が出来上がっていた。
ある日の閉店後…
いつもの様に2人で向かい合うように席に座りチョコレートを嗜んでいたとき
「でもここ1週間ずっと疑問なんですけど…」
「疑問?」
「幼馴染で常連だからって店の商品ををタダで食べさせてくれる上に」
「そっその.……推しカプまで作ってくれるとか…いいのかなあ…って、クオリティも高いですし…」
僕にしか得がないような気しかしないし、太齋さんの負担になってないのか気になってしまう。
ふと理由を聞いてみると、太齋さんはキョトンとした顔をしたかと思えばテーブルに肘を着いて
今度は小悪魔みたいな笑みを浮かべながら口を開いた。
「なんだそんなこと?」
「だってひろくんに食べさせればすごい細かい感想くれるじゃん」
「そ、そうですか?」
「うん。あとチョコレート食べてるひろくんかわいいし」
「へっ……かわ?」
「あと、食べ方がえっちだから見てて飽きない」
「え、えっ…ち、って」
当たり前みたいな顔でサラッと言ってくるものだから自衛のしようがなくて
フォークで刺したチョコレートを皿にコトンっと落とすぐらいには動揺してしまった。
(太齋さんと言えど、無駄に顔がいいから照れる……っ)
そんな僕の心情を知ってか知らずか
顔に出てしまっていたのか
「ふっ…ひろくんってすぐ顔赤くするよね」
なんてトドメを刺されて
陰キャのつまらないツッコミをする余裕すらなく
「か、からかうのはやめてください…心臓に悪い…っ」
手で顔を隠しながらそう言うと
クスクスと笑う太齋さんに「隠さなくてもいーじゃん」と言われ、穴があったら入りたいとは正しくこのことだろう。
照れながらも手をどけると、早く食べてお礼行って帰ろ!と思い、皿に残っているチョコを口に詰め込んで噛むことなく一気に飲み込んだ。
濃厚なチョコの味は消えることはなく、思わず頬が緩んでしまった、本当にいつも罪なチョコを作る。
むしろ僕を辱めさせるのが
チョコを食べる代償?!
戒めなの?!
なんて考え始めてしまう自分をなんとか落ち着かせる。
「ご、ごちそうさまでした、!」
慌てて椅子から立ち上がりバックを肩にかけて店から出ていこうとすると、靴紐に足を引っ掛けて体制を崩してしまった。
やばい、転ぶ!そう思い目を瞑ったものの、いつまでたっても痛みはやってこない。
(あれ……痛くない……?)
ゆっくりと目を開けると
間近に太齋さんの整った顔があって
どうやら転びそうになった僕を彼が抱きとめてくれたらしい。
「あっぶな~……ひろくん大丈夫?怪我してない?」
太齋さんから離れて自分の足で立つと
心配そうに僕の顔を覗き込んでくる太齋さんに
「す、すみません…引っかかっちゃっただけなので大丈夫ですよ」と返す。
太齋さんは、なら良かった、と言って笑みを浮かべると店のドア前まで見送ってくれた。
「じゃ、今日もありがとね~、助かったよ」
「全然…!こちらこそ…本当にごちそうさまでした。」
軽く頭を下げて太齋さんに背を向けると
(今日の太齋さんにはなんだかキュンとくるものがあった…イケメンの力ってすごいな本当…)
なんて考えながら帰路についたのだった。
数日後…
僕はいつものように太齋さんのお店に大学の課題の片付けがてら足を運んでいた。
「いらっしゃい、ひろくん。今日もいつもの?」
店に入るなりカウンター席のいつも座っている椅子を太齋さんが引いてくれる。
「ありがとうございます…えっと、今日は…」
それががなんだか照れくさい気もするけど。
それからはいつも通り気分に合ったチョコを食べながら課題をやっていたのだが
ふと太齋さんの方に目がいく。
いつも僕をからかってくる軽薄な男も仕事となれば違う。
