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「文化祭まであと三日でーす!」
教室中に歓声が上がる。
廊下には模造紙。
教室には段ボール。
放課後になっても校内は騒がしかった。
一年で一番“学校っぽい”時期。
そして教師たちにとっては、一番忙しい時期でもある。
「……つかれた」
職員室でマナが机に突っ伏す。
「まだ一日目ですよ」
隣から聞こえる冷静な声。
ライだった。
「ライ元気すぎない?」
「普通」
「絶対嘘」
「緋八先生が体力ないだけです」
「塩〜」
そんなやり取りをしていると、女子生徒が数人近付いてきた。
「緋八先生! 装飾手伝ってください!」
「え、今?」
「人手足りないんです!」
「うわ〜どうしよ」
困ったように笑うマナ。
するとライが淡々と言った。
「行ってきたらどうですか」
「え、いいの?」
「その代わり明日の会議資料終わらせてください」
「う」
「終わるまで帰れませんよ」
「鬼!」
女子生徒たちが笑う。
「伊波先生、緋八先生にだけ厳しくないですか?」
「普通です」
即答。
でも。
マナは知ってる。
これ、“早く戻ってこい”の意味だ。
◇
放課後。
校内は文化祭準備で騒がしかった。
ペンキの匂い。
笑い声。
走り回る生徒。
そんな中、マナは教室の装飾を手伝っていた。
「緋八先生、ここ持って!」
「はいはい〜」
脚立を支えながら笑う。
すると。
「緋八先生って彼女いるんですかー?」
突然の質問。
「えっ」
教室がざわつく。
「うわ聞いた」
「気になる〜!」
マナは苦笑した。
「なんでそんな話になるの」
「だってモテそうじゃないですか!」
「え〜?」
「絶対いる!」
「年上?」
「かわいい系?」
237
ナギサノサナギ
2,514
118
625
矢継ぎ早。
マナは困ったように笑う。
(かわいい系……ではないかも)
脳裏に浮かぶのは、無表情で「早く寝ろ」と言ってくる恋人。
でも、家では甘い。
かなり甘い。
「……まあ、秘密かな」
そう答えると、生徒たちは大騒ぎになった。
「いるんだ!?」
「えーーー!!」
「うわ墓穴掘った」
マナが笑っていると。
「何騒いでるんですか」
低い声。
一瞬で空気が静まる。
教室の入口にライが立っていた。
「伊波先生!」
「聞いてくださいよ、緋八先生彼女いるっぽいです!」
その瞬間。
ライの眉がぴくりと動く。
ほんの一瞬。
マナだけが気付いた。
(あ、嫉妬した)
「……仕事終わったんですか、緋八先生」
声が低い。
ちょっと怖い。
「いやまだ!」
「なら戻ってください」
「え〜」
「会議資料」
圧。
生徒たちが笑う。
「伊波先生独占欲強〜!」
「お母さんじゃん!」
するとライは静かに言った。
「文化祭前で浮かれるのはいいですけど、提出物終わってからにしてください」
「はーい……」
生徒たちがしゅんとなる。
強い。
完全に教師モード。
けれど。
マナが脚立から降りる瞬間。
ライの手が自然に腰へ添えられた。
支えるみたいに。
あまりにも自然な動作。
生徒たちが止まる。
「あ」
ライも気付いた。
しまった。
完全に無意識。
マナは吹き出しそうになる。
「……危ないので」
ライが静かに手を離す。
「気を付けてください」
「はいはーい」
耳が少し赤い。
マナは笑いを堪えながら教室を出た。
後ろでは女子生徒たちがざわついている。
「今の見た?」
「彼氏じゃん」
「でも伊波先生あんな触る!?」
「え、やばくない?」
——噂は、少しずつ形になり始めていた。
◇
夜七時。
校内にはまだ灯りがついていた。
「……終わんない」
マナが机に突っ伏す。
会議資料。
文化祭進行表。
提出書類。
仕事が山積み。
職員室にはもうほとんど人がいない。
残っているのは、ライとマナだけだった。
「あとどれくらい」
「これ終われば……たぶん……」
「“たぶん”って言った」
ライはため息をつく。
そのままマナの机へ近付いた。
「見せて」
「ん」
隣に立ったライが資料を覗き込む。
距離が近い。
肩が触れる。
学校なのに。
マナの心臓が少しうるさくなる。
「ここ計算ミス」
「あ、ほんとだ」
「あとこの文章変」
「うわ最悪」
「集中力切れてるじゃん」
ライが苦笑する。
学校では珍しい、柔らかい顔。
それを見て。
マナはつい口元を緩めた。
「……なに」
「いや、ライってさ」
「うん」
「二人きりになると急に甘いよね」
ライの手が止まる。
数秒。
「……二人きりだから」
小さい声。
マナはどきっとした。
「学校だよ?」
「知ってる」
「危なくない?」
「危ない」
そう言いながら。
ライはマナの髪を軽く触った。
一瞬だけ。
優しく。
「っ……」
「頑張ってるからご褒美」
低い声。
完全に家のライ。
マナの顔が熱くなる。
「ライ、距離感……」
「誰もいない」
「でもっ」
その時だった。
ガラッ。
職員室の扉が開く。
二人が同時に離れる。
入ってきたのは同僚教師だった。
「うわ、まだいたの?」
「……仕事です」
ライが即答する。
声がいつも通りすぎて怖い。
同僚教師は笑った。
「文化祭前ほんと大変だよねぇ」
「ですね〜……」
マナは必死に平静を装う。
だが。
さっきまで髪を触られていた感覚が残っている。
心臓がうるさい。
ライは何事もなかったように資料を整理していた。
……耳だけ少し赤いけど。
◇
その帰り道。
「ライさぁ」
「ん?」
「今日無意識多くなかった?」
夜道を並んで歩く。
学校から少し離れた場所。
もう“同僚”を演じなくていい距離。
ライは小さく息を吐いた。
「……疲れてるかも」
「え」
「お前いると気抜ける」
マナが止まる。
ライも立ち止まった。
街灯の下。
静かな夜。
「それ反則」
「なにが」
「急にそういうこと言うとこ」
ライは少し笑った。
そのままマナの頬へ触れる。
「今日、“彼女いる”って言った時」
「うん」
「ちょっと嫌だった」
「嫉妬?」
「……悪い?」
低い声。
マナは思わず吹き出した。
「かわい〜」
「うるさい」
「だってライ絶対気にしてたじゃん」
「気にするだろ」
即答。
ライは少し目を細めた。
「お前が誰かのものみたいに言われるの嫌」
その言葉に。
マナの胸が熱くなる。
「……俺、ライのなのにね」
ぴたり。
ライが止まる。
数秒。
「……煽ってる?」
「事実だけど?」
次の瞬間。
ぐい、と腕を引かれる。
「ちょ、ライっ」
「帰るぞ」
「耳赤いって!」
「うるさい」
歩く速度が少し速い。
でも。
繋がれた手は離れなかった。