私たちはウーズィ村を超えて、レドニーの町を目指す。村に商人が来ていれば、そのままお城へ招待で済んだのだけれど、中々うまくいかないものね。
もっとも、最初からレドニーの町へ行くつもりだったから、落胆はしなかったけど。
それにしても、レクレス王子は村ではほとんど喋らなかった。この辺りでは顔が知れているせいか、フードで隠していたけど、近くにいるとかなり緊張しているのが見てとれた。
もの凄く不機嫌とか、殺意のこもった表情なんて、発作に耐えていた顔だったんだなって思う。言わないとわからないことはあるけれど……鬼気迫るというか、傍目には怒っているように見えるよね、普通は。
かくて村を出て、町への道を歩く。膝丈ほどの草が生えた草原が広がっている。髙いと腰の高さくらいかな。遠くもよく見えるけど、小さな動物などは草で見えない。
「すまんな」
レクレス王子は、ふさぎ込むように言った。
「オレが、村の食堂に入れなかったばかりに、お前たちまで昼食を食べ損なって」
「殿下、無理はなさいますな」
クリストフが宥めるように言い、私も頷いた。
「殿下も、頑張られたではありませんか。ボクたちも、殿下が無理して耐えている中、食事なんてできませんよ」
「……すまん」
王子は肩を落とした。
頑張ったの。レクレス王子は女性が苦手なのに、食堂に頑張って入って席についた。でも、村娘の店員さんを見て、声を聞いて、手の震えが止まらなくなってしまった。視線を逸らし、指が食い込むまで固く握りしめられた彼の拳を見て、私もクリストフも見てられなかった。
「大丈夫ですよ、殿下。食事はボクが用意してきましたから!」
「お、アンジェロのメシか!」
クリストフが真っ先に反応した。……いや、ここは一緒に王子を慰めるところでしょ?
「アンジェロのメシか」
お、レクレス王子が少し顔を上げて反応した。私はアイテム袋に入れていたバスケットを取り出す。
クリストフは眉を動かす。
「この手の魔道具をいつ見ても思うが、元の大きさより大きいものがよくそんな口から出てくるものだ」
「魔法ですからね、こういうのも」
用意してきたといっても、お肉と野菜を挟んだサンドイッチだけど。でも取って置きなのよ。何せ――
「じゃーん! 白パンなのです」
「うおっ」
クリストフが驚いた。無理もない。この国では小麦を使った真っ白なパンは上流階級が食べるもので、一般的には混ぜパンだったりライ麦パンだったりする。
「お前、それどこで手に入れた?」
「へへ、ここに来る前のお仕事で、お貴族様からいただいたパンを使ってみました。……あ、その前に手を洗いましょうね。手掴みになるから」
「お、おう」
昨晩同様、私の水魔法で、手を洗うクリストフ。それを見て、レクレス王子は笑った。
「戦場では泣く子も黙る巨人クリストフが、アンジェロには大人しく従うんだな」
「笑い事ではございませんぞ、殿下。これで食後の腹痛がなくなるなら洗うのは当然」
この人にとっては、本気の問題なのだろう。そりゃ食べて毎回、お腹痛になるなんて嫌すぎるもんね。
布で手を拭いた後、クリストフは早速バスケットのサンドイッチに手を伸ばす。
「おお、肉だ肉だ」
機嫌がよくなるクリストフ。王子の手も私の水魔法で流し、洗い終わったら、歩きながら食べる。
「サンドイッチ、いいですな」
「うむ、歩きながら食べられるのがよい」
「お行儀悪いですけどね」
私が言えば、クリストフは言った。
「しかしな、戦場を離れずとも食べられるメシというのはありがたいものだぞ。立ちながら食えるというのが特にいい」
「戦場で下がって食事を取る余裕がない時などいいかもしれない」
レクレス王子も真顔だ。ただサンドイッチにカブリついて、もしゃもしゃしているのは、ちょっと可愛らしいと思った。
でも、この人たちが戦場の話が多いのは、それだけ最前線勤務が多いからなんだよね……。
「何か包めるものと一緒にできるといいですよね」
「どういうことだ?」
「ほら、戦場で色んなものを触って汚れた手でパンに触ったら、お腹を壊すかもしれないじゃないですか? だから直接パンに触らずに食べられるようにすれば、そういうのも避けられるって」
「なるほどなぁ、確かに前線じゃ手を洗えないからな」
クリストフは真面目そのものだった。
とか言っている間に完食。
「美味かったぞ、アンジェロ。また頼むぞ!」
笑顔のクリストフは癒しだ……。レクレス王子が言った。
「オレもまた頼む」
「はい」
王子の顔色もよくなったようでよかった。
しかし、困った。町までしばらく距離があると思うのだけど……股間が苦しくなってきた。
生理現象である。これはよろしくない。クリストフとレクレス王子が側にいるのに。……町まで、もたないかも。
「すみません。ちょっとボク……。お花を摘みにいってもよろしいですか?」
「花? 何を言ってるんだ、お前?」
クリストフが、おかしなものを見る目になる。……あー、この脳筋さん! 察しなさいよ。レディーにそんな、言わせるつもり!?
「ずいぶんと洒落たことを言うんだな」
レクレス王子は、意地の悪い顔になった。
「クリストフ、アンジェロは要するに用を足したいんだそうだ」
「なんだ、小便か」
くあぁー、これだから男は!
「俺も行くぞ。出したくなった」
「ええっー!?」
『アンジェロ。これが連れションというやつです。誰かが用を足そうとすると、一緒に行きたくなるという』
メイアが淡々と解説いれてくれたけど、それはまずいよ! だって私……女だよ。男の人と一緒に用を足すとかできるわけないじゃないッ!
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