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これはピンチではないか?
私は、込み上げてきた生理現象を、町につくまで我慢ができそうになかった。恥を忍んで離れようとしたら、クリストフも用を足したいからと一緒に行くなどと言い出した。
男装していて私のことを男だと思っているようだけど、私は女。並んで用を足すなんてできるわけがない!
それで女性が苦手な体質のレクレス王子に、私が女だと発覚したなら、この潜入はおしまいだ。正体までバレたら、もう婚約どころではない。
だから、何としてでも女であることを知られるわけにはいかない!
でも、どうする?
やっぱりいいです、なんて今さら言えない。むしろ、したいと言ってやめるという理由なんて、そうそうないから不審を煽るだけだ。
でもこのまま一緒だと確実にバレてしまう! どうする? どうすればいいの?
「おう、アンジェロ。そこらでするぞ」
いやぁー、それは色々まずい。殿方がしているところなんて、正視できないわよ!
「あ、あー。クリストフさん、ボ、ボク、後ろを見張っていますから。お先にどうぞ」
「ん? 何故、わざわざ見張る必要がある?」
レクレス王子もいるのに。
「その殿下から目を離すのは、護衛としては如何なものかと思います!」
「いいぞ。お前らが用を足している時間くらい」
レクレス王子が呑気に言った。……そうじゃない!
「その、よ、用を足している時が、人間、一番無防備になるといいますし。一応、ここは外ですから、魔獣などが急に襲ってきた時、ふたり同時だと、大変なことになるかもしれません」
「魔獣や獣がいるか?」
クリストフは辺りを見回した。見渡す限りの草原が広がっている。警戒すべき動物の姿は見当たらないが。
「草むらに小型のものが潜んでいるかもしれません! 油断は禁物です!」
「いや、確かにそうではあるが……」
背の高い草も多いので小型の動物は、草に隠れて見えない。
「だが、そんなに時間の掛かるものでもないし……」
「その油断が命取りです! 冒険者は油断しません!」
「お、おう……」
クリストフが頷いた。
「なら、俺は小便するから、後ろと殿下を見ておくのだぞ」
「はい!」
私の熱意が通じたのか、クリストフはベルトに手をかけた。見ないように私は、さっと後ろを向いたが、レクレス王子の怪訝そうな目とぶつかった。
「アンジェロ」
「は、はい。何でしょう?」
マジマジと見られると、何だか恥ずかしい気持ちになる。まだ先ほどの動揺が尾を引いているのかもしれない。
後ろで水の音が聞こえて、さらに何とも言えない気分になる。
「お前、少し変だぞ?」
「へ、変!……でしょうか」
ドキリとしてしまう。やはり不審だったか。王子様に、女だと疑いをもたれてしまったか。
「用を足すくらいで、大げさな……。男が連れションなど珍しくもあるまいに」
その値踏みするような目は何? やっぱり疑ってる? どうしよう……何か、何かうまい言い訳をして疑惑を払拭せなば!
「じ、実は……」
「実は?」
後ろで聞こえる水音がやけに生々しくて、思考を妨げる。じ、実は――
「と、とてもお恥ずかしい話なのですが……」
「なんだ、言ってみろ」
「はい……。ボ、ボク、このような容姿なので――」
「容姿?」
ちょっとレクレス王子には、あまり言ってはいけないワードだけど許してね。
「その、ボク、男なのに、女みたいじゃないですか……?」
「むっ……う、うむ。まあ、華奢ではあるな」
そこでレクレス王子が、視線を逸らした。
「それで、以前、よ、用を足していたら、男の人に襲われそうになりまして……!」
いわゆる男が男を襲うというやつだ。騎士団とかで同性同士でそういう行為をしたというのはまだソフトだが、貴族が小姓を身分差で強要して犯してしまうとか、本当にヤバい話は、時たま聞いた。
……とはいえ、自分でも何を言ってるんだろうと思う。すっごい恥ずかしいことを口走っている気がする。
「お、男に襲われた?」
「な、何ぃっ!?」
クリストフが、私のところにきて肩を掴んだ。え、ま、前は――きちんとズボンが上がっていた。終わった後のようで、ひとまず安心。
「あの、クリストフ、さん……?」
「大丈夫だったか!? その不埒者はどうなった!?」
圧が強い。温厚そうなクリストフしか見ていなかったから、お怒り表情は意外過ぎて肝が冷えた。
「あ、はい、その不埒者は逮捕されました」
「そうか……。お前は無事だったか?」
「はい。大丈夫でした」
無事もなにも、口から出任せだ。だから何も問題はなかったのだが……まさか、ここまで真剣に心配させてしまうとは思わなかった。
「――それから、ボク、人が見ているところで、よ、用を足せなくなったと言いますか。情けない話ですが」
「いや、悪かったな。未遂に終わったとはいえ、さぞ恐ろしかったのだろう」
レクレス王子は腕を組んだ。クリストフも頷いた。
「そういうことならば仕方ない。うむ、アンジェロ。お前が小便している間、俺が周りを見張ってやるから、安心して出すがいい!」
い、言い方ッ! 気持ちはありがたいけど、小便とかあまり大きな声で言わないでくれます?
「ほら、殿下も……」
「仕方あるまい」
そう言って、ふたりとも私から距離をとって背を向けてくれた。
私は草むらに入り、ズボンを下ろしつつしゃがんだ。万が一、こちらを向かれても大事な部分は直接見えないはずだ。
『ご安心ください、アンジェロ。私がお守りいたしますゆえ』
メイアの念話が聞こえけど……でも――何かいやぁ。溜まっていたものを出す音が、やたらを周りに響いている気がして、余計に恥ずかしい。
どうしてこういう時に、風が吹くとかして草の揺れる音がしないのよ! あぁ、レクレス王子に聞こえちゃってるよね、これ……うわあ。
割と出し終わるまで時間が長かったような気がする。我慢していた結果だけど、毎度こういうのはできれば避けたい。
「すみません、終わりました」
「長かったな」
「殿下」
正直なレクレス王子に、クリストフが注意するように言った。もう、王子殿下ったら!