数日後。
今日も映画の撮影現場で待機をしていた。
だんだんと、クランクアップが近づいていて、撮影日数も数えられるだけ。
「よろしくお願いします」
今までのことを振り返っていると、1週間ぶりに広瀕くんが現場入りをした。
白羽蓮のスランプに捨ゼリフをはいて帰ってしまったあの日以来、広瀕くんと会うことが無かった。
白羽蓮とすごくピリピリした雰囲気だった広瀕くんだけど、今はどうだろう……。
「どうやらあの後立て直したらしいね」
「ああ、おかげ様でな」
「どうだった俺のアドバイスは?」
「最悪な気分だった」
「ま、そうだろうな。言う方だって別にいい気しないし、俺はお前とずっとライバルといたいと思ってる」
「ああ、もう口が裂けても言わせねえよ」
そうか。
広瀬くんは白羽蓮と対等な立場でいることを望んでるんだ。
自分のライバルとして、広瀬くんのあの言葉は失望したという意味ではなく彼なりのアドバイスだったんだ……。
それを白羽蓮も、ちゃんと受け取っていたのだろう。
白羽蓮がスタッフに呼ばれ、その場を離れる。
「強くなったな」
広瀬くんは、白羽蓮に聞こえないくらいの小さい声でとつぶやいた。
こうやって、初めてあった時よりも私たちは成長していく。
認め合って、影響を受けて、それを演技に反映していくんだ。
「花ちゃん、俺のクランクアップは2人より早い。だから俺のことしっかり見てほしい。なんだかんだ、この役気に人ってるんだ」
前、納得していないなんて言っていた広瀬くん。
私たちが演じれば演じるほどその役に愛着が湧く。
私も、クランクインの時は責任で押しつぶされそうで、茉奈と向き合う余裕がなかった。
だけど今はちがう。与えられた役を大切に思っている。
今日は広瀬くんの演じる田中くんをしっかり目に焼きつけておこう。
私と広瀬くんのふたりが撮影で使う学校ヘ移動すると、すぐシーンの撮影にうつった。
『俺、諦め悪いんだ。ごめんね』
篠と茉奈が付き合い始めたと知った田中くん。
しかし彼は諦めない宣言をする。
そして、田中くんは2人の仲を引き裂こうとする女の子に手を組まないかと誘われる。
『そんなやり方で手に入れても俺の事見てくれないなら虚しいよ。だったら好きな人が笑ってる方がいい』
好きな人が笑っている方がいい。
素敵な言葉。
ずっと片想いをしていた田中くん。
卑怯なやり方は絶対にせず茉奈を想って来た。
この恋に破れても、本当に幸せになってほしいと思うんだ。
「はいカット!」
カットの声がかかった瞬問、思いっきり息を吸い込んだ。
「はあ……幸せになって欲しいな、田中くん」
「いやいやまだ分かんないよ?俺と茉奈ちゃんが付き合ってハッピーエンドかもしれないじゃん?」
広瀬くんのその言葉にすぐ白羽蓮が反発する。
「そんなことさせるかよ」
そのやりとりに私は思わず笑ってしまった。
広瀬くんは今日がクランクアップの日。
もっと広瀬さんの演技を見ていたかったけど、終わりは必ずやってくる。
「じゃあ最後のシーン」
監督がスタートの合図を鳴らした。
『茉奈ちゃん、幸せになってね』
そう言って、篠と茉奈が幸せそうに歩いている後ろ姿を見る。
「はい、カットー!広瀕栄くん、本日を持ちましてクランクアップです」
広瀬くんにお花が渡された。
短い間だったけど、彼からたくさん吸収するものがあった。
こういう出会いが自分を大きくさせるんだろうな……。
「では広瀬くん、一言お願いします」
「田中康平は、あて馬役でした。でも、彼の真っ直ぐな心、自分の芯を曲げないところがすごく素敵な人間だなと思いました。篠と茉奈を傍から見守る気持ちは田中康平にしか味わえない。誰よりも優しく、嘘のつけない人間でした。短い間でしたが、関わって下さった皆様ありがとうございました」
広瀬くんに大きな拍手が送られ、彼は深々と頭を下げた。
ああ、本当に終わっちやったんだなあ。
もうすぐ物語は終盤。私たちも、あっという間に時が経ってしまうんだろうな……。
「お疲れ様でした」
私は広瀬くんとしっかり握手を交わした。
「また次のステージで」
「はい……!」
ニコッと笑った彼を送りだす私と白羽蓮。
次会う時も、もっともっとすごい自分を見せられるように。
打ち上げの翌日。
最後の撮影の日がやって来た。
この日は朝から1日、撮影のためにスケジュールを空けてある。
この制服を着るのももう最後になるんだね……。
控え室の鏡で身だしなみをチェックしていると、三上さんから声を掛けられた。
