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――次の日の朝。
レクトは教室で、自分の身体をようやく見つけた。
「レクト!!」
「お、エステル。おはよう」
「うん、おはよう! ちょっとこっちに来て!!」
レクトはレクトの身体を、教室の外に連れ出した。
時間が無いため、急いで憑依を解かなければいけない。
「おいおい、どうしたんだよ。もうすぐ授業が始まるぞ?」
「すぐ終わるから、大丈夫!」
レクトは憑依解除の手順を踏んでいく。
やはり初めてのことだが、やり方は十分に知っている。
レクトの身体にそっと触れてから――
――≪憑依解除≫
頭の中で、パチッと弾ける音がした。
先日と同様、思わず目を瞑ってしまったが……慌ててすぐに目を開ける。
するとそこには――……エステルの姿があった。
「よし!」
「え……? 何がいいのよ……」
「いや、何でもない。エステルは大丈夫か?」
「あー……。最近、何だか眠れなくてね……。
……あれ、私がレクトを呼び出したんだっけ?」
「そ、そうだな? 何か用事か?」
レクトは思わず、そんな返事をしてしまった。
憑依のことは謝るべきだが、自分の中でもう少し整理をしたい――
……一方のエステルは、レクトの質問の答えを見つけられなかった。
「うーん……? ごめん、何の用事か忘れちゃった」
「そ、そんなこともあるさ……。それじゃ、教室に戻ろうぜ」
「そうだね。……あぁ、それにしても眠い……。
レクトも昨日、眠いからってサボったんだよね? 私もサボっちゃおうかな……」
「ははは……。夜まで我慢すれば、今日はすぐに眠れるんじゃないか?」
「そうだね……、これだけ眠いんだもん……。
レクトも最近眠そうだし、一緒に気を付けようね……」
エステルはふらふらしながら、教室に戻っていった。
レクトもそれを追いかけ、しばらくぶりの自分の席に座る。
「よう、レクト。エステルちゃん、何だって?」
「うん? ……いや、何でも無かったようだぞ?」
「一昨日から、ずいぶんお前のことを探してたんだぞ? 隠すなよ……!!」
「はぁ……。それじゃ、内緒ということにしておこう」
――授業が進む中、レクトは憑依スキルのことを考えていた。
元の身体に戻ることはできたが、このスキルには分からないことが多そうだ。
ふと、下を向いてみる。
当然ながら、レクトの腕に、レクトの腹、レクトの腰――
……今は、本来の自分の身体が見えている。
何となく右足を揺らしながら――今度はエステルに憑依していたときの、レクトの身体の記憶を探ってみる。
……おかしなことはしていない。ただ、ひたすら眠かったようだ。
しかし、今は眠くない。これは十分に睡眠を取ったからだろうか……。
#主人公最強
かませ犬S
431
2,276
#転生
歯磨き粉
886
寮でサボっていたにも関わらず、昨日の――エステルの身体で受けた授業のことは、しっかりと覚えている。
……同じ時間の、2つの記憶。
ただ、エステル本人にも、昨日の記憶は残っているようだ。
憑依されている間は、意識が無くなる。しかし、そのときの記憶はしっかり残っている……。
それなら憑依して、おかしなことは出来ないか――
……そう思った瞬間、レクトは首をぶんぶんと振った。
もう、エステルに憑依をすべきではない。
こんなスキルは、二度と使うべきではない。
2限目の授業が終わり、何となくエステルの席を見てみると……彼女の姿は見えなかった。
そのまま3限目も終わり、心配になってエステルの友達に声を掛ける。
「すまん、エステルはどうした?」
「あ、レクト君。ちゃんとエステルと話したの?」
「え? いやぁ、そこは大丈夫だから……。問題は無いぞ?」
「ふーん……? エステルなら、保健室に行ったよ。
寝不足もあるけど、昨日の朝に胸が痛くなったんだって。それで、念のため……って」
昨日の朝に胸が――
……それはレクトのやらかしで、レクト自身はその原因を察している。
しかし、そのときの思考までは……エステルの記憶には残らなかったということか。
「そ、そうか。俺も様子を見に行くかな……」
「休み時間は短いし、無理なんじゃない?
