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美月との関係が良くなると思ったって、どういうこと?
私と昔みたいに仲良くなりたいと思ってるの?……やり直したいということ?
胸がザワザワとして、息が苦しくなった。
だって、こんな展開予想していなかった。
冷却期間を置いたと言っても、私がこのマンションを出てから、まだ日が浅い。あれ程私を憎んでいた彼の気持ちが変わるなんてあり得るの?
動揺する頭の中に、次々と疑問が浮かんでは消えて行く。
でも、ふと我に返った。
湊がやり直したいと言うから、なんだと言うのだろう。
私は新しい生活を始めると決めてマンションを出た。その決意は固く、湊に何を言われても変わらない。変えたくない。
落ち着く為、小さく息を吐いてからはっきりと湊に言った。
「湊、今更私達の関係を良くしなくてもいいんじゃないかな」
「え?」
湊は怪訝な顔をする。
「無理に和解する必要を感じないから」
「無理にってことはないだろ?」
「無理にだよ。はっきり言うと私は湊から投げかけられた酷い言葉と乱暴な態度が忘れられないし許せない。簡単に過去に出来ないよ」
「……」
「湊が心変わりした原因は、私にもあるのだと思う。でも私が許せないのは浮気よりもその後の湊の態度だよ」
「俺の態度?」
「湊は逆切れするばかりで、裏切られて落ち込む私に、少しの気遣いもくれなかった。立ち直ってやり直そうなんて考えられないほど、痛めつけられた」
「……それは大げさだろ?」
「そんなことないよ。私にとっては凄く辛い事だった。いくら冷却期間を置いても忘れるなんて出来ないことなんだよ。だからもう新しくやり直す事にしたの。湊を忘れて……」
「新しく藤原って男とやり直すのか?」
「湊と別れるのを決めたのと、雪斗との件は関係ないよ」
「雪斗? ああ、藤原雪斗って名前だったよな……考えてみれば、俺たちが別れる前から美月はあの男と会ってたんだよな?」
「え?」
「美月に奈緒のことを知られたとき、あの男も一緒に居ただろ?」
確かに雪斗は一緒にいた。
あの日は仕事帰りに飲みに行って、タクシーで送って貰って、その流れでみっともない場面を見られてしまったんだった。
「考えるとおかしいよな。どうしてあんな時間に藤原雪斗と居たんだ?」
「どうしてって……」
「俺のことを散々責めたけど、美月も浮気してたんじゃないのか?」
「な、何言ってるの?」
湊の発言が信じられなかった。
どうして今更そんな考えになるのだろう。
それに湊の様子がおかしい。だんだんと険悪な雰囲気になってしまっていて、穏やかだったはずの目はいつの間にか鋭くなっている。
……恐い。彼が激高したら何をされるか分からない気がした。
「雪斗と付き合い始めたのは湊と別れた後だから」
早口でそう言うと、荷物をしっかりと握り締めた。
「もう、帰るわ」
湊に答える隙を与えず、部屋を飛び出した。そのまま急いでエレベータに向かい乗り込む。
エントランスに出るまで、恐怖心が消えなかった。
せっかく穏やかに別れられると思っていたのに、湊の様子は不安定でそんなことはとても無理だと感じた。
まさかやり直そうと言うなんて。雪斗のことを言ってくるなんて。
湊は今幸せじゃないのだろうか。彼女と上手くいってないのかな?
だから私に未練を持ち始めた?
どちらにしても、私にとっては良くない流れだ。それに、湊が雪斗に何かしたらと思うと不安になる。
マンションからアパートに逃げ帰り、落ち着かない気持ちのまま持ち帰った荷物を片付けたり、平日出来ない家事を片付けているとあっと言う間に夕方になった。
五時過ぎになると雪斗が迎えに来た。
途中、スーパーに寄ってから雪斗のマンションに向かう。
もうすっかり慣れた部屋のキッチンに入り夕食の支度を始めた。
雪斗は見かけとは正反対に地味なメニューを好む。
定番の肉じゃがとか、煮魚とかが特に好きで、作ると喜んでくれるから、料理のしがいが有る。
それに平日はどうしても外食しがちだから、週末はなるべく自炊する様にとどちらともなく言い出した。
こうして料理をしていると、まるで新婚夫婦みたい。
そんな浮かれたことを考えたりもしたけれど、ふとした拍子に湊との事が思い浮かんで憂鬱な気持ちになった。
「いただきます」
雪斗と向かい合って座り、食事を始めた。
リクエストに答えた献立は何だか全体的に茶色くて、今いち華やかさが無い。お洒落さとは程遠い。
でも、味はなかなかで雪斗はどんどん箸を進めて行く。
雪斗はあっという間に食べ終わり、お茶を入れてくれた。
「ちょっと熱いから、直ぐに飲むなよ」
「……ありがと」
こんな何気ない瞬間に幸せを感じたりする。
今日はこのまま穏やかに過ごしたい。
そう思ったけれど、私が食べ終わるのと同時に雪斗が言った。
「何か有っただろ?」
「え?」
「顔に出てる。今日マンションに行ったのを合わせて考えると前の男と何か有ったんだって分かる」
……相変わらず鋭い。
私、そんなに顔に出る方じゃないのに。
「……大したことないよ。ちょっと疲れただけ」
湊とのやり取りを詳細に話す気にはなれなかった。
楽しい話じゃないし、雪斗も話題に出たし。
湊は雪斗の事良く言ってなかったし、何でも馬鹿正直に伝えて余計な心配をかけたくない。
だから余裕の表情で笑って誤魔化そうとしたけれど、雪斗には通じなかった。
それどころか、ムッと眉をひそめて……怒ってる。
「見え透いた嘘つくなよ」
「嘘じゃないよ」
黙ってるだけで、嘘じゃない……はず。
でも見つめ合っていると何もかも見透かされそうな気になって、思わず目を反らしてしまった。
直後、雪斗は大きな溜息を吐いた。
「もしかして俺に心配かけないようにしようなんて考えてる?」
その通り、本当に鋭い。
「俺、そういうの嫌いだから」
「えっ?」
き、嫌い? 突然の言葉に動揺してしまう。
恐る恐る顔を上げると、雪斗は呆れた様な顔をしていた。
「心配かけるから話さないって考えも有るかもしれないけど態度に出てたら意味ないだろ? 心配してって態度で、でも話せませんじゃムカつくだけだ」
雪斗の言葉がグサリと突き刺さった。
その通りだと思ったから。
でも……。
「私、そんな態度をとってるつもり無かった」
雪斗にキツイ事を言われたのは久しぶりのせいか、かなり気分が沈んだ。
雪斗は小さな溜息を吐くと、少しだけ優しい声になる。
「確かに美月は感情が態度に出る方じゃない。けど俺には直ぐ分かるんだよ。だから今みたいな態度をとられると腹が立つ」
「……ごめん」
ああ、なんだか果てしなく落ち込んでしまう。
「謝らなくていい。けど話せよ、俺は誤魔化せないんだから」
雪斗が喧嘩腰に責めて来たら、私も言い返すだろうけど。
優しい目と声で言われると、そんな気持ちは無くなってしまう。
結局、雪斗には黙っていられない。
昼間の湊との事を、一から話した。