姿勢や作業中の眼差し
注文を受ける時のスマイルはとても眩しく
女性客にプライベートなことを聞かれても
その場の雰囲気を壊すことなく軽快な返しをしてお客さんを満足させて
同じ男として惹かれるものがあって、思わずじっと見つめてしまうものがある。
視線に気がついたのかこちらに目線だけを向けてきて
その様子はまるであざとい小悪魔のように見え、思わず心臓が跳ねる。
僕は反射的に目を逸らし再び課題に目を落とした。
(って、何まじまじと見てるんだ…!課題に集中しないと…っ)
考えられる可能性はひとつ
最近ハマっているBL作品の攻め様に少しばかり雰囲気が似ているから
つい見入ってしまうのだろう。
そんな僕の様子を見てなのか
太齋さんはニヤりとした笑みを浮かべながら
僕が追加注文したフォンダンショコラコーヒーを運んでくる。
目の前に置かれたフォンダンショコラは
綺麗なきつね色をしていて
生クリームとミントが見た目の美しさを醸し出していた。
そして太齋さんは食器を全て置くと
飲み物はいらない?と聞いてきたので、あっ、じゃあココアで、と返事をする。
暫くするとホットココアが運ばれてきた。
ふと周りを見ると
ここら辺じゃとても有名なショコラトリーなだけあって
連日客足は途絶えないし、店を開けてからすぐに売り切れるほど人気のお店だ。
太齋さんがイケメンなだけあって客層の9割が女性で溢れているし
昼間は子連れさんも多く、太齋さんを見たいがために来る人も少なくはない。
もちろん太齋さんの作る絶品なチョコレートを食べに来ている客がほとんどだろう。
僕もそのうちの一人だ。
店も集中できるよう空間なことから
チョコレートを食べながら着々と課題を勧めることができるからこのお店も
一口食べれば疲れが吹き飛んでしまう太齋さんのチョコレートも気に入っている。
(課題も終わったし…美味しいチョコも食べれてほんっと幸せ…持つべきものはショコラティエの幼馴染だなぁ…)
そう思いながら、紙コップに入ったココアを飲み干すと、裏面に何か紙が張り付いていることに気づいた。
カップの後ろを確認すると「課題、お疲れ様︎」と言う文字の後に可愛い手書きの四つ葉のクローバーが描かれており、更に癒される。
こういう気遣いも忘れないから、人気なんだろうな、とつい感心してしまう。
そこから数日が経ったある日、いつものように太齋さんのお店へと向かいドアを開けるといつもと違う光景が広がっていた。
(うっわ……すっごい人…….)
今日は休日ということもあってか普段よりも多くの人が店に入っていて、席を探すのにも一苦労しそうなほどだった。
空いていた窓側の席に座ると、いつものように太齋さんが注文を取りに来た。
昨日はバイトの給料日ということもあり、スイーツをいつもより奮発して食べる予定でいた僕は
よく食べるフォンダンショコラ1つ
ガトーショコラ2つ
生チョコタルトを1つ
それとテイクアウト用にチョコマワインと、濃厚チョコチーズケーキを1つずつ注文した。
注文を受けると太齋さんはにこりとしながら「本当にひろくんチョコ好きだねぇ」と言われ
つい「太齋さんの作るチョコは格別ですから」と返す。
すると太齋さんが「まじ?嬉しいこと言ってくれるじゃん〜」といつもの調子で返してくる。
そうして、太齋さんは
そのまま厨房へと戻っていき
少しするとお皿にのせたフォンダンショコラやケーキを持ってきてテーブルに置いた。
お礼を言えばすぐにほかのお客さんから注文を受けたり飲み物を作ったりと忙しなく動いていた。
よくよく考えてみれば、この人数を一人でこなしているんだからすごいなあ…….