それに、男子は女子の保健室には行けないでしょ?」
様々な立場の人間が集うこの学院では、保健室も男女で別になっている。
そんな細かい積み重ねこそが、学院の信用に繋がっているのだろうが――
……こういうときは、どうしても不便なものに感じてしまう。
「そうだったな……。それじゃ、戻ってきたときに声を掛けるよ」
「あんまり心配させないように、気を付けるんだよ?」
「そうそう。レクト君とエステルじゃ、ハートの作りが違うんだから!」
「ははは……。肝に銘じておくよ」
――しかしエステルは、大事を取って早退することになった。
ただ、胸の痛みも寝不足も……悪いのは完全にレクトだ。
レクトは申し訳なさに苛まれながら、引き続き午後も、憑依スキルについて考えていた。
……憑依をするときも、解除するときも、レクトが相手に触れている必要がある。
憑依していられる時間は、今のところ制限が無さそうだ。
憑依された人間には、その間の記憶は残る。ただ、一部は残らない部分もある。
憑依する人間――つまりレクトが、何かしらの一線を越えようとすると、胸に強い痛みが走る。
「――……まぁ、こんなところか。
とはいえ、こんな危険なスキルは使わない方が良いよな……」
気分転換で中庭のベンチに座っていると、ひとりの女性が近付いてきた。
それはレクトもよく知っている、剣術の教師のフローラだった。
「あ、フローラ先生。こんにちは」
「はい、こんにちは。レクト君は、休憩中?」
「そうですね、最近いろいろあって」
「へぇ、そうなんだ?」
そう言いながら、フローラはレクトの横に座った。
20代後半のフローラは、同年代の女子とは違う何かがある。
レクトはそれを、憧れ……と理解していた。
「それで、ポーターの方はどう? 上手くやってる?」
「俺にはポーターの職才はありませんからね。
まわりがどんどんこなしていく中、地道な努力を続けていますよ」
そうは言いつつも、レクトのポーターとしての実力は着実に上がっていた。
実際、先日『朽ちた鏡』を手に入れたのも、レクトが迷宮で秘密の広間を発見したところが大きいのだ。
「それは何より。でも私は、剣術の授業でレクト君を見れなくて……本当に残念」
「ははは。もう、1年以上が経ちますから。フローラ先生も、そろそろ忘れてくださいよ」
……レクトが右足を怪我したのは、入学直後の屋外授業だった。
フローラはそのときの引率をしていた教師のひとりで、その後もレクトの面倒を見てくれた。
そんなフローラは、空を見上げるレクトをまじまじと見つめる。
「ところで、エステルさんとは同郷なのよね?」
「はい、昔からの幼馴染ですよ。あいつが何か、しましたか?」
「この前、剣術の授業でね……。素晴らしい攻撃を繰り出したの。私も驚いちゃって」
その言葉に、レクトは思い当たるところしか無かった。
レクトがエステルに憑依して、剣術の授業に出ていたときのことだ。
「そ、そうなんですか。あいつは才能がありますからね。
どうか今後も、ご指導をお願いします」
「ふふ、もちろんよ。私は教師だから、みんなの可能性を見るのが好きなの」
そう言うと、フローラは静かに立ち上がった。
手に持った紙の束を見るに、どこかへ向かう途中だったのだろう。
「レクト君、それじゃまたね。元の夢は難しいかもだけど、ポーターの夢は叶えてね」
「はい、ありがとうございます」
レクトはフローラの背中を追いかけて、見えなくなってから……改めて空を見上げる。
――夢、か。
以前の夢は、エステルと交わした約束を守ること……。
剣聖として大成して、様々な冒険や困難に向かって……一緒に戦うこと。
今の夢は、ポーターとして大成すること……。
一緒に戦えないのであれば、影ながらエステルを支えてやりたい。
右足が上手く動かず、魔力が少ないレクトにとって……ある意味、消去法でもあった。
「――剣聖、か」
思い起こせば、昨日は――エステルの身体ではあったが、久し振りに剣を振るうことができた。
