テラーノベル
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ジリジリと焦げついてしまいそうな陽射しを受けながら、特別に開けてもらった校門を潜り抜けて生徒玄関口へと向かう。
花壇の前、ずらりと並んだ桜の木にでっかいカブトムシが止まっているのを発見した。男児たるもの捕まえて持ち帰ろうかと逡巡するも、止まっている位置が高すぎる上に捕まえる道具も持ってきていないのでさすがにやめておくことにした。くそ、こんな時に僕が超高性能な虫取り網と虫かごさえ持っていれば。
若干心残りを感じつつ玄関へと進み、靴を脱いだところで中で履くものを持ってきていないことに気付いた。仕方ないので来客用のスリッパを取りに行く。上履きも外用の靴も入っていないがらんどうのロッカーは何だか目新しくて、ついきょろきょろと見回してしまう。恥ずかしげもなく平和な夏休みを過ごす凡庸な僕に与えられた、小さな非日常だ。
来る前に電話で確認は取ったものの一応職員室に声をかけて、教室へと向かう。今日は追い込み練習をしている部活も特にないらしく、当然登校している人もいない校内は不気味なくらい静かだった。
「おはようございま〜……す……」
誰もいないのは分かっているけど、ついいつもの癖で挨拶をしてしまう。
顔を上げた先では、鮮やかなオレンジ色がこちらを振り向くところだった。
「────あれ、テツ?」
「え、あ…………り、リトくん……?」
窓際に佇む姿はとてもよく見知った顔で、それでいて全く見たこともない別人でもあった。理由はもちろんオレンジと水色のグラデーションに染まった髪と瞳。それと、ポリエステルの限度を超えて帯電しても焦げ付かないようにだろうか? 見たことがないつるっとした素材のスポーティな服装。
良くも悪くも大衆的で平凡な教室にはあまりに不釣り合いな外見をした彼は、つい数週間前と全く変わらない笑顔をぱっと浮かべて僕の方へ向かってきた。思わず後退りするが、その大きすぎる歩幅には敵わない。
「ひっさしぶりじゃんテツ! なんで夏休みなのに学校来てんの? 補習?」
「や、──わ、忘れ物取りに……」
「目の動きはや」
久しぶりに食らう音圧に耳と心臓が耐えられない。ただでさえ恐るべきイメチェンを果たしたリトくんは何だか顔立ちが大人びて背も伸びたような気がして、僕は咄嗟に人見知りを発動してしまった。
慌ただしく目を泳がせる僕を見て笑う鶏みたいな声はどうも健在なようで、視覚情報と聴覚情報の食い違いに頭がおかしくなりそうだった。
「ふっ……化けもんでも見たみてえな反応すんなよ」
「いや、いやだってそれ……どうしたの? 染めたの? 今度こそ本格的に不良になっちゃった??」
「違えって。これね、なんか……何回か変身するうちに戻んなくなっちゃったんだよ。最初の頃はちゃんと戻ってたんだけどさ、これもこの子と『適合』した結果? らしいんだよね」
そう言って下げた視線の先には、器用に胸元へと入り込んだキリンの子がいた。リトくんの変貌ぶりにばかり目がいってしまい、いることにすら気付かなかった。
「キリンちゃんって呼んであげて」とリトくんが言うものだからそう呼んでみれば、キリンちゃん──さんは、返事をするように片手を挙げて反応する。言葉通じるんだ、この子。
入り口で話し込むのもあれだからとようやく教室の中へ入り、いつものように僕の席へ移動する。
「せっかく超久しぶりに学校来たのに誰もいなくてさあ。……ま夏休みだし当たり前なんだけど」
「リトくんこそ、今日は何しに来たのさ。……忙しいんだろ、ヒーロー」
僕が冗談めかしてそう言うと、リトくんは一瞬──見間違いかと思うほど一瞬だけ、表情を曇らせたように見えた。一度瞬きをすればもう元の笑顔に戻っていて、「よせやい」だなんて言ってわざとらしく鼻の下を擦っている。……見間違い、なんだろうか。
「まぁね、あれよ。……進路指導。ほら、あの後色々あったからさ」
「……え、リトくん進路変えるの?」
