公爵家の次男だったリーロン様は、お兄様が爵位を継いだ時に自分に与えられるはずだった伯爵の爵位を辞退し、背負うものはなく、ただ国のために戦うことを選んだ。騎兵隊の中で出世していき、5年目で司令官への打診がきた。最初は打診を断っていたリーロン様だったが、上層部からの熱意に負け、足手まといにならない間は戦地にいても良いという条件で司令官の座を引き受けた。
私とお姉様は、戦地にいる数少ない若い女性ということで、敵は魔物だけではないからと護身術を教わった。その時からよく話すようになり、何か困ったことがあれば相談に乗ると言ってくれていたから、遠慮なくその言葉に甘えることにした。
会議後はすぐに戦地に戻るとのことだったので、城門の前で待ち合わたところ、話の内容に予想がついていたリーロン様から話題を出してくれた。
「お前の夫と第二王子の件か」
長身で日に焼けた肌に逞しい体躯のリーロン様は私が頷くと、険しい表情になった。
「悪かったな。あの時、二人を帰らせるべきじゃなかった」
「戻る許可を出したのは騎士団長です。それに常識的に考えても、帰還後の二人の行動がおかしいんです」
「元気になったら戦地に戻れと指示を出さなかったのは俺だ。それに帰還させる前におかしいと思うべきだった」
「……それは、どういうことでしょう」
「わからないのなら良い。今になって気が付いても意味がないことだからな。……と悪い。あまり、ゆっくりできないんだ。本題は何だった?」
リーロン様に時間を取ってもらったことへの礼を述べて、門番たちに聞こえないように少し離れた場所に移動して口を開く。
「テイソン殿下ですが、お姉様の代わりに私を差し出せと言っているそうです」
「既婚者をか? ……ああ、離婚したら結婚できるようになるのか」
「離婚したくても離婚できない状態になっていますが、絶対に離婚はします。かといって……」
「あのワガママ坊っちゃんには嫁ぎたくない」
「そうです」
「だから、ワガママ坊っちゃんの父親に介入してもらいたいということか」
「お願いを聞いていただけるのであれば、準備が整い次第、私一人になりますが戦地に戻ります」
自分で言うのもなんだけれど回復魔法を使える人間は数少ないから、私が戦地に戻ることはかなりの好条件のはずだ。
「最近は魔物も負けを悟り始めたのか、一か八かの攻撃に出てきていて、こちらも死傷者が桁違いに増えている。そのことで陛下も心を痛めているからな」
険しい表情のまま頷くと、リーロン様は続ける。
「……わかった。陛下に話をしよう。第二王子の件はお前が何もせずとも話を聞けば助けてくれそうだが、戦地に戻ってくれるのは俺としては助かる。魔法がかかった婚姻届も陛下に頼めば何とかなるだろうが、周りには国王陛下が介入したなんてことは言わないでくれよ」
「承知しております」
「それと、戦地に戻ることはエルファスたちには何も言わないつもりか」
「言ったら一人じゃ心配だと言って、一緒に来ようとするに決まっています。エル以外の仲間にも家族がいます。任務ならまだしも、何かあった時に責任は負えません。仲間を失うことも嫌ですし、仲間の家族を悲しませたくないんです」
「お前だって家族がいるだろう。それに、お前たちがいた頃よりも酷い状況だ。……死ぬかもしれないぞ。それでも一人で来るつもりなのか」
リーロン様は険しい顔で私を見つめた。
「それくらいのことをしなければ、陛下に願いを聞いていただく代償にはならないでしょう。それに、そんなことを聞いたら余計に行かなくちゃいけない気になりました」
陛下が介入してくれるのならば、レイロと離婚できて第二王子との婚約に悩まされることもなくなる。
そして、私が戦地に行けば助かる命が増えるはずだ。
良いことばかりなのだから、私は戦地に行くべきだわ。無駄死にをするために行くつもりはない。人を助けに行き、自分も生きて帰るつもりではいる。
でも、人生はどうなるかわからない。
たとえ、命を落とすことになったとしても、生きている間は後悔しないように生きていかなくちゃ。
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