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#この作品は完全にフィクションです。
わあ〜!
54
#オリジナルストーリー
海月🪼🩵‐Mizuki
228
九尾(ぬし)
156
ユナ @ショタ化関係者再募集中
141
第九十七話 伝えきれない言葉
六月の初め。
湊は、地域の写真展示企画について、
担当者との打ち合わせに向かっていた。
前回の相談から数日。
撮影したい人物や場所について考え、
自分なりの案をまとめてきた。
商店街で長年店を営んでいる人。
地域の子どもたちに勉強を教えている人。
人が集まる場所を、陰から支えている人。
どの人にも、
それぞれの暮らしがあり、
大切にしているものがある。
湊は、ただその姿を撮るのではなく、
本人の話を聞きながら、
その人らしさが伝わる写真を残したいと考えていた。
「まずは、実際に何人かの方にお話を聞いてみたいです」
打ち合わせでそう伝えると、担当者はうなずいた。
「いいと思います。写真を撮る前に、その人がどんな思いで活動しているのかを知ることは大切ですからね。ただ、話を聞いたからといって、その人のすべてが分かるわけではありません。どこまでを写真に残すのか、相手と相談しながら考えてみてください」
湊は、その言葉をノートに書き留めた。
写真を撮る側には、伝えたいことがある。
けれど、撮られる側にも、
自分のことをどう伝えてほしいかという思いがある。
自分がいいと思った写真が、
必ずしも相手にとって望ましいものとは限らない。
それは、
これまであまり深く考えてこなかったことだった。
打ち合わせを終えた湊は、
帰り道に商店街へ立ち寄った。
今回の企画で撮影をお願いできないかと考えていた、古い文房具店があったからだ。
店の前には、
手書きの値札がついたノートやペンが並んでいる。
湊が店内をのぞくと、
店主らしい男性が、棚の商品を整えていた。
「あの、すみません」
湊は、自分が写真を撮っていることと、
地域の展示企画について説明した。
店主は話を聞き、少し考えてから答えた。
「写真かあ。店を撮ってもらうのは構わないけど、私の顔はあまり大きく写さないでもらえるかな」
「もちろんです。ご希望に合わせて撮影します」
「ありがとう。昔から、この店を知っている人は多いんだけどね。私自身のことを紹介されるのは、どうも慣れなくて」
店主は照れたように笑った。
湊は、店内を見渡した。
使い込まれた木の棚。
少し色あせた看板。
丁寧に並べられた文房具。
そこには、
長い時間をかけて
守られてきたものがあるように感じられた。
「もしよかったら、どうしてこのお店を続けているのか、お話を聞かせてもらえませんか?」
店主は、
少し驚いたように湊を見たあと、
ゆっくりとうなずいた。
「それなら、いくらでも話せるよ」
その言葉を聞いて、湊はほっとした。
写真に写ることだけが、
その人を伝える方法ではない。
話を聞き、
相手が大切にしているものを知ることも、
写真を撮るための大切な一歩なのだ。
湊は、店主の話を聞きながら、
ノートにいくつかの言葉を書き留めた。
帰る頃には、
撮りたい写真のイメージが、
少しずつ見えてきていた。
同じ頃、紬は大学の図書館で、
国際交流に関する資料を読んでいた。
写真を使った交流企画について、
先生に提出する提案書の期限が近づいていた。
必要な項目は、ほとんど埋まっている。
実施する目的。
参加者の募集方法。
当日の進行。
交流後の振り返り。
けれど、最後に書こうとしていた
「この企画で実現したいこと」という欄だけは、
何度書き直してもしっくりこなかった。
最初は、
異なる文化を持つ人同士が、
写真を通して、
交流できる場をつくりたいと思っていた。
それは今も変わっていない。
ただ、調べれば調べるほど、
文化の違いを知ることと、