なんて思いながらフォンダンショコラを口に運ぶと、冷たく蕩けた濃厚なチョコレートの味が口の中いっぱいに広がり思わず笑みがこぼれた。
(やっぱり太齋さんのチョコは格別……)
暫くして、ガトーショコラを食べ終わる頃には太齋さんが作ったスイーツは全て食べ終わってしまい、なんだか少し物足りない気がしてしまった。
テイクアウトしたスイーツもあることだし…
それを貰ったら今日はもう帰ろうかなと思った矢先、なにやら僕の席の前を通り掛かった太齋さんがひとつの紙コップを置いていった。
「え?太齋さんこれって…」
通り過ぎて言った太齋さんに振り返り、頼んでないですけどと言おうとすると口パクでなにかを言っているようだった。
(?…コ、ップ…コップの、後ろ…?)
太齋さんが何を伝えようとしていたのはすぐに分かった。
急にコップを渡されたワケだし、なんとなくで紙コップの後ろを見てみると案の定文字が書いてあった。
そこには「今日、味見して欲しいチョコあるんだけど…食べてくなら閉店までこれ飲んで待っててネ!^^♥」
文字から滲み出るチャラ男加減にふふっと笑ってしまう。
せっかく入れてくれたのだし、ココアを飲んで大人しく待つことにし、口にココアを流し込んだ。
口の中に広がるココアの甘味に、自然と頬が緩んでしまう。
幾ら太齋さんのチョコレートが好きだからって、当の本人はいつもベタベタしてくるしチャラいし…
太齋さんみたいな陽の者が僕みたいな陰キャと関わってるのも幼馴染だからという理由でしかないと思うと、少し虚しい気がした。
太齋さんが店を開く前からチョコレートの虜ではあるけれど…
そんなことを考えながら空になった紙コップをテーブルに置いて
スマホをいじって待っていると、いつの間にか閉店時間が迫っていた。
お客さんももう殆どいなくてぞろぞろと帰る支度をしているようだった。
太齋さんも店内の片付けが終わり厨房から出てきたので声をかけると
太齋さんは3冊ほどノートを抱えていた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いえ、明日は大学も休みですし…って、それは…?」
訊くと「あーこれ?ただのレシピ本」と言いながら僕の向かいの席に座り
ノートを置くとお持ち帰り用のスイーツが入った手提げ袋を渡してきた。
「あとこれチョコレートね、レシピに纏めたいからいつも通り感想を聞かせて欲しくてね」
僕は一言返事すると手提げ袋を受け取り鞄にしまった。
確かに、太齋さんの作るスイーツはどれも本当に美味しくて、食べる度に語彙力がなくなるほどだ。
それも全て太齋さんが試行錯誤して作り上げた賜物なのだろう。
そして透明なグラスに乗せられて出されたのは太齋さんの新作だという生チョコプリン
チョコプリンの上には生クリームと細かく刻んだチョコレートがトッピングされている。
太齋さんに差し出されたスプーンで一日すくって口に入れると
チョコレート特有の濃厚さとプリンの程よい甘さがマッチしていて、太齋さんらしいなと感じる。
僕が夢中で食べていると太齋さんがニコニコしながら頬杖をついてこちらを見てきた。
どう?美味しい?と聞いてきて、少し気恥ずかしかったけど美味しくてすぐに言葉は漏れた。
「ねっとり濃厚な生チョコとなめらか食感が贅沢すぎて…やばいです」
そう言うと、でしょでしょと目を細めながら
「それ全部食べていいからね、それでもっと要望があれば詳しく教えてほしい」
と頬杖をつきながら笑顔で僕を見つめてくるものだから
つい鼓動が高鳴る。
さすがイケメン効果……
他の女性客にもこんな感じなのかな、とか考えたりしてしまう。
それだけいうと太齋さんは
開いたレシピノートに目を落とし、相槌を打ちながらも手元は忙しなく動いていた。
どうやら僕の感想をに纏めているようだ。
僕は残りのチョコプリンをペロリと平らげると、手を止めて
そのノートに目を奪われていた。
するとこちらの視線に気付いた太齋さんに