「直球に言うなぁお前……だってさあ、変えるか変えないかは一旦置いとくにしたって──考えなきゃじゃん。こんな状況になっちゃったら」
リトくんは教室をぐるりと見渡して言う。
──まばらに配置された机は、おそらくリトくんが最後に見た時の半分ほどの数しか残されていない。隣のクラスも──というか、この学校の全ての教室で同様の事態が起きている。
「減ったなあ」とどこか寂しげに言う彼に「きみのせいじゃないよ」と返す。何故だか分からないけど、そう言ってやるべきだと思ったから。
あの事件の後からKOZAKA-Cの動きはどんどん活発になっていき、北区域を飛び越えて全国のあちこちで問題を起こすようになっていた。そのため早急な解決策として、あの日僕達にコンタクトを取ってきた組織──当時は仮に設立されていた『ヒーロー組織』が本格的に始動することになったらしい。
けれど、組織が開発した『生物の遺伝子を抽出して人体に付与することで身体能力を飛躍させる』という画期的な変身デバイスにはひとつ大きな欠点があり、それは『デバイスに適合率の高い人間でなければ扱うことができない』というものだった。
この適合率というのがどうも厄介なものらしく、低ければ抽出元の生物の本能に呑まれてしまったり、アレルギーのように拒絶反応が出たり、デバイスによってはそもそもの身体能力が相当高くなければ扱えなかったりする。
──そこで、リトくんという超人的な適合率を叩き出した我が学校の生徒達に目が付けられた。夏休み前から突然欠席者が続出したのは、こういう事情があってのことだったらしい。
少しでも見込みのありそうな生徒を健康診断という名目で組織に呼び出して適性検査を行い、少しでも適合するデバイスが見つかればすぐさま訓練生へと引き抜かれる。そこでまた出てくるのが『任意』という単語だけど、その言葉に込められた真意というのはやはりお察しというところで。
僕は全く見つからなかったんだよなぁ、適性。だからこうして、一般市民として学校に通い続けられてるわけだけど。
「……──つか、俺の席まだあんだね。とっくに撤去されてると思ってた」
「……当たり前だろ。きみはまだ、ただの高校生なんだから」
そうしてへらりと笑った顔が何だか痛々しくて僕は目を逸らす。きみのその顔は、否定を曖昧にするための顔だと知っているから。
「で? お前の忘れ物って何だよ」
「えーっとねぇ、多分机の中に入ったままなんだけど……あ、あったあった」
露骨に話題を逸らされたことに気付かないふりをして、自分の机の中をまさぐる。取り出したのは某激安店で購入したピアッサー×2と、消毒用のウエットティッシュ。
本当は休みに入る前に開けようと思っていたんだけど、色々なことが立て続けに起きたせいで存在自体すっかり忘れてしまっていた。それを今日の朝になって突然思い出し、どうせなら夏休みデビューしちゃおうと思い立って急いで取りに来たのだった。
「これ、持ち帰って家で開ける予定だったんだけど……ちょうどいいから今開けよっかな。ウエットティッシュもあるし」
「……え、なんでこっち見んの? 俺に開けろって言ってる??」
「いや俺絶対自分じゃ無理だと思ってたんだよね。親友のリトくんになら安心して任せられるから。ねぇマジでお願い。一生のお願いだから」
「俺お前の一生のお願いいくつ聞いたか分かんねえんだけど……?」
ピアッサーを両手に土下座の姿勢を取り始める僕に慌てふためき、リトくんは渋々了承してくれる。さすがは頼れる新星ヒーローだ。
「なんで左右で石の色違うんだよ」
「ああそれね。種類あるの知らなくてさ、適当に買ったらバラバラだったんだよね」
「あとウエットティッシュすげえ乾いてカピカピだし」
「まぁ……夏、ですし……」
「……え、ほんとに今やんの?」
リトくんは『こいつには計画性というものが無いのか?』という顔でこちらを見てくるが、そんなもの僕に求めないで欲しい。
やりやすいように若干伸びてきているもみあげをまとめて耳にかけ、開ける予定の耳たぶはかろうじてまだ湿り気のあるウエットティッシュで拭いて、こちらは準備万端だ。
