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ついにこの日が来てしまった。
メアリーにはお父さんと家族が来るからとだけ伝えてある。
本人はキョトンとしていたが血を分けた家族なのだ。
3年前ならメアリーは3歳だ、会えばきっと思い出すだろう。
メアリーにとっても大切な家族と暮らすことはごく当たり前のこと。
親元に帰るのだ。良いにことに決まっている。
そう、俺は預かっていただけだなのだ。
それをお返しするだけなのだ。
それだけのはずなのに、何故こんなにも辛いんだろう。
メアリーの境遇にのめり込んでしまっているのだろうか?
不思議な縁というのがあるのだから、そのうちまた会えるさ。
いや会いに行こう。
俺にはそれが出来るのだから……。
そんな、とりとめのない想いが頭の中をグルグルまわっていた。
待機せよというお達しなので部屋に居るのだが、昼を過ぎてからはマジで暑い。
デレク (ダンジョン) に頼んで雪山にでも連れて行ってもらいたいぐらいだ。
どうも、この貴族が着るような服は生地も厚いし堅っ苦しくてダメだ。
上着を脱ぎ、シロを呼んで盥に氷を出してもらう。
椅子に腰掛け足を突っ込む。
うひゃ――――――っ! ヒャっこい。
ここにはエアコンなんかはない。
このようなもので何とか凌いでいくしかないのだ。
「――――!」
んっ、……待てよ。
なんでシロは暑そうにしてないんだ? なにか有るのか?
「シロ。おいで~」
呼ぶとシロはすぐ来てくれた。そして頭を撫でてあげながら、
「シロは涼しそうだなぁ。この暑さを氷魔法とかで何とかしているのか?」
『こおり、ちがう、けっかい、ねつ、あそぶ、はじく』
ほうほう、氷魔法ではなく結界魔法だったのかぁ。
なるほど、おもしろい。――シロ天才!
まずイメージとしては結界を身体に纏う感じで、空気は通して熱を遮断するんだよな。
イメージよし! これでどうだ?
――結界!
ほうほう、だんだん涼しくなってきたぞー。
いい感じだぁ~。
って、ん、ん――――っ、こんどは冷え過ぎじゃないか。 あっヤバい、解除解除!
「…………」
なるほど、完全に遮断するとこうなるのか。
まるで宇宙服みたいだな。
てことは、ところどころに穴を開けていく感じで…………どうだ!
おおー、いい感じになったな。穴の数で調節も利くし。
魔力消費の方はどうだ?
んっ、減ってないのか?
いや、消費量よりも回復量の方が勝っているんだ。
これならまったく問題ないな。
あとは他の者に付与する場合、どれくらいの時間効果が持続するかだが。
細かい調節が効かない分、効果は弱めにして……。これで良し。
あとはそこでうなだれているナツを呼んで。
――結界付与!
「どうだ? 冷えてきただろう。あと効果が切れたら教えてくれ。かけ直すから」
ナツはめっちゃくちゃ喜んでいる。
しかし子供たちには、もう少し様子を見てからでないとな。
今は氷盥で遊ばせておこう。
その後の何度も実験と検証をおこない、だいたい1刻 (2時間) はもつように調整した。
これで夏場はみんな快適に暮らせるだろう。
しかし、考えてみれば町の人やお城で働いている人も大変だよなぁ。
町で扇子のようなものは見たが、うちわとかは無いのだろうか。
そうか……紙か、紙が高いからな。
草で作るとすぐダメになるだろうし。――みんなガンバレ!(汗)
そうこうしているうちに部屋つきのメイドさんから呼びかけがあった。
「大公殿下が到着なさいました」
(そうか、ついに来ちゃったか)
お迎えにあがろうと部屋のドアを開くと、なにやら廊下が騒がしい。
向こうの方から声が近づいてくる。
「アラン殿下お待ちください! アラン殿下! どうぞ落ち着いて……」
俺は後ろを振り向き、部屋に居たメアリーに声をかける。
「お父さんが来たよ。こっちへおいで、一緒にお迎えするよ」
扉を大きく開くと、俺はメアリーと一緒に廊下にでた。
王城の2階、中央階段から続く大きく長い廊下。
その先から執事やメイドたちを引き連れながら、金髪翠眼の優男がこちらに向かって来るのが見えた。
周囲の制止もきかずに大股で近づいてきたその男性。
こちらの存在に気づいたのだろうか、5m程の距離を残し止まってしまった。
そして、その男性はメアリーを見つけた瞬間から滂沱の涙と言ったらいいのか、誰彼構わず大粒の涙をこぼしながら立ち尽くしている。
