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■“班長”になった代償
32歳。
SAT狙撃班の最年少班長・日向ヒカル。
大事件の狙撃を成功させ、
殉職者ゼロで終わらせた功績は大きかった。
しかし──
ヒカルは夜になると眠れなくなる。
心臓を撃ち抜いた瞬間の感触。
狙撃決定の判断の重さ。
隊員たちの命を預かる責任。
(これで良かったの?
判断は正しかった?
本当に…人を撃つしかなかった?)
そんな疑問が、
深夜の部屋の静けさの中で膨らむ。
枕元のスマホには
母・ロジンからの未読メッセージ。
『無理しないでね、ヒカル』
ヒカルは返信できなかった。
(私は“無理してないふり”しかできない)
そのとき──
玄関のインターホンが鳴った。
夜の訪問者
時計は23時を過ぎていた。
ヒカルは眉をひそめる。
(こんな時間に誰?)
インターホンのモニターを見ると──
そこには、
十年前の記憶から抜け出したような
男が立っていた。
短髪に無精髪、鋭い眼光。
落ち着いた黒のジャケット。
元SAT狙撃班長・南條 陸(なんじょう りく)警部補。
ヒカルの育ての親。
狙撃の全てを教えてくれた男。
ヒカルの息が止まった。
(嘘!!
本当に南條さん?)
ドアを開けた瞬間、
冷たい夜風に紛れて、
懐かしい声が届いた。
「よ、ヒカル。
生きてるか」
その声を聞いた途端、
張り詰めていたヒカルの心が
一瞬だけ揺れた。
■ヒカルの部屋で
ヒカルは南條を部屋に通した。
狭い1LDK。
机の上には、開いたままの仕事資料。
ベッドには、疲れた警察官の眠り跡。
南條は部屋を一周見渡し、
苦笑した。
「相変わらず生活感ねぇな。
仕事場か、ここは」
ヒカル:
「見ないでください。
一応、女なんですから。
片付ける時間もなくて」
南條
「時間がないんじゃねぇ。
心の余裕がねぇんだよ」
図星だった。
ヒカルは沈黙したまま
冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、
南條に渡した。
「なんで来たんですか?」
南條はペットボトルを開けもせず、
静かに言った。
「お前を助けに来た」
(助け?
私、そんなに弱ってるように見える?)
■10年前と同じ目
南條はヒカルの正面に座り、
まっすぐ目を見つめた。
「ヒカル。
お前…最近、狙撃が怖いだろ」
ヒカルの背筋が震える。
(なぜ、そんなことまで)
ヒカル:
「任務は成功しました。
被害も最小限で
班長としての判断も…。」
南條:
「お前の話じゃなくて、
“お前の心”の話をしてる」
ヒカルは、言葉を失った。
南條の目は10年前と同じだった。
まだ新人だったヒカルが
うまく撃てず泣いていたとき、
そっと隣で支えてくれたあの時と─
同じ目だった。
南條:
「班長、なんて言われて
肩にどれだけ余計なもん背負ってる?」
ヒカル:
「私は」
南條 :
「お前はよくやってる。
だからこそ、限界が来てる」
ヒカルの視界が揺れた。
■南條の“告白”
南條は視線を落とし、
静かに語り始めた。
「俺もな…
班長になって一年目、壊れかけた。」
ヒカルは驚く。
“無敵”だと思っていた男の告白。
南條:
「狙撃を成功させるほど…
俺は自分の心がすり減っていった。
胸ん中が空っぽになっていく感じ。
『撃って正しかったか』って、
何年経っても夜になると考えちまう」
ヒカルの指先が震えた。
(私だけじゃない
南條さんでも頑張りすぎて、苦しんだんだ)
南條:
「だから分かるんだよ。
お前が今、どれだけ苦しんでるか。
自分が壊れる前に、
俺が来なきゃダメだって思った」
ヒカルは俯き、
タオルを握るように両手を握った。
「そんなに、弱そうに見えますか?」
南條:
「弱いんじゃねぇ。
人間の心を持ってるってだけだ。
お前は、人を救いたいと思ったせいで苦しんでる」
