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第九十八話 それぞれが選ぶ未来
六月の半ば。
紬は、大学の掲示板の前で足を止めていた。
国際交流活動に関する募集案内が、
いくつも並んでいる。
その中に、海外の大学と連携して行う
短期交流プログラムの案内があった。
現地の学生と交流しながら、
それぞれの地域が抱える課題について学び、
解決に向けた取り組みを考える。
期間は夏休みの一部を使った約三週間。
参加するには選考があり、
事前の準備も必要になるらしい。
紬は案内を読みながら、
胸の奥が少しずつ熱くなるのを感じた。
海外で暮らす人たちと直接話し、
その土地の文化や社会について学ぶ。
自分が大学で学びたいと思っていたことに、
つながる経験になるかもしれない。
けれど、すぐに申し込む決心はつかなかった。
今は、写真を使った
国際交流企画の準備も進めている。
どちらも中途半端にしたくない。
それに、短期間とはいえ、
慣れない場所で
自分から行動することには不安もあった。
「……どうしようかな」
紬は案内をスマートフォンで撮影し、
ひとまずその場を離れた。
興味がある。
挑戦してみたい。
その気持ちは確かだった。
だからこそ、簡単に決められなかった。
一方、湊のもとにも、新しい知らせが届いていた。
地域の写真展示企画について、
正式に参加が決まったのだ。
撮影するのは、地域で長く活動を続けている人たち。
事前に本人から話を聞き、
その人が大切にしていることや、
日々の活動の様子を写真で紹介する企画だった。
展示に使う写真だけでなく、
撮影した人の言葉も一緒に紹介する予定らしい。
湊は、届いた資料を机の上に並べた。
撮影の機会をもらえたことは、素直にうれしかった。
これまでの経験が認められ、次の仕事につながった。
それは、
自分が写真を続けていくうえで、大きな一歩だった。
ただ、今回の企画では、これまで以上に責任もある。
自分の写真を見た人が、
被写体となった人のことをどう受け取るのか。
一枚の写真が、
その人の活動や思いをどこまで伝えられるのか。
考えれば考えるほど、慎重になった。
それでも、やってみたいと思った。
#この作品は完全にフィクションです。
わあ〜!
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#オリジナルストーリー
海月🪼🩵‐Mizuki
228
九尾(ぬし)
156
ユナ @ショタ化関係者再募集中
141
もっと経験を積みたい。
写真を通して、
人の思いや、
その人が過ごしてきた時間を
伝えられるようになりたい。
いつか写真を仕事にするという目標も、
以前より具体的になっていた。
湊は、担当者に返信するメールを書き始めた。
参加への感謝を伝え、
これからの撮影に向けて準備を進めることを記した。
送信ボタンを押したあと、
湊は椅子の背もたれに体を預けた。
これから忙しくなるだろう。
撮影の日程によっては、
今までのように
自由に予定を組めなくなるかもしれない。
それでも、今はこの機会を大切にしたかった。
自分で選んだ道なのだから。
数日後、二人は駅前のカフェで会った。
久しぶりに直接会うと、
自然と話したいことが次々に出てきた。
「そういえば、写真の企画、正式に決まったんだ」
湊が話すと、紬は目を輝かせた。
「本当に? おめでとう!」
「ありがとう。これから撮影する人を訪ねたり、話を聞いたりすることになりそう」
「いいなあ。湊がどんな写真を撮るのか、ますます楽しみ」
「まだ始まってもないけどな」
「始まる前から楽しみなんだよ」
紬は笑った。
湊も笑いながら、
今回の企画について詳しく説明した。
撮影する人たちのこと。
写真と一緒に、その人の言葉も紹介すること。
展示を見た人に、
活動の背景まで知ってもらいたいこと。
紬は興味深そうに聞いていた。
「写真を見るだけじゃなくて、その人の考えも知れるんだね」
「うん。俺も、撮影する前にちゃんと話を聞きたいと思ってる」
「湊に合ってる企画だと思う」
そう言われ、湊は少し照れくさそうに笑った。
そのあと、紬も
大学で見つけた短期交流プログラムのことを話した。
「まだ申し込むかどうか迷ってるんだけどね」
「三週間も海外に行けるんだ?」
「うん。現地の学生と一緒に、社会の課題について学ぶみたい。ずっと興味があった分野だから、参加してみたい気持ちはあるんだ」
「だったら、申し込んでみればいいんじゃない?」
湊の返事は、思っていたよりもあっさりしていた。
「え?」
「興味があるんだろ? もちろん、準備も必要だろうけど。やってみたいなら、挑戦してみてもいいと思う」
紬は、手元のカップに視線を落とした。
応援してくれることは、分かっていた。
湊なら、きっとそう言ってくれると思っていた。
それなのに、
胸の奥に、ほんの少しだけ引っかかるものがあった。
自分が海外に行くことを、
湊はどう思っているのだろう。
三週間という期間を、長いと感じるのだろうか。
それとも、
自分がどこにいても、
今までと変わらずに
いられると思っているのだろうか。
そんなことを考えてしまった自分に、紬は戸惑った。
「……湊は、私が海外に行くこと、どう思う?」
気づけば、口にしていた。
湊は少し驚いたように顔を上げた。
「どうって?」
「その……しばらく日本にいなくなること」
湊は、すぐに答えられなかった。
紬が海外で学びたいと思っていることは知っていた。
だから、挑戦する機会があるなら応援したい。
けれど、
自分が寂しいと思うかどうかを
聞かれたのだとしたら、答えは少し違ってくる。
三週間、会えなくなる。
その間、
紬は新しい人たちと出会い、
今まで知らなかったことを学ぶのだろう。