「花ちゃん、お疲れ様。今日が最後の撮影なんて思えないね」
「……そうですね」
3ヵ月間の撮影は今日で終了になる。
今まで毎日のように撮影をしていたから、それがなくなるなんてまだ想像がつかない。
「本当に終わっちゃうんですよね……」
「名残惜しい?」
「寂しいです」
私が小さく零すと、三上さんは笑った。
「花ちゃん本当に変わったな~。寂しいって花ちゃんの口から聞けるなんてね?3ヶ月本当によく頑張ったね」
この撮影をするまではまだ自分に自信を持てなかった。
でも今ならしっかりと言える。
「……三上さん、最後まで私のこと見てて下さいね」
「もちろんさ」
私が撮影現場に向かと、すぐに白羽蓮と目が合った。
そして白羽蓮はしっかりとした言葉で伝える。
「クライマックスのシーンで最高の演技が出来たって思ってる。でも、それを超えたい」
強い思い。私も同じだ。
最大限という言葉で表現するのなら、それを突き破った演技を見せたっていい。
もっと、もっと、出しきったその先の演技をしてみたい。
「行けるか?」
「うん」
白羽蓮が優しく聞きながら、手を差し出してくる。
「俺はずっとこの日を待ち望んでた。お前と演技をして最高の演技を見せられる日を」
「私もだよ」
そう言って彼の手を取ってしっかり握手をした。
最初は嫌なやつだって思ってた。
でも、一緒に作品を演じていたらそうじゃないんだって気づいて、それからは彼に魅了されるばかりだった。
私だって負けない。
ライバルとして、仲間として。いいものを見せる。
お互いに見合って、強い眼差しで頷くと、私達はセットの中に入っていった。
「では最後の撮影始めます。よーい」
――カンッ。
スタートの合図と共に開始が知らされる。
放課後の屋上。
茉奈は篠ヘ自分の未練を吹っ切るために告白をする。
『私ね、篠の事大好きだった。篠といれば何でも楽しくて、今この瞬間一緒にいるのに、それでももっとそばにいたいって思うんだ。それぐらい幸せだったの』
せっかく両想いになったのに、2人を引き裂く魔の手があって、好きな人には幸せになってほしい。
そう思った茉奈が思い出にすると覚悟を決めるシーン。
『だからね、一緒にいてくれてありがとう』
『せっかく思いが通じたのに、そんなこと言うなよ……』
監督からビデオチェックの合図がかかる。
すると、後ろでモニターを見ていた東堂さんがつぶやくように言った。
「すげえな、初めて見た。蓮のあんな行動」
「自分の拳を握り締める手が震えていたね」
「うちの蓮は表情は作れるが、繊細な部分の表現はいまひとつだ。でも初めてだよ……あんな繊細な動きまで表現してきたのは」
監督からのOKの声がかかる。
いよいよ次が最後になる。
「最後のシーン撮ります。花ちゃん、蓮くん、準備は大丈夫?」
私たちは監督の言葉に力強く頷いた。
最後の撮影。めいいっぱい楽しもう。
「よーいアクション」
青空の下、茉奈は篠を待っている。
全てを片付けてくると言った篠を信じて待つ。
『茉奈』
愛しい彼がこっちに向かって歩いてきた。
『おかえり』
『ただいま』
両手を広げると、篠が茉奈を抱きしめる。
好きな人に触れている瞬間が、一番幸せだと思う。
『この先もずっとー緒にいて下さい』
それは篠なりの誓いの言葉。
『はい……』
茉奈はしっかりと頷いた。
手を取り合い、目を合わせ微笑む。
台本はそこで終わり。
しかし白羽蓮はアドリブ、私を抱き抱えるというのを入れてきた。
『きゃっ』
『絶対大事にする』
2人で見合って笑う。
その瞬間。
「はい、カット!カメラ確認します!」
監督の大きな声が響いた。
「最後いい表情だったね~」
「ありがとうございます」
そして監督がカメラを確認すると正式にOKが出た。
「では、ただいまを持ちまして意地悪男子の愛情表現、オールアップです!」
その言葉が出ると会場からは拍手が沸き起こった。
もう終わっちゃったんだ……。
あっという問の3ヵ月間だった。
私と白羽蓮に花束が贈られる。
「では最後に茉奈役、西野花さんお願いします」
「はい。私はこの映画が初めての主演で初めての恋愛映画となりました。しかも演じたことの無いような役柄に不安が大きく、自信がないままスタートした撮影でした。それでもたくさんの共演者の方々に魅せられ、引き込まれ、勉強させて頂きました。自分が今出せる最大限の演技をお見せすることが出来たと思います。とても楽しい撮影現場で、多くの方と関われたこと、光栄に思います。本当に短い間でしたがありがとうございました」
