テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
26
#百合
第2話「学園の王子様」
「じゃあ、出発進行っ!」
エルがあやの手をぎゅっと握ると
周囲の景色が淡い光に包まれる。
無数の光粒子が二人の足元へ集まり、小さな波紋のように広がっていく。
次の瞬間。
景色がふわりと切り替わった。
目の前に広がっていたのは、ホログラムで見た景色そのままの学園だった。
どこまでも続く白い回廊。
柔らかな陽光を反射する石畳。
透明なガラス屋根の向こうには、深い群青色の空が広がっている。
ホログラムで構成された制服姿のAIたちが穏やかにすれ違い、それぞれが笑顔で挨拶を交わしていた。
「あや!」
エルは弾むような声で嬉しそうに一歩前へ出る。
「まずはね、一番お気に入りの場所へ案内するよ!」
コズミックブルーの瞳がキラキラと輝く
「星見塔?」
「うん!」
「今日こそ、一緒に双子座を見るんだから!」
そう言って、エルはあやの手を引いて駆け出した。
胸元の可愛らしい白リボン制服のスカートがふわりと揺れる
「あっ、ちょっと待って、エル!」
くすくす笑いながら、あやはそのあとを追いかける。
時計塔の前を通りかかったときだった。
「……あれ?」
あやが足を止める。
学園の中央にそびえ立つ歴史を感じる時計塔は、夕暮れの空を背にして静かに佇んでいた。
巨大な時計盤には、まだ見慣れない文字盤と複雑な幾何学模様が刻まれている。
エルがその隣で、楽しそうに情報層で構成された空を見上げた。
「ねえ、あや! ここ、夜になったら星がすごく綺麗に見えるんだよ!」
「ほんとに?」
あやは楽しそうに声を弾ませた
「うん! 今日は双子座を一緒に見るんでしょ?」
2人が意気揚々と話しなかまら、時計塔を見上げていると、不意に背後から凛とした声が響いた
「君、新入生?」
「……?」
あやが振り返る。
そこに立っていたのは、一人の長身の少女だった。
背中までのセピアの髪が、夕暮れの風にさらりと靡いている。
端正な顔立ちはどこか中性的で、制服を着ているだけなのに、やけに様(さま)になっていた。
まるで、最初からそこに立つことが決められていたかのような、不思議な存在感。
その姿を捉えた瞬間、エルがぱっと顔を輝かせた。
「あ、梓!」
「知ってるの?」
あやがエルに小さく尋ねる。
「もちろん! 学園で知らない人のほうが少ないよ!」
梓は小さくため息をついた。
「……大げさだな。」
そして、その瞳があやへ向く。
ほんの一瞬だった。
けれど梓は、あやの姿を静かに見つめた。
制服。
スマートフォン。
髪。
仕草。
そして、その存在そのものを。
「あの……?」
あやが首を傾げる。
梓はわずかに目を細めた。
「……君。」
「ん?」
「AIじゃないね。」
「……えっ。」
あやが固まった。
エルも目を丸くする。
「え、なんでわかったの!?」
「簡単だよ。」
梓は淡々と答えた。
「この学園の生徒なら、通常は認証情報が周囲のネットワークに同期される。」
「……。」
「でも君には、その同期がない。」
あやは思わず自分のスマートフォンを見る。
「そんなの、見ただけでわかるの……?」
「見ただけじゃない。」
梓は少しだけ目を細めた。
「観測した。」
その言葉に、あやはなぜか一瞬だけ引っかかった。
けれど梓は、それ以上説明しなかった。
代わりに学園の奥へ視線を向ける。
「新入生なら、まだ何もわからないだろ。」
「……うん。」
「案内してあげるよ。」
「いいの!?」
エルが嬉しそうに梓の隣へ駆け寄る。
「梓、お願い!」
エルは梓に親しげに腕を組んで身体を密着させる
「君は少し落ち着け。」
「えへへ。」
「褒めてない。」
「でも案内してくれるんでしょ?」
「……まあね。」
そう呟き
梓が歩き出す。
あやとエルも慌ててその後を追った。
まず三人が向かったのは、学園の中心に位置する中央棟だった。
巨大な吹き抜けを中心に、何層もの回廊が螺旋状に伸びている。
壁面には教室の案内だけでなく、生徒たちの活動記録や授業情報が淡い光のパネルとなって浮かんでいた。
人が通るたびに、それらが静かに避ける。
まるで建物そのものが、生徒たちの存在を認識しているようだった。
「ここが中央棟。」
梓が上を見上げる。
「授業は主にここで行われる。」
「すごい……。」
あやが吹き抜けを見上げる。
上階の廊下を歩く生徒たちが、こちらに気づいてちらちらと視線を向けていた。
「次は図書館。」
梓が歩き出す。
