コメント
0件
冬に染った風が体を包む
暖かいオフィスを出た外は
秋あったか?なんて思わせるほど冷たかった
そんな季節に身震いしつつも 彼を彷彿とさせる青いマフラーを口元まで引き上げる
「急がな…」
月明かりが落ちたような明るい街を
彼はただ静かに走り出した
「……っ」
寒いなぁもう!俺にこの気候は適していない!
本当なら今すぐ家に帰って風呂に入りたい
そして、彼に抱きしめてもらいたい
だけど
今日だけは
そんな”御褒美”は後回し
年に一度の大切な日
彼の笑顔が 輝く日
彼だけが、主役の日。
考えるだけで 心がゆったり暖かくて
また1つ 好きが溢れる
そんな1日だ。
厚底のシューズが悲鳴をあげるそんな時
少し先に 優しい光が見える
会社より少し遠いその店
閉店時間まであと30分
よかった、ギリギリ間に合った。
「いらっしゃいませ〜」
落ち着いた音楽と 暖かい店内が出迎える
冷たく冷えた耳や指先が少しづつ暖まってゆく
息を整えながらずんずんと奥へ進んだ
買うものはもう 決めてあるから。
棚の端
儚く揺れるキーホルダー
一目見た時から、彼の誕生日にはこれをあげようと決めていた。
淡い蒼色から落ち着いた向日葵色へとグラデーションのかかったプリズム
その上に 彼の優勝曲に似た青い小さな王冠が付けられている
そっと手に取ると、照明に照らされ
虹がポツリと世界へおちた
あまりの美しさに息をつく。
優しい虹 あの日、心に射したような
あたたかな、光。
「ありがとうございました〜」
ラッピングまでしてもらい 少し背伸びした値段のキーホルダー
彼は喜んでくれるだろうか。
きっと、喜んでくれるだろうな。
綺麗な顔をぱっと火照らせ
キラキラと輝く瞳で両手を差し出したら
ありがとう、なんて微笑むんだ。
1つ、また1つと光がついては消える住宅街
オフィス街をぬけると案外静かだな、なんて思いながら
今の時間に少し焦りを覚え 足を動かした。
彼との家につくまで、あと2分
階段を駆け上がり 鍵を探す
あと1分 鍵を手に取り 家の前まで走る
あと10秒 鍵穴に刺した鍵を回した
あと___
「っただぃ……」
ま、 そういう前に 目の前が黒くなった
というか、毛布で包まれた
暖かい。あ、まろの匂い
「おかえり!寒かったやろ!?
こんな時間までどこいってたん?!?!」
毛布を少し下げると部屋着にしては少しオシャレなものに身を包んだ彼と目が合った
「ちょっと買い物してた、どしたんその服?」
「あぁ、いや
いつもより帰ってくるん遅かったから…お迎えしに行こかなーって」
そしたらあにきの足音聞こえてね!
とまるで小さい子のように話し出す
なるほどな、と少し笑うと 何だか彼も幸せそうだ
「えへへ…あにきおかえり」
「ん、ただいま。」
靴を脱いで家にあがる
床暖房が着いているのか、ほわっとした暖かさが足を支える
きっと彼が付けてくれたんだろうな
「あっそうやあにき」
「んー?」
「テーブルの上の手紙って俺見ていいやつ…?」
「……あ”!!」
ぼんっと顔が赤くなるのを感じた
「待って読んだ?!」
「え、えーと…その…読んでないよ?」
「…嘘つく奴嫌いやねん」
「読んだ全部」
「まじか…油断しとった……」
リビングに急ぐと、まだ書き途中の手紙と対面する
何枚も書き直した紙 くしゃくしゃに丸めてあったはずが ご丁寧に広げられている
「…マジでぇ?」
「いやほんまごめん死ぬ程愛おしかった…じゃなくてまじでごめん」
床にちょこんと座ってお叱り待ちしてる彼を見つめ
ふーっとため息を吐く
「まあ…こんなとこに置いとった俺が悪いな、」
「…怒んない?」
「怒らんよ、俺から言う手間が省けたわ」
「えっ、え、えーー?!」
泣きそうな顔をして寄ってくる彼
手紙には
いつもありがとうだの、お前のおかげだの色々書き連ねてある
みるだけで胸焼けしそうだ。これを愛おしいとな