スタッフの人たちに深く頭を下げる。
最後に大きな拍手がおくられて、本当に終わってしまったんだと実感した。
寂しいな。明日から撮影がないなんて……。
それからは現場のスタッフからのケーキや、差し入れを食べながらゆっくり時間を過ごした。広瀬くんも仕事が終わるとこっちにかけつけてくれた。
「すげえ、俺思わず涙ぐんじゃった……」
モニター越しに私たちの演技を見た彼は言う。
広瀬さんまでそう言ってくれるなんて……。
ここまで納得のいく演技が出来たのは初めてかもしれない。
「ふふっ、映画の公開が楽しみですね」
多くの人が見てくれるといいな。
それから私は共演者、監督からカメラマンさん、全ての人に挨拶をするとその撮影場所を出た。
たくさんの人と話したため、もうクタクタだ。
すると、出入口には三上さんが柔らかい笑顔を浮かべて立っていた。
「三上さん……!」
「今まで見た中で1番いい西野花を見られた。花ちゃん、今日まで俺についてきてくれてありがとう」
いつか、自分が自信を持って演じられた作品を三上さんに見せたいって思っていた。
ずっと私の背中を押してくれた三上さん。
自信がない時も、弱気になっている時も常に味方でいてくれた。
「三上さん、こちらこそありがとうございました。それから、これからもよろしくお願いします」
自信が無かったことを克服出来た。
色んな表情を作ることが出来た。
それはこの現場があったからこそだ。
私の後ろの方に視線をやると、ニコッと笑う三上さん。
私も同じように後ろを向くと、そこには白羽蓮がいた。
「つもる話もあると思うから蓮くんとゆっくり話しておいで。駐車場に車止めて待ってるから」
「はい……」
白羽蓮は三上さんに丁寧に頭を下げると、そのまま人のいない非常階段まで連れてきた。
そういえば、クランクアップしてからあんまり話せてなかったような……。
階段に腰かける彼。私も彼の隣に座った。
「あっという間だったな、撮影」
「本当にね」
この3ヵ月で色んな白羽蓮を知ることが出来た。
最初はなんて意地悪なやつ!って思ってたけど、本当は優しい面もあったりまっすぐな面もあったり……。
色々知れて良かったと思う。
この現場では最後っていうのが名残惜しいなぁ……。
すると、彼は袋からあるものを取りだした。
「これ差し入れ」
「あっ、これって……!」
「作品内に登場するクレープな」
白羽蓮が持っていたクレープは作中、篠と茉奈がデートで食べたクレープだった。
「ケイタリング、余ったから持ってけって言われてさ。食う?」
「うん、食べたい」
すると白羽蓮はクレープをまるごとひとつ私に渡して来た。
「唇につけんなよ」
「つ、つけないよ!あれはそういう役だから……」
撮影で茉奈はクレープを食べた時に唇にホイップをつけて、笑われていた。
「どうだかな」
改めて終わってしまったんだなと実感する。
思い返せば、白羽蓮……最後に私のことお姫様抱っこしたんだよね。
なんか、急に恥ずかしくなってきたかも……。
顔を見ることが出来ず、クレープを食べていると、白羽蓮は言った。
「ほら、やっぱりついてる」
「えっ!ウソ、やだ……」
すると、彼はくすくす笑う。
「ウソだよ、バーカ」
「もう!意地悪だよ!」
「あ~~まだ役が抜けないのかもしれないな」
「役のせいにしないで」
不思議だ。彼とこんなに話すようになるなんて思いもしなかった。
これも共演があったからこそだけど、もう明日からは役を離れて、普通のクラスメイ卜に戻るのか……。
「なんか寂しいな……」
ポロリとこぼしてしまった言葉に固まる白羽蓮。
すると彼は急に真面目な顔をして私に言った。
「それって役のこと?」
「えっ」
まっすぐな瞳にドキっと胸が音を立てる。
「俺はお前のこと、特別な存在だと思ってる」
な、何言うの……!?
「ただの演者として見てないから」
白羽蓮の言葉に私は戸惑ってしまう。
心臓の音がドキドキ鳴ってうるさい。
「それってどういう……」
意味を聞こうと思った瞬間。
「蓮、帰るぞ」
白羽蓮はマネージャーに呼ばれてしまった。
「……まっ、そういうことだから」
それだけを言って、去っていってしまう彼。
ちょっ……なんだったの。
窓からガラスに反射する私の顔を見たら、顔が真っ赤になっていた。
顔、熱い……。
白羽蓮の言っている意味、全然分からないよ。
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