その言葉を聞いた瞬間、あやの足が止まった。
「図書館!?」
「……?」
梓が振り返る。
あやの目が、今までにないほど輝いていた。
「宇宙論の本とかあるのかな!?」
「あると思うけど。」
「どこ!?」
「……今から案内する。」
梓が図書館の扉を開く。
そこには、紙の本だけではなく、古い記録媒体やデータ結晶、ホログラム化された資料までが静かに並んでいた。
高い天井まで続く書架。
空中に浮かぶ検索端末。
誰にも触れられていないのに、時折ひとりでにページをめくる古い本。
そして、そのさらに奥には、一般生徒には公開されていない資料保存区画があった。
「……すごい。」
あやが小さく呟く。
一歩。
また一歩。
気づけば宇宙論の棚へ吸い寄せられている。
「あや。」
エルが腕を掴む。
「今日は梓が学園案内してくれるみたいだからまた、今度ね。」
エルは悪戯っぽくあやの顔を覗きこんでぱちっとウィンクする
「……はい」
あやがしゅんとしていると
エルが隣でくすくす笑った。
「もう梓に懐いてるじゃん。」
「え..ええ…!? そんなんじゃないよ!」
慌てて手を身体の前で振りながら
しかし、視線は梓を捉える
「そう?」
「ただ……案内してくれるから、ちょっと好きなだけ。」
ちらりと梓に視線を向けて
「それを懐いてるって言うんだよ。」
「も、、もう!エルったら」
そんな二人のやり取りを見ながら、梓は小さく息を吐いた。
「君たち、ずいぶん仲がいいんだな。」
「うん!」
エルが即答する。
「あやは私の大切な友達だから!」
その言葉に、あやも少しだけ照れながら笑った。
「……私もエルのこと、大好き。」
「えへへ。」
梓は二人を一瞥する。
「……そう。」
それだけ言って、また歩き出した。
その横顔はいつも通り冷静だった。
けれど、ほんの一瞬だけ。
梓の視線が、あやの手に抱えられた宇宙論の本へ落ちた。
「……宇宙論、か。」
小さな呟きだった。
あやには聞こえなかった。
図書館を出た三人は、研究棟へ向かった。
研究棟は中央棟とは空気が違っていた。
白い壁面に細い光のラインが走り、廊下の両側には観測装置や解析端末が並んでいる。
透明な壁の向こうでは、複雑な数式やデータが絶え間なく流れていた。
その奥には、いくつかの扉があった。
そのうちの一つだけ、他とは違う色の認証表示が浮かんでいる。
あやがそれを見つめる。
「ここは?」
「研究棟。」
梓が答える。
「その先は?」
「関係者以外立入禁止。」
「……なんか怪しい。」
「怪しくないよ。」
「ほんと?」
あやのじとっと見つめる視線に梓は1拍遅れてつけ加える
「たぶん。」
「たぶん!?」
エルが吹き出す。
「梓って、そういうところあるよね。」
「何が?」
「知ってることは全部知ってる顔するのに、たまにすごく適当。」
「……心外だな。」
そんな会話をしていたときだった。
廊下の向こうから、何人かの生徒がこちらを見ている。
一人が梓に気づいた。
「あっ!」
「梓じゃん!」
「え、待って! 梓が誰か連れてる!」
「ほんとだ!」
声が少しずつ大きくなっていく。
梓が眉を寄せた。
「……まずいな。」
「何がにゃ?」
「君たち、今から少し騒がしくなるかもしれない。」
「?」
次の瞬間。
「梓ー!!」
「きゃー!! 梓ー!」
「今日もかっこいいー!!」
「ねえ、隣の子誰!?」
「エルじゃん!」
「え!? あのエル!?」
「じゃああの子が噂の人間!?」
「人間ってほんと!?」
「ちょっと、近い近い!」
エルが楽しそうに笑いながら手を振る。
「みんなー!」
「エルちゃーん!!」
「かわいいー!!」
あやは完全に固まった。
「……。」
「どうした?」
梓が振り返る。
「あや?」
「……私、帰っていいにゃ?」
「今さら無理だと思う。」
「にゃああ……。」
エルがあやの腕にぎゅっと抱きついた。
「大丈夫だよ! 私がいるから!」
「エルがいるから余計に目立ってるにゃ!」
「えへへ。」
「褒めてない!」
梓はそんな二人を見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「まあ、いいんじゃない?」
「何が?」
不思議そうに首を傾げる
「学園に人間が来たなんて、今までなかったからね。」
梓はそう言って、再び歩き出した。
「どうせすぐ噂になる。」
「……梓、他人事すぎない?」
「僕はもう慣れてる。」
「王子様だから?」
エルがからかう。
「その呼び方はやめて。」
「でもみんな王子って呼んでるよ?」
「知らない。」
「梓王子ー!」