「でもさぁあにき…」
「ん?」
「これ…いや、凄い嬉しかったんやけど…」
「好きとか…そういう言葉は何も書いてないんよね…?」
もの寂しそうに瞳を揺らす
あぁ、と息を漏らした
俺には書けなかったんだ、手紙にそんなこと。
渡すのは恥ずかしい。かと言って
言うのも恥ずかしい。
「ねぇこの先ずっとお預けなの?」
今迄貰った彼からの”愛してる”に
俺はいつもなんと答えていただろう
今日は、今日だけはなんて期待していただろう彼に 悪いことをしたな。
「…飯食った?」
「えっ」
「もう飯食った?まろ」
「え、まだやけど…」
「そ。食おうや、先。」
まだ、まだ今じゃないんだ
ごめん、まろ。
「…」
そんな寂しそうな顔 しないでくれ。
「…ごめん、まだ、まって、準備中やねん」
「、!!」
安堵か、それ以外か
彼の瞳に幸せそうな灯が灯る
「…ハンバーグやで。今日」
「やった!」
お預け そんな言葉でいつも片付けた
少し幼い彼 お預け、なんて言葉が好きなのか
いつもくすぐったそうに目を細めていた
どんなときも。
そういう雰囲気の時だって。
口に人差し指をあてて
お預けやで、なんて。
ただ臆病で
これ以上を求めるのも、求められるのも怖くて
だから今日は 今日こそ。
彼に向き合いたい
お預けになんて、しないように。
今迄の分全部
「…ぃ、あにきー?」
「っん、あ?」
「大丈夫?考え事?」
口にケチャップを付けた彼が不安げに首を傾ける
「ごめんごめん、大丈夫」
そっとティッシュで口を拭うと
あっ、と恥ずかしそうに笑った
「…あにき今日なんか、上の空やん」
「そうか?」
「うん。大丈夫?」
「…大丈夫」
「…」
彼の表情が少し曇る
こんなつもりじゃなかったのにな。
あぁ、じゃぁもう、言うしかないのか。
「まろ」
「、?」
強ばる表情
誕生日なのに、怖がらせてんのか、俺は
「…やで、」
「っえ?」
「大好き、やで」
「………え?!?!」
ガタッ、と音を立てて席を立つ彼
信じられないと言わんばかりに俺の方をただ見つめてる
「い、今迄…お預けばっかで、ごめん」
「えっえ、え、全然いいよぉあにき、」
「っお誕生日おめでとう、やから、その、、」
「…あにき、?」
膝に乗せたプレゼントの箱
どうしようかとぎゅっと握る
これは、今渡すべき?それとも…
いや、きっとこうだ
今 俺が出来ること
「…誕生日プレゼント、間に合わんかったし
俺…貰ってや」
小さな吐息が聞こえる
顔が赤面していくのを感じる
振られるかもしれない、と
そんな恐怖が唐突に襲う
彼の顔を見るのが怖くてぎゅっと目を瞑った
「あにき…、?」
そんな声が聞こえた瞬間
ちゅっ、と頬に暖かさが触れる
「へ、?」
「っあにき…ほんまずるい、」
彼の顔を見つめる
息が、ひゅっ、と詰まった
美しい顔
静かに、一筋の涙が頬を伝う
「まろ、?!」
「ごめん…泣くつもりなかってんけど、」
彼はこちらに向かってくるなり
ゆっくりと、確実に俺を抱きしめた
微かに震えるその背中をゆっくり撫でる
「…こんな愛おしいなんて…あかんわ俺あにきのこと、ほんま好きやねん…しにそう…」
しなんといて、なんて言いながら
彼を見つめる
また、彼も俺を見つめていた
愛おしく儚いものを見るかのような
暖かな瞳で
「一生、返せんけど。ほんまに貰っていい?」
「あぁ…返品不可やし、」
「…ふふ、いただきます」
まだ湯気を立てる夕飯
ラップでもかけてしまっておこう
先にデザートだと、彼は言った
「大好きやで」
そんな言葉が飛び交う夜中の12時
貴方の誕生日が 他には無い素敵な誕生日になりますようにと
ただひたすらに願っている人がいることを
どうか忘れないでくれないか。
そういえば、これ。なんて次の日になって渡すだろうプレゼントも 喜んでくれよ。
「まろ、」
「ん?」
「お誕生日、おめでとうな」