………………
そして、ようやく動きだしたかと思うと、
「メアリ―――――!!」
大きく叫んで飛び込んできた。
床に両膝を突け、メアリーをやさしく抱き寄せる。
キョトンとしたメアリーの口から声がもれた。
「パパ!?」
「そうだ。そうだよパパだよー」
その優しい言葉に記憶が蘇ったのだろう、メアリーも安心したように抱きついている。
俺はその光景を3歩ほど下がって壁際から眺めていた。
気がつくと両横にはシロとナツが寄り添うようにいてくれた。
今はそれがありがたかった。
俺ひとりならこの場から逃げ出していたかもしれない。
「良かったな。本当に良かったよなぁ」
シロの頭を撫でていた俺の手に涙の雫がポツンと落ちる。
すると、見守っていた家人の後ろからひとりの女性が近づいてきた。
その女性はアランの隣りで膝を折ると、
「お帰りなさい。メアリー」
メアリーに抱きついているアランも一緒に抱擁している。
アランに抱き付いていたメアリーは顔だけ女性に向け、
「アスママ!? アスママだぁー」
そう言うなり右手を伸ばして3人で抱き合うかたちになっていた。
それからしばらくして、
「あなた、ここはいけませんよ。あちらに部屋が用意してございますので……」
流石は大公婦人だけあって落ち着いた対応だ。
するとメアリーはアランのもとを離れ俺の前に戻ってきた。
膝を折りメアリーと目線を合わせる。
涙に濡れた俺の顔を覗き込んで、
「ゲンパパ、どうしたの~?」
ポッケから出したハンカチで頬の涙を拭いてくれる。
「これは嬉し涙だよ。メアリーが家族に会えて俺もうれしいのさ」
と本音を隠して涙を拭った。
(メアリーを元気に送り出さなくては)
するとにっこり笑ったメアリーが、
「そうだね、みんな家族だから一緒だね!」
「…………」
(なんも言えねぇ――――っ)
すると向うからメアリーを呼ぶ声が聞こえる。
「さぁ、行きな」
俺は両肩を後から押すが……、メアリーは動こうとしない。
それを見ていた大公婦人がこちらに近づいてくると、
「あなたのことは存じております。どうぞ一緒にいらしてください」
――そう言ってもらえた。
確かに説明はしないといけないだろう。
お返ししなければならない物もあるので、お邪魔することにした。
子供たちがいるのでナツはその場に残し、俺はシロと一緒について行くことにした。
「どうぞ、こちらになります」
メイドに案内され、広い応接室へと通された。
椅子を勧められたのだが、まずは貴族礼をとって挨拶をする。
「お初にお目にかかります。モンソロの町で冒険者をしておりますゲンと申します。そして、こちらは従魔のシロです。よろしくお願いします」
「うん、聞いているよ。メアリーがさんざん世話になったそうだね。ありがとう。わたしはアラン、こっちは妻のアストレアだ。まぁ掛けたまえ」
促されるまま向かいのソファーへ腰を下ろす。
すると、どこに待機していたのか執事が現れ紅茶を淹れてくれる。
アランさんに断りをいれ、シロに水をメアリーにはアイスミルクティーを出してあげた。
「私もっ!」
アストレアさんが シュタ! っと右手をあげている。
意外とおちゃめな面もお持ちのようだ。
ついでに「お口に合えば」とシュガードーナツを皿に盛ってテーブルの真ん中へ置いた。
もちろんシロにも別に出してあげている。
お茶を頂きゆるりとしたところで、これまでの事を順を追って話していく。
………………
…………
……
そして最後に懐剣やティアラ、一緒に入っていた手紙などをお渡しして俺からの説明は終わった。
アランさんは、
「そうなのか?」
「なんでだ?」
「どうしてだ?」
などといろいろ呟いているが、
――自分のまわりに起こる事はすべて自分の責任なのだ。
そこに自分の行動が伴っている以上そうなのだ。
だから泥棒に入られようが、病気にろうが自分の不注意だと思っていれば不思議と腹も立たなくなるし先に進めるものだ。
……おっと、いけない。
また自分の世界に入りそうになっていたな。
それにしても、アランさんの手掛けていた迷宮都市の改革はどうなっているのだろうか。
以前にカイル (ダンジョン) からもらった情報では、この3年でそれ程改革されているようには思えなかったのだが。
もう、諦めてしまったのか?
「…………」
いや、それは無いな。
側室だったとはいえ、妻を殺されているのだ。
――許せる訳がない。