ヒカルの胸が締めつけられた。
■“泣いていい班長”
南條は、
ヒカルの隣に座り直した。
そして、
そっと彼女の肩に手を置く。
「泣けよ。
泣けない班長は壊れるぞ」
ヒカルの声が震えた。
「…班長なのに、泣いていいんですか」
「班長だから泣け。
班長だから一人にするな。
班長だから守りたいもんがあるんだろ」
ヒカルはこらえていた涙を落とした。
ぽたり、ぽたりと。
南條は黙って寄り添った。
(あぁ…
南條さんは、変わってない…
私は、ずっと会いたかったんだ)
南條:
「ヒカル。
お前は一人で戦う必要はない」
ヒカル:
「はい…」
「悩んだら、俺のとこ来い。
師匠だろ、俺は」
ヒカルは涙を拭きながら、
小さく笑った。
「はい。
ずっと…言ってほしかった言葉です」
■夜明け
話し込んでいると、
窓の外がわずかに白んできた。
南條は立ち上がり、
「そろそろ行くか。
お前は休め。
俺はしばらく東京にいる。
また顔出す」
ヒカル:
「帰っちゃうんですか?」
南條:
「泣き顔見られたくないだろ?」
ヒカルは赤面し、
しかし笑った。
「また来てください。
南條さんが来てくれて、
ちょっとだけ…軽くなりました」
南條:
「任せろ。
お前の背中が折れそうなときは、
いつだって戻ってくる」
ヒカルの胸に温かい火が灯った。
■新たな一歩
南條が去ったあと。
ヒカルは、
久しぶりに深い眠りについた。
そして翌朝。
班長の顔で本部に現れたヒカルを見て、
隊員たちは驚いた。
「班長…
なんか、昨日と違う?」
「はい。
少しだけ…心が強くなった?かな?」
ヒカルは微笑んだ。
(南條さん…
あなたは、
私にとって唯一の“帰る場所”なんだ)
そして、
新たな事件の招集が、
SAT本部に鳴り響く。
ヒカルは銃を手に、
地面を蹴った。
「行くよ。
今日も─私は私の仲間を守る」
■静かな朝と、班長としての日常
SAT狙撃班 班長となって数年。
日向ヒカルは、誰よりも冷静で、誰よりも仲間を大切にする存在として隊員から絶大な信頼を得ていた。
しかし、その胸には常に重みがある。
――狙撃の引き金は、一度引けば誰かの人生を終わらせる。
その事実は、どれほど経験を積んでも慣れることはなかった。
その日の朝も、ヒカルは狙撃訓練後、隊員の動きを細かくチェックしながら、
「南條班長なら、どう言うだろう」
と、心の中でつぶやいた。
かつての上司、南條陸(なんじょう りく)警部補。
温厚で、時に厳しく、しかし隊を守るためには誰よりも前に出る男。
彼に育てられたからこそ、今の自分がある。
ヒカルがふっと目を閉じたその瞬間―
緊急招集のアラームが鳴り響いた。
■新たな凶悪事件の発生
「都内某所で武装グループによる立てこもり。人質多数。即時出動せよ」
ヒカルは一瞬だけ息を呑む。
いや、それは別の理由だった。
人質の中に―
“南條陸の姿が確認された”
という情報が入ったのだ。
「なんで南條班長が?」
驚愕する隊員たちの視線を受けながらも、ヒカルは表情を引き締めた。
「動揺するな。救う。絶対に」
強い声で言い切り、ヘルメットをかぶる。
■現場―銃声響く中で
現場はビルのワンフロア。
重武装した犯罪グループが十数名。
リーダー格の男は手慣れており、明らかに訓練された動きをしていた。
スコープ越しに―いた。
南條陸。
両手を縛られ、しかし人質たちを守るように前に立っている。
その顔には、かつての穏やかさと、抗う意志が確かに残っていた。
ヒカルは歯を食いしばる。
「どうして、班長あなたが、こんな場所に」
だが、今は問いかける時ではない。
ヒカルは隊に指示を出し、包囲を狭めていく。
しかし、その時―。
犯人リーダーが突然、怒鳴りながら南條に銃を向けた。
「てめぇ、あいつを逃がそうとしたな!」
南條が人質の子どもを背中にかばった刹那―
銃声が、響いた。
ヒカルは叫んだ。
「やめろ!!!!!ーー撃つなぁぁぁぁ!!」
しかし、間に合わない。