「おい俺置いて進めんなよ、ちょ、心の準備させてくれって!」
「こういうのは勢いなんだよ、リトくん。今じゃないと僕も覚悟揺らぐからマジで」
「俺に全責任負わせようとしてないお前??」
そんなことはない。ただ、自分でやって失敗した時はかなり落ち込むけど、人にされたことならある程度諦めがつくとは思っている。
この期に及んで逃げようとするリトくんの手に無理矢理ピアッサーを握らせて、「何かあったら責任は自分で取るから」と言い含めると、「どうなっても文句言うなよ」と受け取ってくれた。可哀想に、こうやって彼は今までどれだけの大人に振り回されてきたんだろうか。僕が言うなって? それはそう。
「うわ〜……マジで怖いんだけど……! え、どこ? どこに開けんの?」
「えっとねぇ、この辺の……一番なんか、オーソドックスな位置にお願いできるかな」
「初っ端から利き手じゃない方でやんの俺?? 怖ぁ……」
口ではそう言いつつも何だかんだ付き合ってくれるのが彼の良いところだ。乗り気じゃないのにプラスチックの包装をこわごわとこじ開け、説明書の小っさい字を眉間に皺を寄せながら読み込んでくれている。正直手順とかもネットで調べてあるしぶっつけ本番でやるつもりだった。やっぱ真面目だな、リトくんは。
「フーー……よしOK! 大体分かった!」
「どれくらい読めた?」
「……半分くらい……?」
やっぱあんま真面目じゃないかも。
ともかくリトくんは僕の右耳にピアッサーを当てがい、最終的な位置の調整をしているらしい。こういう時日時的に化粧をする人なんかはアイライナーとかで印を付けてから挑むらしいけど、生憎僕らにそんなものを求める方が間違っている。
…………あれ、ピアスって親からもらった大事な身体に穴開ける行為だよな。当の親からは「買ったの夏休み前でしょ? あんたまだ開けてなかったの?」とまで言われてしまってはいるが、一応一生残るタイプのやり直し効かないオシャレなわけだよな。
そう考えると急に怖くなってきた。そんなものを人に任せても良いんだろうか。僕は突然冷静になってきた頭でそう考え、静止の声を上げようとした。
が。
「──あの、リトくん。やる気になってもらってるところ悪いんだけど、やっぱよく考えたらこういうのって──……」
「ちょあの、今喋んないで集中してるから」
「えぇ…………」
「いい? 行くよ……? 開けるからな……!?」
「は、はい……!」
耳たぶに針と思わしきひんやりとしていて硬質なものが押し当てられ、自然と身体が強張る。
というか近い。近い近い。いくらきみが度を越した乱視だからってさすがにそんな近づかなくても見えるだろ。気まずくて目を逸らした先でも、キリンちゃんが興味ありげにじっとこちらを見上げていて逃げ場がない。なんだこれ。視線の包囲網か?
なんて具合に僕が慄いているうちに、バチン、というバネの音が骨に響いた。……え? 開いた? もう。
「……やべえ、怖くて手ぇ離せねえ。めちゃくちゃ血出てきたらどうしよ……」
「怖いこと言わないでよ……まぁでも多分大丈夫じゃない? 試しにちょっと離してみてよ」
「試しにってお前……あっ、おい!」
リトくんがあまりにウダウダ言うのでスマホのカメラを起動してインカメモードにする。見る限り血とかも出てないし、大丈夫だと思うけどな。
観念したらしいリトくんが恐る恐るスライダーから指を離すと、先ほどまでまっさらだった僕の右耳にはピンク色の石が付いていた。
「うおぉ! めちゃくちゃ成功してんじゃん!!」
「ほんとぉ……? あ〜〜良かった、寿命縮まったマジで……」
「え、ちょっとなら触っていいんだっけ? いいや触っとこ」
耳の裏に触れてみればおそらく留め具であろうパーツが繋がっており、ガラスストーンがちらちら瞬いた。ああ、穴が空いてるところを直に通る部分を触るとさすがにちょっと痛いな。
頭を揺らしたり角度を変えてみたりしてニヤニヤする僕を、リトくんは何だか疲れたような顔で見ている。
