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恋と憂鬱

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恋と憂鬱

39 - 思いがけない接点

♥

20

2024年11月18日

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「前の男、歪んでんな」


話し終った後の雪斗の感想は、そのひと言だった。


「歪んでいるかは分からないけど、様子はおかしかった」


「確かに意味不明な行動だな。美月に未練有るようなのに、嫌われる態度をとってるし」


「未練なのかは分からないけど……でも雪斗との関係を知られていたのには驚いた」


「その情報どこから知ったんだろうな?」


「それは水原奈緒さんからでしょ? 彼女はうちの会社の人と仲がいいらしいし、誰かから聞いたんじゃないの?」


「うちの会社の誰だよ?」


「え?」


「そもそも俺たちの付き合いを知ってる人間がそう居ないだろ? 美月が頑なに隠してんだから」


雪斗は少し不機嫌そうに眉をひそめる。


「そうだけど……最近はばれてきちゃったし」


「きちゃったって、なんか嫌そうな言い方だな」


「そ、そんなことはないけど」


変なところで突っかかってここないで欲しい。


雪斗っていつもはクールな大人って態度なのに、時々妙に子供っぽい発言をするときがある。


そんなことを考えていると、雪斗がぽつりと呟いた。


「情報が早過ぎるな……」


「え?」


「いや、何でもない」


「何でもないって……」


そんな意味深な台詞の後に言われても、納得できる訳がない。


でも、雪斗はもう話す気はないようだった。


「もうこの話は終わり。美月ももう考えるなよ」


それは無理。


「無理とか思ってんなよ?」


まさか、心の声が聞こえてしまってるの?


そんな風に考えてしまう程、雪斗は鋭い。


「直ぐに余計なことは考えられないようにしてやるよ」



しかも恥かしいことを平気で言って来るし。

もうすっかり雪斗のペースになってしまっている。


ここで流されちゃいけないと心の中で思いつつも、強い腕で抱き寄せられると何も言えなくなる。


結局、眠りにつく頃には湊の事も憂鬱な気持ちも頭から消えていた。




週の初めは慌しい。朝一番で、チーム内の定例ミーティングがあるし、問い合わせのメールも溜まっている。


仕事に追われている内に、あっという間に昼休みになった。


入社してからランチはだいたい成美や他の同期と一緒にとっている。


たいていは外食を楽しんでいたのだけど、営業部に来てからは十二時丁度に休憩を取ることができなくなって、一人ランチが増えていた。


雪斗は時間が合えば誘ってくるけど、何しろ多忙だからあまりタイミングが合わない。


だから私は今日も一人で、どこか適当な店に行くつもりでオフィスフロアを出た。


「秋野さん、今から食事?」


ひとりでエレベータを待っていると有賀さんに声をかけられた。


「はい、有賀さんもですか?」


「そう。良かったら一緒に食事に行かない?」


「えっ?」


意外な誘いだった。


仕事ではポジション上かなり密接な関係だけど、昼休みというプライベートな時間に声をかけられるのは初めてだ。


「はい。ご一緒させてください」


戸惑いを感じながらも、断るのも申し訳ないので了承し、彼と一緒にエレベーターに乗り込んだ。



有賀さんの希望ですぐ近くの中華の店に入った。


有賀さんは日替わりランチを。私は餡かけ五目焼きそばを頼み黙々と食べる。


このままでは無言のままランチが終わってしまいそうだと話題を探していると、有賀さんが話を始めた。


「最近、不良品が多くて問題になってるね」


「そうですね。今日も顧客から連絡が有りました」


「また? 本当にまずいな……」


「なにか対策を講じないといけませんね」


仕事の話ばかりだが、話題が途切れることはない。


それに雪斗は油断ならない人って言ってたけど、普通にいい人に見える。


いつも邪気がない笑顔だし。


私が五目焼きそばを食べ終えた頃、有賀さんの声のトーンが少し変わった。


「秋野さんは、水原さんと知り合いなんだろ?」


「え……」


仕事の話から一転、いきなり登場したその名前に言葉を失った。


「前にうちの会社に出入りしていた保険会社の水原さん」


「あの……どうして……」


有賀さんは何を思ってそんなことを聞いて来るんだろう。


「前少し話したと思うけど、彼女の保険に入ってるんだ。それがきっかけで結構親しくなったんだけど、この前秋野さんの話題が出たから知り合いなのかと思ったんだ」


私は驚き「え?」と小さな声を漏らした。


彼女が親しくしているうちの会社の社員って、有賀さんのことだったの?