帰ってきたときには、
今とは違う考えを持っているかもしれない。
そう想像すると、
楽しみな気持ちと、
少しだけ取り残されるような気持ちがあった。
「……正直、会えなくなるのは寂しいと思う」
湊は、ゆっくりと言った。
紬は顔を上げた。
「でも、だからって行ってほしくないとは思わない。紬がやりたいことなら、挑戦してほしい」
その言葉に、紬は小さくうなずいた。
うれしかった。
自分の夢を否定せず、応援してくれている。
けれど、
本当に聞きたかったのは、
それだけだったのだろうか。
自分でも、よく分からなかった。
「……ありがとう」
紬は微笑んだ。
湊は、その笑顔を見て少し安心した。
けれど、
紬が何かを言いかけて、
結局やめたことには気づかなかった。
帰り道、二人は駅まで並んで歩いた。
夕方の空は、少しずつ色を変えていた。
「申し込むかどうか、もう少し考えてみる」
紬が言った。
「うん。自分が納得できるように決めたらいいと思う」
「湊も、これから撮影で忙しくなるんだよね」
「そうだな。まだ日程は全部決まってないけど」
「そっか」
紬は、何気ない様子でうなずいた。
本当は、もう少し話したいことがあった。
海外に行くことになったら、
帰国後も同じように会えるのだろうか。
湊の撮影が忙しくなったら、
二人の時間はどう変わっていくのだろうか。
そんなことを聞いたところで、
今すぐ答えが出るわけではない。
それでも、聞いてみたかった。
湊もまた、紬に聞きたいことがあった。
これから、どんな仕事に就きたいのか。
海外で働くことを、本気で考えているのか。
そして、
自分との関係を、
これからどう考えているのか。
けれど、
それを尋ねる言葉は、
なかなか見つからなかった。
駅に着くと、二人は改札の前で立ち止まった。
「じゃあ、また連絡するね」
「うん。気をつけて」
いつもと変わらない別れ際。
紬は改札を通り、何度か振り返りながら手を振った。
湊も手を振り返した。
その姿が人混みに紛れて見えなくなってから、
湊はゆっくりと歩き出した。
自分たちは、互いの夢を応援できている。
相手の挑戦を邪魔したいとは思わない。
それは、間違いなく本当の気持ちだった。
ただ、相手の夢を応援することと、
その先にある二人の未来について考えることは、
別なのかもしれない。
今まで、
二人はそれぞれの夢について語り合ってきた。
けれど、その夢が実現したとき、
二人の生活がどう変わるのかについては、
深く考えてこなかった。
それぞれが選ぶ道の先に、
相手がどんな形で存在しているのか。
その答えは、まだ二人の間で共有されていなかった。
その夜、
紬は短期交流プログラムの
募集要項をもう一度開いた。
参加申込書の入力画面には、
まだ何も記入されていない。
不安はある。
三週間の海外生活がどんなものになるのか、
想像しきれない部分もある。
それでも、
参加してみたいと思う気持ちは消えていなかった。
紬は、自分がこれまで学んできたことを振り返った。
留学を経験したことで、
知らない文化に触れることの面白さを知った。
大学で学ぶうちに、
文化の違いだけでなく、
社会の仕組みや、そこに暮らす人々の状況についても知りたいと思うようになった。
これからも、もっと多くの人と出会いたい。
自分とは違う考え方に触れ、
自分にできることを探していきたい。
それが、今の紬の思いだった。
「……やっぱり、挑戦したい」
紬は、小さくつぶやいた。
そして、申込書に必要事項を入力し始めた。
一方、湊は机の上にカメラを置き、
次の撮影に向けた準備を進めていた。
撮影する相手について調べ、
聞いてみたいことをノートに書き出す。
その途中で、ふと紬の顔が浮かんだ。
海外に行くことになったら、
どんな景色を見るのだろう。
どんな人と出会い、何を感じるのだろう。
できることなら、その話を聞きたいと思った。
自分が知らない世界を、
紬が見せてくれるかもしれない。
そう考えると、
離れた場所で過ごす時間にも
意味があるように感じられた。
ただ、いつか二人がそれぞれの夢を
本格的に追いかけるようになったとき、
今と同じ距離感でいられるのか。
その問いだけは、まだ答えが見つからなかった。
それでも、湊はカメラを手に取った。
今は、自分にできることを続けていこう。
未来のことを考えるのは、それからでも遅くない。
そう思いながら、
次の撮影で残したい景色を、
もう一度ノートに書き加えた。
📷 Photo.098「それぞれが選ぶ未来」
撮影日:6月15日
紬は、新しい世界へ
踏み出すことを選ぼうとしている。
湊は、自分の写真を通して、
まだ知らない人々の思いを伝えようとしている。
二人の選択は、どちらも間違いではない。
相手の夢を応援したいという気持ちも、
離れてしまうことへの不安も、
きっとどちらも本当なのだ。
大切なのは、どちらかが夢を諦めることではない。
それぞれの未来を見つめながら、
二人でどんな関係を築いていきたいのかを
考えることなのかもしれない。
紬は、海外交流プログラムへの申し込みを進めた。
湊は、新しい撮影に向けて準備を始めた。
二人が選んだ道は、
少しずつ別々の方向へ伸びていく。
それでも、
まだ二人には、伝えたいことが残っていた。
――次回、第九十九話「もう一度、向き合うために」へ続く。
コメント
1件
ああ、この回、すごく好きでした……。湊くんが「正直、会えなくなるのは寂しいと思う」って素直に言えたこと、あれって結構勇気がいることだと思うんです。紬さんもきっと、その一言が聞きたかったんじゃないかな。互いの夢を応援しながらも、その先にある関係性の変化をどこかで怖がっている。そのバランスが本当にリアルで、胸がぎゅっとなりました。お互いに「聞きたいけど聞けないこと」があるもどかしさ、よく描けてます…!