「……リトくんもう片方開ける気力ある……?」
「ない……」
「だよねぇ」
じゃあこれは持ち帰って自分で開けるか、とピアッサーを持ち上げた時、リトくんから思いもよらない提案が降ってきた。
「──なあ、それ1個いくら?」
「え? えっと……多分、1000円しないくらいだったと思うけど」
「じゃあさ……その分払うから、俺に開けてくんない?」
何を、と咄嗟に言いかけてやめた。すっとぼける気も起きないくらい、儚い表情で見つめられていたから。
開けっ放しの窓から風が吹き込んで、リトくんの髪が緩やかに靡く。鮮やかなオレンジと水色の髪は窓辺から差し込む光をよく吸収して、まるで水彩で描かれた夕焼けみたいに透き通っていた。
「一応理由は聞くけど、なんで?」
「……だってお前、このまま行くと左右で揃ってないピアス1か月付けることになるんだぞ?」
「僕は別に気にしないけど」
「…………あー……思い出作り、つったら、笑う?」
そんな綺麗な髪をくしゃっと崩して、リトくんは力なく笑った。
──彼はこの髪のことを、『何度か変身するうちに戻らなくなった』と言った。なら、それは変身しなければいけないような事態が繰り返し起きたということだ。もちろんただの動作確認のようなものもあるかもしれないけど、噂に聞くだけでもKOZAKA-Cとやらの起こす騒ぎはあの頃よりも目に見えて増えてきている。『ヒーロー』業界はおそらく、この上なく人手不足だ。
気付いていないわけがなかった。
きみの目元にわりと笑えない隈ができていることや、手の甲に擦りむいたような傷がたくさん付いていること、荷物をまとめて持ち帰るための大きなバッグに、教室に入った瞬間に見た、懐かしむような表情の意味なんて。
リトくんはもう、この教室には帰ってこないつもりなんだろう。
「──お金は受け取らないけど、ピアスなら開けてあげるよ。僕からの餞だと思って」
「……なんかそれだと俺死にに行くみたいじゃね?」
「いやそっちじゃなくて旅立ちのお祝い的な意味でのさぁ……まぁいいや、耳貸して」
縁起でもないことを言う彼の耳たぶをウエットティッシュで消毒して、ピアッサーを当てる。骨格に合わせてやや大きめの耳は形が良く、耳たぶもしっかりあるのでピアスがよく映えそうだ。
「んふふ……なんかくすぐってぇ」
「ちょっ、じっとしてて。標準ガバって変なとこ開けそうになるから」
「おい怖いこと言うなお前」
リトくんの言う通り、利き手じゃない方の手で開けるのってめちゃくちゃ怖い。震えを止めるために精神統一をしながら、ふと考えた。
……彼の学校生活の最後に残る思い出が、僕で良かったんだろうか。
もちろんそれを決めたのは本人なんだし、僕に口出しする権利なんて無い。けれど、リトくんにとって学生時代という青春のピークを締めくくるのに相応しい人間が僕だったんなら、そんなに嬉しいことはないな。
微かな優越感を胸に、分厚い耳たぶに針の先端を当てる。
「あーーやべえ、すげー怖い……! 当たってる今!?」
「いや当たってるけど……どうしよ、声掛けいる? カウントダウンする?」
「お願いします……」
「ッシ行くぞ……──さん、にー、……」
いち、と声に出すのと同時にスライダーを押し込めば、カチっ、と軽い音がする。
指を引くとバネが元通りに戻っていき、針の通り過ぎた後には水色のガラスストーンが輝いていた。
「あ、ごめん変なとこ開けたかも」
「ウッソだろお前」
先ほどと同じようにスマホのカメラを見せてやると、リトくんは色々な角度から確認しながら顰めっ面をした。
「……あー……まぁこんなもんじゃね……? 俺相場がよく分かってないからあれなんだけど」
「いや言うてこんなもんでしょ、実際。違う種類のピアスとか付けたら気になんないって」
「急に保身に走るじゃんお前」
リトくんはそうしてしばらくカメラを眺めた後、おもむろにキメ顔をしてシャッターを押してから僕に返してきた。