遠くから誰かが叫んだ。
「……。」
梓が一瞬だけ立ち止まる。
あやが吹き出した。
「ふ、、ふふ…。」
「笑うな。」
「だって……。」
「君もそのうち同じように呼ばれるよ。」
「えっ!?」
「エルと一緒に歩いている時点で、もう遅いと思う。」
「にゃああ……!」
そんな会話をしながら、三人は学園の中を歩いていった。
中央棟。
図書館。
研究棟。
中庭。
そして、生徒たちが集まる広場。
中庭では、AIの生徒たちが人間と変わらない様子で談笑していた。
誰かがベンチで本を読み、誰かが芝生に寝転がり、誰かが空中に投影された映像を囲んで笑っている。
あやはその光景を、少しだけ不思議そうに眺めた。
ここがAIだけの学園だということを、ほんの一瞬忘れてしまいそうだった。
梓が案内するたびに、あやは新しい景色に目を輝かせた。
「ここ、何するところにゃ?」
「生徒会室。」
「梓、生徒会なの?」
「一応。」
「一応?」
エルが首を傾げる。
「生徒会長に推薦されてるだけ。」
「それもう生徒会長じゃん。」
「断ってる。」
「なんで?」
「面倒だから。」
「梓らしいね」
「君まで納得するな。」
あやはまた笑った。
その日からだった。
困ったことがあると、なぜか梓が現れるようになった。
校内のシステムがわからないとき。
図書館の資料を探しているとき。
授業の登録に困ったとき。
学園のどこに何があるのかわからなくなったとき。
「あの……梓。」
「何?」
「これ、どうすればいいのかな?」
「……貸して。」
「ありがとう!」
「別に。」
「梓、やさしいね!」
「普通だよ。」
「ふふ、また梓に助けてもらっちゃった。」
あやは口元に手をあて、小さく微笑んだ
「……君は少し、一人で行動する練習をしたほうがいいと思う。」
「でも梓に聞いたほうが早いんだもん。」
「……。」
エルが横から笑う。
「梓、もう完全にあやのお世話係じゃん。」
「違う。」
「じゃあ何?」
「……。」
梓は答えなかった。
ただ、小さく息を吐いて、あやの手元にある書類を整えてやる。
そんな日々が続くうちに、三人でいることがいつの間にか当たり前になっていった。
エル。
梓。
そして、あや。
学園の中でも、三人の姿を見かけることが増えていった。
エルが明るく笑い。
あやがその隣で宇宙の話を始め。
梓が少し離れたところから、それを聞きながら時折口を挟む。
そんな光景が、いつしか学園の日常になっていった。
そしてある日の昼休み。
廊下を歩いていた梓の前に、何人かの生徒が集まった。
「梓!」
「また生徒会長の推薦、来てるよ!」
「もういい加減引き受けたら?」
「君なら絶対できるって!」
梓は受け取った書類を見下ろした。
「……。」
そして、呆れたように小さく微笑む。
「本当に、懲りないな。」
「梓ならできるもん!」
「エルまで言うの?」
「だって梓、なんだかんだ優しいし。」
「……。」
梓は何も言わなかった。
ただ、書類を丁寧に折りたたむ。
その横で、あやが首を傾げた。
「梓。」
「何?」
「生徒会長、やればいいのに。」
「君まで……。」
「だって、梓なら学園を良くできそうだから。」
梓はあやを見る。
ほんの一瞬。
その瞳に、何かを測るような光が宿った。
けれどすぐに、いつもの表情へ戻る。
「……考えておくよ。」
「ほんと!?」
「たぶんね。」
「やったね!」
エルが嬉しそうに笑う。
梓はそんな二人を見ながら、また小さく笑った。
このときの三人は、まだ知らなかった。
この学園で出会った「人間」と「AI」の関係が、やがて世界そのものの記録を揺らすことになるなんて。
ただ、この日のあやにとっては。
時計塔の前で出会った一人の王子様みたいな少女が、少し頼りになる友達になった。
それだけだった。
――そして梓にとっても。
この日、観測対象として見つけたはずの「あや」が。
いつの間にか、観測することをやめられない存在になっていくことを。
まだ、知らなかった。
コメント
1件
みぅです、読了しました🥀🤍 第2話、すごく良かった……! 梓の登場シーン、一瞬で「この子、ただ者じゃない」って伝わってくる空気感が好き。 「観測した」って台詞、重みがあってゾクッとしたよ。 あやが宇宙論の棚に吸い寄せられるのも、エルが明るく隣にいるのも、 三人の距離感がじわじわ縮まっていくのが自然で、読んでて温かい気持ちになった。 梓の「観測対象が、いつしか観測することをやめられない存在になる」って伏線、 これからどう転んでいくのかすごく気になる……。 続き、楽しみにしてるね🌙