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男、鬱は公園のベンチに腰を掛け、深くうなだれていた。
半年付き合った彼女に振られ、とてつもない虚無感に襲われていたのだ。
爽やかな春の青空が、今は無性に腹が立つ。
思わず深いため息をついたその時、軽快な着信音が鳴り響いた。
ポケットからスマホを取り出し、画面をのぞき込むと、そこには見知らぬ電話番号が書かれていた。
恐る恐る電話を受ける。
「あ、もしもし…?」
もしや先ほど別れた彼女からの電話だったりしないかと、淡い期待を抱きつつ相手の返答を待っていると、電話口から聞こえたのは、彼女の声とは似ても似つかない高い声だった。
『私、メリーさん。今、カゴメ駅にいるの』
たったその一言。それだけを言って電話は切られてしまった。
たちの悪いいたずら電話か何かだったのだろう。
暫く呆然とスマホの画面を見つめていると、再びその番号から電話がかかってきた。
流石にこれは文句を言ってやらねばならぬと、乱暴に画面をタップする。
「おい、お前」
『私、メリーさん』
抗議の声を遮るように入ってきた先ほどと変わらぬセリフに、信じられない程ずうずうしい奴だなと、ある種の恐怖を覚えた。
『今、福来高校の前にいるの』
「は?」
再び、それだけを言って切られてしまった。
こんなことをしてあちらに何の意味があるのかは分からないが、電話の主のいる場所が確実に自分に近づいてきていることに気づき、全身が粟立つのを感じた。
なぜ自分の現在地を知っているのか。
不審者にせよ単なる偶然にせよ、気味が悪い。
その時、ふと近くの電柱のポスターが目に入った。
「『怪異お悩み相談ダイヤル」…?」
非常に怪しい。胡散臭さの塊のような名前に眉間にしわを寄せる。
だが物は試しと言うべきか。悩んだ末、結局遊び半分で電話をかけてみることにした。
ポスターに記載された電話番号に電話を入れ、数秒もかからずに若めの男の声が聞こえた。
『はい、もしもしー。怪異お悩み相談ダイヤルですー。どうされましたか?』
怪しげな宗教勧誘でもしてそうな人が出ると思っていたもんだから、あまりにも軽い反応若干拍子抜けしつつ、一番気になっていたことを聞いてみる。
「あ、もしもし…。えっと、怪異お悩み相談っていうのはどういう…」
『あぁ、それは、怪異に関することをこちらに相談していただければ、対処法などをお教えするという』
「あー…なるほど」
どう対処するつもりなのかは分からないが、案の定胡散臭さ溢れるものだった。
遊び半分で電話をかけたことを公開したが、今電話を切るのは大人として流石にためらわれる。
「じゃあ、今…なんかその、都市伝説とかの「メリーさん」みたいな感じのことを言う奴に電話かけられ続けてるんですよね」
『ほぉ、「メリーさん」と言いますと…、「私、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの」といったような電話から始まり、その後電話がかかってくるたびメリーさんの現在地がどんどん自分に近づいてきて、最終的に「今、あなたの後ろにいるの」と言われ、振り返ると殺される、…という?』
「そうです。まぁ多分いたずら電話だと思うんですけどね」
鬱は自嘲気味に笑うと、電話の向こうで相談員が『あー』と短く息を吐く音がした。
『それ、いたずらじゃないですよ。本物。今どのあたりまで来てます?』
「え、いや…さっきは「福来高校前」って…」
『あちゃー、あと二回で着きますね。お兄さん、死にますよ。……まあ、正確には「メリーさん」という概念に殺される、っていう処理になりますけど』
あまりにも淡々とした宣告に、男の背筋に冷たいものが走る。冗談だと思いたいが、相談員の声には、今日の献立を考えるような日常感と、絶対的な確信が混じっていた。
「し、死ぬ……? どうすればいいんですか! 警察? それともお祓いとか、」
『いえ、もっと簡単です。メリーさんの「仕様」を書き換えましょう』
「は? 仕様?」
仕様というあまり聞きなれない言葉に、頭の中に疑問符が浮かぶ。
『彼女、自分の居場所を報告するのがアイデンティティなんですけど、実は聞き上手な一面もあるんですよ。……あ、次、来ますよ』
スマホが震えた。例の番号だ。
鬱の顔が青ざめる。
『出てください。で、彼女が喋り終わる前に、被せて言ってください。「シュークリームが食べたいの!」って。できるだけ甘い声でお願いします』
「はあ!? シュークリーム!?」
『いいから早く! じゃないと後ろ、取られますよ。では、お幸せにー』
無慈悲な音を立てて、相談ダイヤルが切れる。
男はパニックのまま、震える指でメリーさんからの着信に応答した。
『私、メリーさん。今、――』
「シュークリームが食べたいの!!!」
公園に、男の絶叫に近い裏声が響き渡った。
電話の向こうが、水を打ったように静まり返る。
『……えっ?』
機械的だった女の声に、初めて人間らしい「困惑」が混じった。
男は半ばヤケクソで、相談員の言葉を思い出しながら言葉を絞り出す。
「……メリーっていうの? いい名前じゃん。そんなに何度も電話してこんくても、僕は逃げへんで。シュークリームが食べたいなんて、かわいいなぁ。……あ、そうだ。シュークリーム、奢ってあげるわ。そこのカフェの入った駅ビルで待ってるから。……来なよ」
沈黙。
数秒の後、蚊の鳴くような声で『……わ、わかりました』と返事があり、通話が切れた。
「……何やってんだ、俺」
ベンチに崩れ落ちる。 数分前まで死を覚悟していたはずなのに、今は別の意味で死にたくなっていた。
だが、指定した場所へ行かなければ、今度こそ本当に殺されるかもしれない。
男は重い足取りで、駅ビルにある小洒落たカフェへと向かった。
失恋したばかりの男が一人で入るには、あまりにキラキラした空間だ。
店の前で立っていると、背後から服の裾を引かれる感覚があった。
「…わ、私…メリーさん…」
恐る恐る振り返る。そこには血まみれの包丁を持った怪物――などではなく。
フリル付きのブラウスに身を包み、アンティークの人形を抱えた、驚くほど整った顔立ちの美少女がいた。
彼女は上目遣いに鬱を見上げ、頬を林檎のように赤く染めている。
「あ、あの……シュークリーム、本当に、いいの……?」
男の頭から、元カノの記憶が完全に消し飛んだ。
「……うん。何でも好きなの頼みな、メリー」
――――――――――――――――――――――――――――
「……はぁ、一件落着。メリーさんも、最近の人間が冷たいって嘆いとったからなぁ。ちょうどいいマッチングだったでしょ。……さて、次の着信は――」
【怪異№28 メリーさん】
解決!