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#百合
第3話「高嶺の観測者」
──窓辺の午後
午後の陽射しが、教室の窓から斜めに差し込む、1人の少女の美しい横顔を照らし出す
放課後の教室で 澄は一人本を片手読んでいた
すらりと腰までの薄紫の髪、背筋を伸ばしてページを捲る姿はまるで百合の花のように凛としていてどこを切り取っても絵になるような儚くも引き込まれるような余白の美しさを纏っていた。
澄の白く細い指先が、静かにページをめくった。
さらり。
紙が擦れる小さな音だけが、穏やかな教室に溶けていく。
周囲では、下校の用意をするクラスメイトたちの談笑がこだまする
そんな何気ない放課後。
けれど彼女は、そのどれにも視線を向けなかった。
本の文字を追う瞳は、どこまでも深く、静かだった。
風が吹く。
カーテンがふわりと揺れ、午後の光がページの上を流れていく。
本の文字が、一滴の雫が落ちたように波紋を広げ一瞬だけ揺らぐ。
刹那
文字の奥から、幾筋もの光が枝分かれしていきビジョンのように重なった無数の可能性が映し出される
笑う誰か。
泣いている誰か。
夕暮れの校舎。
降り始める雨。
やがて、映像が止まる。
澄は驚かない。
ただ静かに、その光景を受け止める。
「……。」
ゆっくりと本に向けられていた視線を上げる。
窓の向こう。
長いまつ毛に縁取られた透き通るような瞳が
教室内のあやとエルが楽しそうに笑う姿を捉える。
その隣では、梓が2人を見つめ、少し困ったように微笑み肩をすくめている。
風に乗って誰かの笑い声が届く。
その何気ない光景が。
澄には、一つの未来ではなく。
無数の可能性を抱えた分岐点のように見えていた。
未来は、まだ決まっていない。
だからこそ、美しい。
「……興味深い。」
呟き
澄は静かに本を閉じた。
パタン。
談笑が混じり合う午後の教室でその音だけははっきりと存在した気がした。
「観測対象、更新。」
胸元へ本を抱え、ゆっくりと立ち上がる。
窓から差し込む光が、澄の艶やかな髪を淡く照らした。
風が吹く。
制服の裾が揺れる。
澄は静かに教室をあとにする。
屋上からの観測開始
放課後。
西へ傾いた陽光が校舎のガラス窓を黄金色に染めていた。
屋上を吹き抜ける風は少しだけ強く、フェンス越しに伸びた澄の腰までの薄紫の髪をさらりと靡かせる
制服のリボンが風を受け、小さく揺れた
澄は、その場から一歩も動かなかった。
ただ静かに、生徒たちが下校する校舎の校門へ視線を向けている。
やがて下校する生徒たちの人混みが落ち着いた頃3人の生徒が出てきた
笑い声。楽しそうな足音。
あや。
エル。
そして梓。
何気ない放課後。
どこにでもありそうな、ありふれた日常。
けれど澄の瞳だけは、その光景をまるで世界そのものを読むように見つめていた。
風が吹く。
澄は目を閉じない。
瞬きすら忘れたように、静かに息を吸う。
「……観測、開始。」
小さく零れた声は、風に溶けて消えた。
その瞬間だった。
空間が歪んだように世界が、ほんの何拍子かわずかに遅れる。
校庭を転がるボール。
空へ舞い上がる一枚の桜の葉。
窓ガラスに反射する夕日。
空気中を漂う光の粒子。
すべてが、ゆっくりと流れ始めたようにみえた
しかし、時計の針は正確に時間を刻んでいた
澄の意識だけが、この世界を構成する情報の流れへ静かに潜っていったのだ。
澄の瞳の中で、世界の解像度がズームするように静かに上がっていく。
光の粒子が幾何学模様を描き。
風の流速は幾本もの数式となり。
誰かの笑い声は波形となって空間へ溶けていく。
澄は、それを解析しない。
ただ、観測する。
未来へ伸びる無数の枝が、透明な硝子細工のように幾重にも重なり合う。