南條の身体が―崩れ落ちた。
■南條の最期
突入したヒカルは、倒れた南條のもとへ膝をつく。
胸から流れる赤。
視界が滲み、銃を取り落としそうになる。
南條は、苦しい息の中で笑った。
「おお…ヒカル……来た、か……。」
「喋らないでください!! すぐ救護を―医療班!!」
「……お前は、立派になったな。俺なんかより、ずっと……。」
「南條班長!!しっかりしてください!!」
「……人を…守れ。お前の……やり方で……」
その声が―途切れた。
ヒカルの喉から、押し殺した声が漏れた。
「嫌です。まだ……教わりたいことが…たくさんあったのに…。」
周囲の隊員たちは静かに頭を垂れた。
■葬儀―崩れていく心
葬儀には、全国から警察関係者が集まった。
棺の前で、ヒカルは遺影を見つめ続ける。
南條が笑っている
。
それは、ヒカルの人生で最も信頼した上司の姿だった。
しかし、その笑顔を見るたび胸が締めつけられる。
「私がもっと早く…助けに行っていたら…。」
葬儀後、ヒカルは人のいない廊下で崩れ落ち、声を殺して泣いた。
「班長…すみません…私のせいで…。」
誰もいないのに、謝り続けた。
■心の崩壊
事件後、ヒカルは任務には出るものの、どこかずれていた。
引き金を引く瞬間―
南條の倒れる姿がフラッシュバックする。
隊員たちは心配したが、誰も声をかけられない。
班長が壊れかけていると気づいていたからだ。
そしてヒカルは、夜になると一人で泣くようになった。
■ロジンと白石―ヒカルの異変を察知
千葉の実家。
ロジンは違和感に気づいた。
ヒカルの声のトーンが、電話越しでも違う。
「ヒカル、最近……眠れてる?」
「うん、大丈夫だよ」
その声が大丈夫ではないと、ロジンは、瞬時に悟った。
休暇を取り、ロジンの自宅に来ていた
白石も表情を曇らせる。
「ロジンさん…ヒカル、何かあったんじゃないか?」
「きっと…心が痛んでいるのよ。私たち、支えなきゃ」
家族は、ヒカルが自分を責めていることをまだ知らない。
しかし近いうち、ヒカルは限界を迎える。
◆葬儀後のヒカル
SAT狙撃班班長、日向ヒカル(32)。
南條陸 警部補の葬儀の日、彼女は人の波の中で、ひときわ静かだった。
白い花を手向けるとき、ヒカルの肩はわずかに震えた。
「守れなかった」
その言葉が、胸の奥で反響していた。
南條は、ヒカルが新人だったころに教えを受けた師。
射撃の技術だけでなく、命の線引き、人質を守るという覚悟、部隊を率いる重さ。
すべてを彼から学んだ。
棺が閉じられた瞬間、ヒカルの中で何かが静かに崩れる音がした。
◆深い沈黙の日々
事件から数週間。
ヒカルは出勤するが、必要最低限の言葉しか発しなくなった。
仲間の声も、励ましも、何ひとつ届かない。
夜になると眠れず、南條の最期が何度も脳裏によみがえる。
「ヒカル落ち着け」
「日向、焦るな。お前はできる」
そんな声さえ、今は刃のように胸を刺した。
◆ロジンと白石の不安
千葉の実家。
ロジンはヒカルの電話の声を聞いた瞬間に異変に気づいた。
「ヒカル、最近、本当に眠れてるの?」
「…大丈夫だよ、ママ」
その声は、すり切れた紙のように薄かった。
白石も、休暇の合間にヒカルに会いに来ていた。
「君は、いつも一人で背負いすぎだ。頼ってくれていいんだぞ」
そう言っても、ヒカルは「うん…。」としか答えなかった。
◆限界
ある夜。
ヒカルは自宅の部屋で、ひとり静かに涙を流していた。
「どうして助けられなかったんだろう…
どうして私なんかが班長なんだろう…。」
部屋には灯りがついているのに、光はどこか遠くに感じた。
その夜、ヒカルは“自分が消えてしまえば、誰も傷つかない”という危険な考えに飲み込まれていく。
気付くと、押し入れの取手にベルトを引っ掛け首を通していた。
次の瞬間スマホが鳴る。
画面には 母ロジンの名前。
震える指で応えると、ロジンの声がした。
「ヒカル? 聞こえる?