エステルとはそもそも剣筋が違うが、それでも少しくらいは、自分の思った通りに動けた。
自由に動ける、あの感覚。
もしかして、あの感覚を、自分の身体で体現できるなら――
……レクトの足は、自然と修練場に向かっていった。
あの感覚を覚えているうちに……最初の一歩を、踏み出すために。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――くそッ!!」
2週間の間、レクトは屋外にある修練場に通い続けていた。
ヴァルセリア学院では、月の前半に授業を行い、それ以外を自由行動としている。
自由行動の際は、学院の中で自習をしても良いし、冒険に出ても良い。
推奨はされないが、実家に戻ってサボることも可能だ。
だからこそ、生徒それぞれの自主性が、彼らの将来に大きな影響を与えていく。
……レクトは努力型の人間だった。
職才という才能の上に努力が重なり、将来はとても有望視されていた。
何度も立ち上がっては、何度も折れる。
それでもやがては立ち上がり、そして努力を積み増していく。
レクトがポーターとして頭角を現してきたのも、これが理由だ。
しかしその努力も、しっかりと動かせる身体があってこそ。
……今のレクトは、再び自分の身体に絶望を感じ始めていた。
束の間の希望が、徐々に徐々に、剥がれ落ちていく――
……そんな彼の姿を、エステルは遠巻きに見つめていた。
そこに近寄る、影がひとつ。
「――あら、エステルさん。今日も来ていたの?」
「はい……。今月は、どうしても冒険に出る気がしなくて……」
「そうなのね。エステルさんがいれば、レクト君も安心かしら」
フローラの言葉に、エステルは返事をしなかった。
ただひたすら、レクトの姿を追っている。
「……ふぅ。修練場は22時まで開いてるけど……。
エステルさん。レクト君のこと、止められないかしら?」
「そうですね……。もう少ししたら、私が止めます」
「それじゃ、お願いね。私ももう行くから――」
「はい、お任せください」
そうは言いつつ、フローラはしばらく残っていたが――
……ふたりに根負けして、静かに去っていった。
――ふと、雨が降ってきた。
エステルは屋根の下にいるが、レクトは雨空の下だ。
地面は徐々にぬかるみ、足場が悪くなっていく。
時間も遅くなり、空も暗い。
雨の中、魔導具の光だけが煌々と辺りを照らしている。
そんな中、レクトはついに膝を突き、天を仰いで大きく嘆いた。
その慟哭を――エステルは見守ることができず、レクトの元に駆け寄った。
「レクト……!!」
「……俺は、やっぱりダメなのか……。
本当に、剣術を諦めなければいけないのか――」
実際のところ、右足を怪我していたとしても……レクトは強かった。
しかし一流かと聞かれれば、そんなことはまるでない。
自分の理想とする姿と、現実の姿。
その乖離こそが、レクトを苦しめていたのだ。
「――あの感覚。
怪我をする前の……足の感覚を、俺が思い出せれば……!!」
レクトの濡れた身体を、エステルは強く抱きしめた。
理由は分からないが、身体がそう、勝手に動いてしまった。
「大丈夫だよ。
ね? ゆっくりと、落ち着いて……?」
「エステル――」
濡れた制服の上から、温かさが伝わってくる。
自分の傍らには、優しい少女がいる。
だからこそ、そんな彼女には――許されると思ったのかもしれない。
「――すまん」
「え……?」
――≪憑依≫
エステルは用具室に戻り、彼女の身体に合った剣を持ってきた。
そのあと彼女は、何度も何度も、動きを思い出すように、なぞるように――
……ただひたすら、剣を振り続けた。
コメント
1件
まいったな…レクトの「あの感覚」への執着がひしひしと伝わってきて切なかったわ。自分で「使わない」って決めたスキルに、また頼っちゃうところが人間臭くて。エステルの無垢な優しさが逆に心に刺さる。フローラ先生の「夢」の台詞も効いてる。続きが気になる🔥