「…?」
”思いの花屋”へようこそ。
貴方の思い、お聞かせください。
1人目。
【ようこそいらっしゃいました。
貴方の思いをここに書いて、
店員にお渡しください。】
「貴方の思い…。」
”ありがとう”
そんな言葉を、言うのが苦手だった。
言ってしまったら、そこまでな気がして。
口下手な俺には、それ以上先が言えない気がした。
【人に感謝を伝えたい】
そこにあった紙とペンで、そう綴った。
ただ、今のところ店員が見当たらない。
「お書きになられましたか?」
後ろから男性の声が聞こえて、
とっさに身構えてしまった。
「驚かせたのは申し訳ない。
ここの店員です。」
店員さんか。聞いた瞬間ほっとした。
「それでは、紙を渡して貰っても宜しいですか?」
「あ、はい。」
さっき自分の思いを綴った紙を店員さんに渡す。
「成程…それはしっかり伝えたい気持ちがあるんですか?」
「…1人、大切な人がいて。
付き合ってるとか、そういうわけじゃないんですけど、
昔、伝えられなかったことがあって、
【ありがとう】って、一度伝えたいんです。」
「分かりました。少々お待ちください。
貴方にお花をお選びいたします。」
「花…。」
「はい。貴方が気持ちを伝えたい方に
その花を渡してください。」
「…はい。」
革で作られたソファに腰を掛けて数分。
ピンク色の花束を持った店員さんが裏から出てきた。
心なしか、その花束はオーラをまとっているような気がする。
「こちら、【ピンクのガーベラ】を花束にしてみました。
どうぞ。」
「あ、代金…。」
「代金は結構です。もうすでにいただきました。」
「いただいた…?」
よく分からない店員さんの言葉に凄く戸惑った。
「貴女の幸せ、おすそ分けしていただきました。
またご来店する時がないことを願います。
それでは、いってらっしゃいませ。」
「へっ…?」
気が付けば俺は、花屋を見つけたであろう場所の
路地裏の前に立っていた。
ピンクのガーベラは、手に持っている。
夢でないことは確かなのに、目の前に店はない。
足が勝手に動いて、気づいたら彼女の家の前に、
あっという間に、インターホンを押してしまった。
インターホン越しに「はーい」という彼女の声が聞こえて、
数秒の沈黙の後に扉が開いた。
「あれ、どうしたの?」
「あ…えと…。」
少し声が震えて、話せないと思っていたのに、
ピンクのガーベラのほんのりとした甘い香りが、
俺を勇気づけてくれた。
「この花、受け取ってもらえますか?」
「へっ…?」
「あ、迷惑ですよねごめんなさい…!」
自分でも顔が真っ赤なのに気が付いて
下げた顔をもう一度彼女のほうに戻すと、
彼女の瞳からは、大粒の涙がこぼれだしていた。
「ありがとう…凄く嬉しい…!」
「良かった…。」
【ピンクのガーベラ】
花言葉の【感謝】から厳選いたしました。
花を受け取った貴方に、幸あれ。
1人目のお客様、お帰りです。
お幸せに、お帰り下さい。
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