…なんだか、胸騒ぎがして、いてもたってもいられなくて」
その瞬間、ヒカルの心に溜め込まれていたものが一気にあふれた。
「ママ…たすけて…。もう、私…。」
そう言うと意識が遠のいていった。
◆救出
ロジンの胸騒ぎは本物だった。
白石はすぐに都内の警視庁の知り合いへ連絡し、ヒカルの住むマンションへ走った。
鍵が閉まっていても、時間は待ってくれない。
「入ります!」
警察官たちが扉を開け、中に駆け込む。
ぐったりとしている
ヒカルを見つけたとき、白石の顔が青ざめた。
「ヒカルちゃん!!」
救急車が到着し、ヒカルは病院へ運ばれた。
医師の判断は—
「命は助かりました、あと少し遅かったら、後遺症が残ったでしょうね、危なかった。」
その言葉に、ロジンは崩れ落ちて泣いた。
白石も静かに涙を流した。
◆目覚め
数日後。
白い病室の天井を見つめながら、ヒカルはゆっくりと目を開けた。
ロジンが不安気な表情で手を握る。
「ヒカル…!!生きててくれて、ありがとう。」
白石もベッドのそばに立ち、静かに言った。
「自分を責めすぎだ。
陸さんは、お前の成長を一番喜んでいたはずだ。
お前が生きていることをなにより望んでいた。なんて、馬鹿な事をしたんだ!!」
ヒカルの目から、ぽろりと涙がこぼれた。
「ごめん…なさい…みんな……ごめんなさい。」
ロジンは首を振った。
「謝らなくていい。
これからは一緒に立ち上がればいいだけよ」
◆回復のはじまり
ヒカルはしばらく職務から離れ、専門の医師の治療を受けることになった。
眠れない夜はロジンが電話をし、白石が家を訪れ、ヒカルを支えた。
ヒカルはゆっくり、ゆっくりと心の傷を癒していく。
ある日、ヒカルは夕焼けの窓を見つめながら思った。
私はまだ終わっていない。
南條さんが守ろうとした命を、これから守っていくんだ。
その決心は、かつての輝きを取り戻しつつあるヒカルの瞳に宿っていた。
◆そして前へ
数カ月後。
ヒカルは完全復帰にはまだ遠いが、少しずつ笑顔を取り戻していた。
ロジンは料理をしながら言った。
「焦らなくていいのよ、ヒカル。あなたのペースで生きればいい」
白石も微笑む。
「君が戻りたいと思ったとき、その場所は必ず残っている」
ヒカルは静かに頷いた。
「ありがとう。
私、生きるよ。
南條さんの分まで、これからの私の人生を生きていく」
その声は、かつてより少し強く、少し優しかった。
空はまだ曇っていたが——
その雲の向こうに、確かな光が射していた。
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