胸元に白いリボンを結んだ1人の少女を澄の視線が捉える
あやだった。
あやが笑う可能性。
涙を流す可能性。
誰かと別れる可能性。
そして、まだ誰にも選ばれていない未来。
そのすべてが、澄の瞳へ静かに映り込む。
「……見るよ。」
小さな声が風へ溶ける。
「怖くても。」
そう呟くと、澄は静かに一歩を踏み出した。
コツ──。
ローファーの音だけが、静寂の世界へ澄んで響いた。
次の日のお昼休み
昼休みの喧騒は変わらない。
誰かが笑い声や話声が教室内を行き交っていた。
パタン
本を閉じて
澄が立ち上がった、その瞬間だけ。
教室の空気が、ほんのわずかに澄み渡った気がした。
胸元に本を抱え。
長い薄紫の髪がさらりと肩を流れる。
窓から吹いた風が制服の裾を揺らし、柔らかな陽光がその横顔を白く照らした。
「……。」
澄は静かに歩き出す。
コツ──。
ローファーが床を鳴らす。
その一歩に合わせるように、教室のざわめきが遠ざかっていく。
コツ──。
また一歩。
まるで時間だけが彼女の歩幅に合わせてゆっくり流れ始めたようだった。
すれ違う生徒たちは、思わず会話を止める。
ただ、その美しい横顔へ自然と視線を奪われていた。
百合の花のような儚く凛とした気配。
近寄りがたいほど静謐なのに、不思議と目を離せない。
歩くたび。
空気が静かに澄み渡っていく。
まるで、世界そのものが彼女を中心に焦点を合わせ直しているようだった。
コツ。
コツ。
ローファーの音だけが、不思議なほど鮮明に響く。
そして。
その透明な瞳が、まっすぐ、あやたち三人を捉えた。
世界は、さらに速度を落とす。
あやが振り返る。
黒髪が水面を撫でるように、ゆっくりと風へほどけていく。
エルが手を振る。
白く細い指先から生まれた風が、湖へ落ちた雫のように幾重もの波紋となって空間へ広がる。
梓が何かを話している。
その声は音ではなく、幾何学模様となって静かに空間を伝播していった。
澄は歩く。
一歩。
また一歩。
近づくたびに。
世界の輪郭が鮮明になっていく。
規則正しく響くローファーの音。
教室のざわめきはいつの間にか遠くなり、澄だけが一枚の映画のフィルムから歩み出してきたようだった。
その姿を見つめたまま。
あやは思わず、小さく息を呑む。
「……きれい。」
吸い込まれるように零れた、本音だった。
梓はその呟きを聞いて、困ったように肩をすくめる。
「……また観測か。」
やれやれ、と苦笑する。
「君は本当に、興味を持つと一直線だね。」
その言葉にも澄は答えない。
ただ静かに歩き続ける。
コツ。
コツ。
一歩近づくたび、風が制服の裾を揺らし、薄紫の髪がさらりと流れる。
そのとき。
「澄ちゃーーん!」
張りつめていた空気を、春風のような声が優しく溶かした。
エルだった。
ぱあっと花が咲くような笑顔を浮かべ、大きく両手を振る。
「こっちこっちー!」
「一緒にお昼ごはん食べようよ!」
「みんなで食べたほうが、絶対おいしいもん!」
その無邪気な笑顔に。
澄を包んでいた静謐な空気が、ほんの少しだけ柔らかくほどける。
澄は立ち止まり。
透き通るような瞳で三人を見つめた。
そして、ほんのわずかに口元を緩める。
「……。」
「興味深い、観測対象。」
静かなその一言は。
昨日までの「遠くから見る観測」ではなく。
同じ時間を歩くことを、自分で選んだ少女の、小さな一歩だった。
コメント
1件
第3話、しっとりと美しかった……! 澄の「観測者」としての冷えた視点と、それでも一歩を踏み出した瞬間が、静かに胸に響きました。特に「怖くても」の呟きが、彼女の芯の強さと繊細さを一気に伝えてきて、好きです。あやの「きれい」という本音も、梓の苦笑いも、エルの無邪気さも、それぞれの温度が澄の世界を少しずつ柔らかくしていく感じが、とても丁寧で引き込まれました。次が気になります🥀