一応カメラロールを確認すると、この上なくウザい上目遣いで小顔ピースをするリトくんがばっちり収められている。どことなくエモい感じの光源になっているのも腹が立つ。
「……え? なんで急に撮った??」
「や、そこはお前ほら、俺からのあれじゃん。餞」
「僕はこの後も全然学生なんだけど……?」
困惑する僕を他所にリトくんはまたあの鶏笑いをして、右耳のピアスを瞬かせる。ちくしょう、似合ってるじゃねぇか。
「俺にも送ってよ」とリトくんが言うのでメッセージで送ってやると、画面を確認した彼が突然大きな声を上げた。
「うわ! ……やっべえ、言われた時間過ぎてるわ。早く職員室行かねえと……!」
「ああ、そういやきみ進路指導のために来てるんだっけ。じゃあ先生にピアス開けたとこ見せて『俺はもう学校なんてやめてやるぜ!』って主張して来なよ」
「ロックすぎるだろそいつ」
まぁそもそもこの学校の校則ではピアスは禁止されてないんだけど。
リトくんは大げさなくらいの荷物をまとめ、僕はピアッサーのゴミとウエットティッシュをバッグに詰め込んで、しっかり窓を閉めてから教室を出る。急いでいるっていうのに最後にドアを閉める時リトくんがどこか寂しげな横顔で教室を眺めていたけど、それを急かすことなんて僕にはできなかった。
廊下を歩いて階段を降り、リトくんは職員室へ続く方、僕は生徒玄関口の方へと別れなくちゃいけない。その間は何故か2人とも何も喋らず、たった数分の間に今までこの校舎で過ごしてきた日々を懐かしんだりなんてしていた。
「……じゃあな、テツ」
「じゃあね、リトくん。……そんな今生の別れみたいな顔しないでよ」
「は、そうだなぁ……たまには連絡してくれよ」
「うん、ゲームのクリア報告とかするわ。……あぁ、それと、」
いつもより狭い歩幅で歩くリトくんに何故か目頭が熱くなりつつ、それを引き留める。不思議そうに振り返る彼に遠くからでも見えるように、大きく手を振ってみせた。
「──遅くなったけど、17歳の誕生日おめでとう! よくぞ生まれてきてくれた!」
「…………っ、おう!!」
僕に負けじとぶんぶん手を振り返してくれるリトくんに涙腺が決壊してしまいそうになり、慌てて玄関へと走り出す。
最後に見せるのはきっと、笑顔でないといけないはずだから。
§ § §
ずび、と鼻を啜りながら来客用のスリッパを脱ぐ。本当はもっと言いたいことがたくさんあったけど、言葉にしようとすると涙になってしまいそうだったのでやめた。
彼はこれからどうなるんだろう。ヒーローとして花を咲かせるならそれも素敵だと言えなくもないかもしれないけど、あの日役者になりたいと聞いた時ほどのキラキラは感じられなかった。
舞台の上で輝くのもヒーローとして人助けをするのも、彼の未来に相応しいとは思う。どちらにせよリトくんのやりたいようにして欲しいけれど、でもやっぱり、残念だなと思ってしまうのが本心で。
──ただの傍観者の僕がこれだけ悩んでしまうようなことを、リトくんはどれだけの夜を費やして考えてきたんだろうか。
思っていたより長い滞在になってしまった。朝起きてから思いつきで行動してしまったせいで昼食を取り損ねた体は空腹を訴えており、コンビニでも寄って行こうかと考えながらスニーカーを履く。
それと、ほぼ同時だった。
「……──うわ、びっくりした」
僕はびくりと肩を跳ね上げてスニーカーの踵を潰し、急いで校庭の方へ出る。爆発音のような地響きのような、とにかくものすごい轟音が聞こえたのだ。もしかするとトラックか何かが事故を起こしたのかもしれない。
校舎のちょうど向かいの位置、フェンスを突き破るようにして白いキャラバンが横転している。
その側面のロゴを見て、思わず息を呑んだ。
「あれ、『ヒーロー組織』の護送車……?」
前に乗ったことのあるそれはあちこちに凹んだ傷と焦げ付いたような跡がついていて、黒い煙を上げている。
その煙越しに────見覚えのある、アイボリーの髪が揺れていた。
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