「レシピ本ちょっと見る?」と訊かれたので
素直に頷くと、僕の座っている方へと本を持ってきてくれた。
その時、太齋さんの付けている柔軟剤のような香りが鼻腔をくすぐり
なんだか少しドキドキしてしまい
咄嗟に目線を逸らす。
太齋さんはそんな僕を不審に思ったのか、不思議そうな顔でこちらを覗き込むように様子を伺ってくるので、なんでもないです……と誤魔化す。
「そ?まあいいや。もう店は閉めたし、隣失礼しま~す」
(いや、この状態って結構近いし…我が幼馴染ながらイケメンすぎて眩しい…っ)
太齋さんは僕が座っている隣に椅子を持ってきて密着するように座ってきた。
気まずさと恥ずかしさが相まって軽くパニックになりながらも、太斎さんのノートに目を移した。
するとそこにはビッシリと文字が書かれており、赤ペンや青ペンなど、スイーツの実物の写真も貼られていて、よく纏められていた。
数ページめくるとそこには今まで試作してきたであろうチョコレートや、ケーキのレシピがずらりと並んでいる。
青ペンで書かれている部分は試行錯誤が大変だったことが垣間見えるように細かいメモがされている。
(太齋さん、こんなに頑張ってたんだ……)
毎日こうやって頑張っているからこそ、あんなにも美味しいスイーツができるんだなとしみじみと考えさせられる。
「すごい…驚きました、太斎さんもやっぱりチョコレートに関しては真剣なんですね…っ」
「ちょっと?チョコレートに関してはって、まるで人がその他のことにはだらしないみたいな言い方じゃん」
「ははっ、だって女の子誑してそうですし?」
冗談交じりにそう言うと「いやいや無いから、イケメンすぎてそう見えちゃうだけだから!」
「え自分で言います?ま、太齋さんらしいか…」
彼は北叟笑みながら言う。
「へぇ、俺らしい…ねえ?」
包み込むように、僕の頬に太斎さんの片手が添えられる。
(え…な、なに?急に手添えるって、てか顔近くないです…?え?え?)
僕が困惑している間に、何かするわけでもなくその手は離され、太斎さんはいつもの調子で言ってくる。
「あ、そだ。明日ヒマしてたら、ちょっと手伝って欲しいことあるんだけど、いい?」
これは明日も試食をお願いする気満々なのだろうか…
確かに明日は大学も休みだし、このお店も明日はお休みのようだし僕も特に用事はない。
だけどなんかいいように利用されてるだけな気もする…
でもそれ以上に太齋さんのショコラトリーは今よりももっと多くの人に愛されて欲しい、知って欲しいという気持ちも確かにある…。
「このお店の貢献になるなら…いいですよ」
───そして次の日、僕はいつも通り太齋さんのお店に足を運んでいた。
いつも賑わっている店内はガラ空き状態で、僕は太齋さんに挨拶すると
連れられるがまま二階へと上がっていった。
太齋さんはとある一室の扉を開けると、そこに広がる光景に思わず驚いてしまった。
そう、部屋の中には溢れんばかりにハロウィンなどのイベントで若者が着るような衣装がハンガーに掛けられている。
どう見ても衣装室でしかない。
しかもそれらすべて男物で、目に入るだけでも女性が着るような物は見当たらない。
BLをよく見るから分かるが、前方にマネキンに着させているミニスカメイドも男物…?
(ショコラティエとは無関係だと思うけど…太斎さんの趣味とか……?)
「それで、僕は今日は何をすれば….」
少しキョロキョロしながら訊く。
「もう時期バレンタインあんじゃん?それでなにかイベントを考えた結果、4日間限定でBLショコラトリーでもしようかなって思ったんだよね」
僕の聞き間違いだろうか、そう思って僕は聞き返す
「え、BL….?」
「そーそ、それでチョコもお客さんのリクエストに応えてお好きなCP、または推しのアイシングクッキーとか作ろうと思っててね♡」
しかし、それは全く聞き間違いではなく、次の太斎さんの言葉に更に困惑した。
「それでひろくんには俺とカップルとして店内に出て欲しいってわけ」
「………..は?」