相手を理解することは、
簡単には結びつかないのだと感じるようになった。
同じ国で育った人同士でも、
考え方が違うことはある。
反対に、
育った環境が違っていても、
同じことで悩んだり、
同じものを大切に思ったりすることもある。
「文化を知ってもらう」だけでは、
足りないのかもしれない。
では、何を目指せばいいのだろう。
紬はペンを置き、
図書館の窓から見える中庭を眺めた。
ベンチで話している学生たちがいる。
その隣では、別の学生が一人で本を読んでいた。
同じ大学に通っていても、過ごし方は人それぞれだ。
それでも、
何かのきっかけがあれば、
今まで話したことのなかった相手と
知り合うこともある。
紬がつくりたいのは、
そんなきっかけになる場所だった。
「……うまく説明できないな」
小さくつぶやいたとき、隣の席に友人が座った。
「まだ企画書やってるの?」
「うん。最後のところが、どうしても決まらなくて」
紬は、書きかけの提案書を見せた。
友人はしばらく目を通してから、首をかしげた。
「これ、紬がやりたいことは分かるよ。でも、どうして写真なの?」
「え?」
「交流する方法はいろいろあるじゃん。どうして写真を使いたいの?」
紬は、すぐには答えられなかった。
写真なら、言葉が十分に通じなくても、
何かを共有するきっかけになると思ったから。
けれど、それだけではなかった。
留学していたとき、
同じ景色を見ているのに、
相手が自分とは違うことに
気づく瞬間が何度もあった。
何気ない街角の写真を見せ合っただけで、
そこに写っているものについて
話が広がったこともある。
自分にとっては当たり前の風景が、
相手にとっては珍しいものだった。
逆に、
相手が撮った写真を見て、
自分が知らなかった
日常の姿を教えてもらったこともあった。
写真は、
何かを説明するためだけのものではなかった。
自分が見ている世界を相手に見せ、
相手が見ている世界を知るための
入り口にもなっていた。
「……写真を通して、自分が当たり前だと思っていたことを、もう一度考えるきっかけにしたいんだと思う」
紬がそう答えると、友人は笑った。
「じゃあ、それを書けばいいんじゃない?」
「そんな簡単に?」
「だって、今の説明のほうが、さっきの文章より紬の気持ちが伝わったよ」
紬は、もう一度提案書に目を落とした。
伝えたいことがないわけではなかった。
ただ、きちんとした文章にしようとするあまり、
自分がなぜこの企画を始めたかったのかを、
見失いかけていたのかもしれない。
紬は新しいページを開き、
最初から書き直し始めた。
その日の夜、湊と紬は久しぶりに電話で話した。
「今日、撮影の相談をしてきたんだ」
湊がそう言うと、紬はすぐに反応した。
「どうだった?」
「まだ準備段階だけど、撮りたい人が少し見えてきた。今日、商店街のお店の人とも話してきたんだ」
湊は、文房具店の店主との会話を話した。
写真に写ることには少し抵抗があること。
それでも、
自分が長く店を続けてきた理由なら
話してくれると言ってくれたこと。
「なんか、撮る前から考えることが増えたよ」
「でも、それって大事なことなんじゃない?」
「うん。自分が伝えたいことばかり考えてたけど、相手がどう伝えてほしいかも考えないといけないんだなって」
「……そうだね」
紬は、少しだけ声の調子を落とした。
「私も今日、友達に同じようなことを言われたんだ」
「同じようなこと?」
「企画書を書いてたんだけど、どうして写真を使いたいのかって聞かれて。ちゃんと説明しようとするほど、何が言いたいのか分からなくなっちゃってた」
紬は、友人に聞かれたことと、
そこで気づいた自分の思いを話した。
「写真を通して、相手のことを知るだけじゃなくて、自分が当たり前だと思っていたことも見直せたらいいなって。そういうきっかけをつくりたいんだと思う」