それよりどうして私の話題に? まさか湊との事を言いふらしてるんじゃ……。


「あっ、誤解しないで。変な噂してたんじゃないから」


不快感と不安が顔に出てしまったのか、有賀さんが慌てた様子で言った。


「はい……」


冷静になろうと、冷たい水を一口飲んでから、有賀さんを見つめる。


「水原さんは私の事、何て言ってたんですか?」


「彼女から秋野さんの事を言い出した訳じゃないんだよ」


「え、それならどうして?」


状況が読めないでいると、有賀さんは悪戯を見つかった子の様に身体を小さくした。


「俺から秋野さんの名前を出したんだ。そしたら水原さんが秋野さんを知ってると言い出して……」


「あの、有賀さんはなぜ私の名前を?」


「それは……藤原の彼女だって話しちゃったんだ」


やけに気まずそうにしていた理由が分かった。


でも意外だ。有賀さんはペラペラ噂話をするタイプには思えないのに。


それにもう一つの気がかりが有る。


「あの、どうして藤原さんの話題になったんですか?」


「それは水原さんが藤原のことを話題にしたから」


「……どのような話でしたか?」


「大したことは言ってなかったよ。藤原は社内では有名人だしよく名前を聞いてたんじゃないか?」


確かに雪斗は有名だけど、彼女が雪斗を気にするなんて。


なんだか嫌な気持ちになる。


「ごめん、余計なこと言っちゃったな」


私の不快感を察したのか、有賀さんは取りなすように言う。


「あの……私はその人と知り合いではないんです。だから私の話はしないで頂けないでしょうか」


「え?……おかしいな。彼女、美月さんって君のことをよく知っているような口ぶりだったから、知り合いだと思ったんだ」


美月さん……あの人にそんな呼び方はされたくない。むかむかと不快感がこみ上げる。


でも有賀さんにこの苛立ちをぶつけるのは筋違いだ。


「もしかして、保険に勧誘する予定で、個人情報を集めていたのかもしれないですね」


適当に誤魔化すと有賀さんは納得いかないように首を傾げていた。それでもすぐにいつもの感じの良い表情に戻り話しかけて来た。


「気分を悪くさせて悪かった。でも誰にでもこんな風に社員の話をしているわけじゃないんだ。そこは誤解しないで」


「……はい」


有賀さんはデリカシーが無い人ではなさそうだし、本当のことなんだと思う。


でも、逆に考えれば水原奈緒さんがそれだけ信用されているということになる。


彼女は、湊に同居している恋人がいると知りながら付き合うような人なのに、有賀さんの信頼まで得ているなんて。


「秋野さんどうかした?」


「いえ、なんでもないです……」


水原さんに対して、もやもやした気持ちがあるなんて彼には言えない。


でも湊は彼女が他の男性と二人きりで食事に行ってることを知っているのかな?


大事に思ってる彼女が、有賀さんのような若くて感じの良い男性と会っているのは嫌じゃないのかな。


そんな考えが浮かんだけれど、すぐに頭から振り払った。


私が湊達の心配をしたって仕方ない。


もう関係無いんだし。

有賀さんから水原さんに情報が伝わる恐れがあるのは心配だけれど、他はどうでもいいはず。


「有賀さん、そろそろ戻りましょうか」


「あっ、もうそんな時間か」


有賀さんは腕時計に目を遣りながら、残念そうな顔をした。


「休憩時間は、あっという間に過ぎます」


「そうだね。戻って頑張って働くか。今日は少し早めに終らせたいし」


「そうなんですか? 私は残業出来るので、何か有れば言ってくださいね」


私は一応有賀さんのアシスタントだし、フォローしないと。


そう思って言うと、有賀さんは少し気まずそうな顔をした。


「ありがとう。実はさっき話題になった水原さんと会う約束なんだ」


「……そうなんですか」


「ああ。トラブルがないことを祈るよ」


有賀さんのうれしそうな顔を見た瞬間、ひとつの考えが浮かびあがる。


「あの、もしかして、水原さんと付き合ってるんですか?」


つい声にしてしまったけれど、すぐに後悔した。


踏み込み過ぎた発言だった。


「え……」


有賀さんも困惑したように、言葉を濁す。


「す、すみません。失礼なことを言って」


「いや、いいよ」


有賀さんは穏やかに言う。


「付き合っていないよ。でも俺はそうなるといいなと思ってる」


続いた言葉は、私にとって、とても複雑な気持ちなるものだった。

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