「いいと思うけどな」
「本当?」
「うん。少なくとも、今の話はちゃんと伝わったよ」
紬は、ほっとしたように笑った。
「ありがとう。そう言ってもらえると、少し自信が出る」
「俺も、紬に話してよかった」
湊はそう答えたものの、
心の中では別のことも考えていた。
自分たちは、互いの夢について話すことが増えた。
それぞれが何を目指し、
何に悩んでいるのかも、
以前より分かるようになってきた。
それでも、
相手が本当に考えていることを、
すべて知っているわけではない。
たとえば、
紬が将来どこで暮らしたいと思っているのか。
自分が写真を仕事にするために、
どこまで環境を変えるつもりなのか。
そういう話は、まだ深くしたことがなかった。
聞きたいと思うことはある。
けれど、
今それを尋ねたら、
何かを決めなければならないような気がして、
言葉にできなかった。
電話の向こうでも、紬は同じように考えていた。
湊の写真を、これからも見ていたい。
自分の挑戦も、湊に知っていてほしい。
けれど、
いつか自分が海外で働くことになったら、
二人の関係はどうなるのだろう。
湊が写真の仕事のために、
別の場所へ移ることになったら。
そんな可能性を考えると、
応援したい気持ちと、
少し寂しい気持ちが同時に生まれた。
それでも、紬はその思いを口にしなかった。
今はまだ、
どちらも具体的に決まっているわけではない。
決まっていない未来を心配するより、
目の前のことに集中したほうがいい。
そう自分に言い聞かせた。
「企画書、もう少しで完成しそうなんだ」
紬は、明るい声に戻って話した。
「本当? よかったじゃん」
「うん。提出したら、また報告するね」
「楽しみにしてる」
「湊も、撮影の準備頑張ってね」
「ありがとう」
いつものように、互いを応援する言葉を交わす。
それだけで、今夜の会話は十分に温かかった。
けれど、
電話を切ったあと、
二人はそれぞれの部屋で、
伝えられなかった言葉について考えていた。
湊は、紬のこれからをもっと知りたいと思っている。
紬も、
湊が思い描く未来を
もっと聞きたいと思っている。
ただ、知りたいことを尋ねることと、
その答えを受け止めることは、
別のことなのかもしれなかった。
相手の夢を応援するだけなら、きっと難しくない。
けれど、
その夢が自分の望む未来と違っていたとき、
自分は何を思うのだろう。
二人はまだ、
その問いに向き合う準備ができていなかった。
それでも、
少しずつ見えてきた違いから
目をそらさずにいれば、
いつか本当の気持ちを話せる日が
来るのかもしれない。
📷 Photo.097「伝えきれない言葉」
撮影日:6月3日
自分の思いを、誰かに伝えること。
相手の思いを、決めつけずに受け止めること。
どちらも簡単なようで、実は難しい。
湊は写真を通して、
紬は人と人との交流を通して、
そのことを少しずつ学び始めていた。
けれど、
二人の間には、
まだ言葉にできていない思いが残っている。
相手を大切に思っているからこそ、
簡単には口にできない言葉もある。
その言葉を伝えないままでも、
今までどおりに歩いていくことはできるのだろうか。
それとも、
いつか立ち止まって、
互いの本当の気持ちを
確かめなければならないのだろうか。
二人の夢が形になり始めた今、
二人自身の関係もまた、
新しい一歩を求められようとしていた。
――次回、第九十八話「それぞれが選ぶ未来」へ続く。
コメント
1件
みぅだよ🤍 今回もすごく沁みた…。湊くんが写真を通して「相手の伝えたいこと」を大事にしようとしてるの、本当に素敵だと思った。紬ちゃんも、企画書で「伝えたいこと」を言葉にしようとしてるけど、簡単じゃないよね。二人とも真剣だからこそ、伝えられない言葉があるんだなって切なくなった…。 でも、それでもお互いの夢を応援できるって、すごく尊い。 次回も待ってる〜🌙